創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(163)DDBの隠し玉---J・グリン夫人とスタイリング部(下)


DDBニュース』(1969.10月号)に載っていた記事を、許可を得て『DDBドキュメント』(ブレーン・ブックス 1970.11.10)に翻訳・転載したものです。広告代理店の機能の未来像を暗示する一つ---と38年前に思ったのです。不幸にして、日本の広告界では、この記事は一顧だにされませんでした。

ジョアン・グリンとスタイリング部(承前)


別の日、グリン夫人は、アカウント部の幹部たちのグループのアイデア会議に同席して、沈滞したアカウントに活気を与える方法を考えているかもしれない。たとえば、食器会社は、国際的な規模のプロモーショナル・キャンペーンを利用して、販売を伸ばすこともできるわけである。
グリン夫人は、この国際デザイン・コンペのスポンサーになることで世界中から新しいパターンを求めることになると助言したりする。


こういった仕事では、多くのことに関係ができてくる。長い間の有名人たちとの間に築かれてきた交友関係も役に立つだろう。彼女は新製品を送り出すために、有名人の推奨シリーズを手配することもある。
あるいはちょうど私がそこにいた日にそうだったように、有名人のほうから彼女と交渉を求めることだってあるわけだ。
たとえば、テレビの一時間特別番組の企画を依頼していたのは、世界的に有名なバレリーナであって、このバレリーナは、至急に”100万ドル”を必要としていたのであった。スポンサーを見つけるのがグリン夫人の仕事というわけだ。


このファッションや「すてきな人びと」にかかわることとか、何が流行したり、何がすたるといったさまざまな傾向に気を配ることを、ほんの表面的なことと考える人たちもいるが、グリン夫人の意見は違う。
「ファッションやスタイルは、常にそれぞれの世代の考え方の反映でした。だからファッションの問題は現象的なことではなくて、私たちの文化の肝心な部分を占めるものです。時代を形づくって行くのは時代を反映しているその人たちなのです。そして私自身そのグループの一員となっていることに喜びを感じます」
と彼女はいいきる。
そして彼女は女性らしい率直さでこう結論する。
「もちろん、旅行をしたり、すばらしい場所で昼食をとったり、それにそれぞれの分野の先頭に立っている有名人たちと会ったりすることはすばらしい」


しかも、そのグループにはいっているということは、いつでもトータルなマーケットに遅れないでいるということを意味するし、それは、疲れもするし、むずかしいものでもある。毎日おびただしい種類の国際的な記事を読むようなものだ。それは最近の芸術、家具、服装、アクセサリー、遊び、映画、ブティック、レストラン---つまり端的にいえば、生活スタイル---世界中の流れを知るために、広範な旅行(昨年の例でいえば、シカゴ、ニューオリンズアカプルコ、ロンドン、パリ、ローマ、ギリシアイスラエルなど)をすることを意味する。


ご主人と4人の小学生をかかえた婦人がどうやって時間を見つけられるのだろうか。長いあいだ彼女を助けてきたある人はこう説明する。「彼女は驚くほど上手にやってのけています。彼女の生活のすべてがうまくアレンジされています。子どもたちでさえそうなのよ。つまり、女の子、男の子、女の子、男の子って具合です」
ジョアン・グリン自身こういっているのだ。「私が思うに一日中ぶらぶらしている女の人たちだって、私以上に子どもたちとの時間を持っているとはいえないのですよ。幼年期には彼らは友だちと遊びたいので、母親と遊びたいなんて思ってやしません。そして学校に入れば、そう、一日中、学校にいるんですから。その時間、私の時間がいくらか残っているし、私には十分エネルギーがありますもの---回転の速い新陳代謝とでも呼ばれるでしょうか。私はどこでも眠れます。通勤時もほとんどといっていいくらい座れますから、30分眠るとか、本を読むかです」


それからちょっと困惑とした表情になって、彼女が続けるには「でも、席がとれなかった場合は、すごい時間の浪費ですね」 しつけのよい家庭的背景が見られる。そして「私はそれがいやでした。でも必然的に同じ道をたどっていましたね。私自身の子どもたちについては少し緩和されてきたようですけど」と認める。
そして彼女は健康を維持して行くのにどうているのか? 「一日に一錠ビタミン剤を飲みます---自分のしていることに深い興味を持つことです---それが本当に私を保たせていると思いますわ」それから彼女は真剣になる。「もし仕事についていなかったら、さらにもっと自治会活動やボランティア運動をしていたでしょうね。本当にすべきことは山ほどあって、それをする人びとは十分いないのです」


だぶん私たちは、このすっかり完成されたエネルギッシュな女性、メリー・ジョアン・グリンをかきたてているものを知る手がかりを、なすべきことはが山ほどもあり、しかるにそれのできる人がそれほどいないという点に見いだすだろう」