創造と環境

コピーライター西尾忠久の1960年代を中心としたアメリカ広告のアーカイブ

(561)レオン・メドウ氏とのインタヴュー (まとめ篇・上)

Mr. Leon Meadow
Vice-President, Administrator Copy Dept. DDB(当時)


この人がコピー部のアドミニストレイターとして人望が高いわけは、会ってみるとすぐにわかる。年齢と経験の深さからくる温和な雰囲気が、相手をなごやかにするのである。しかし、ユーモラスな口調の端々から鋭い観察力が匂う。いまのところ、日本にはいないタイプのコピーライターである。

コピーライターと小説を書く時の違い


DDBの副社長であり、コピー部の管理部長であるメドウ氏の話を聞くのは、これが3回目です。
最初は、1966年の春にDDBを訪問した時に偶然、2回目はその年の秋にパーカーさんのお宅でのパーティでメドウ夫人と一緒の時でした。その後、ニコンの広角レンズを頼まれたりして、何回かの文通がありました。
ぼくは、メドウ氏が作家からコピーライターになったという点に興味を覚えました。コピーライターから作家になったという例は日本にも幾つかあったのです。
その逆の例は、東京コピーライターズクラブの初代会長・上野壮夫(たけお)さんしか、身近には知りませんでしたから。


chuukyuu「DDBにお入りになった時のことを話してください。いつだったのですか?」


メドウ氏「1956年でした。創業6年目でした」


chuukyuu「当時のDDBの規模は?」


メドウ氏「年の扱い高が2,000万ドル。その当時から見ると10年後のいまは10倍以上に発展しています」


chuukyuu「1956年当時、コピーライターは何人ぐらいいましたか?」


メドウ氏「私が入った時には、ライターは10人ぐらい---10人以上はいなかったですね」


chuukyuu「作家をやめて、そのままDDBへお入りになったのですか? それとも、他の広告代理店を経験されましたか?」


メドウ氏「ええ、その前にいろいろな代理店を渡って歩きました、と同時に、いわゆるストーリー・ライティングということもいろいろやっていたんです。『ニューヨーカー』誌にいくつもの短いストーリーを書きましたし、それから、ラジオ・テレビにいろんな短いスクリプトを書いていました」


chuukyuu「DDBをお選びになった理由は?」


メドウ氏「もちろん、なぜ私がDDBに入ったかという理由は大いにありまたよ。というのは、DDBはその当時、創立から満5年---足かけでいうともうちょっと経っていたかもしれませんが、すでに非常な名声をかち得ていました。
たいへんに進歩的な、新しい考え方を持った広告会社だという---。
当時においては---いや、今日でもそうですけれども、この会社のコピーのスタッフの1人になるということは、非常に名誉だったのです」


chuukyuu「作家時代と比べてDDBでコピーライターとしての生活は、どう違いますか? どちらも書くという仕事ですが---」


メドウ氏「そうですね、いまこのインタヴューではちょっとお話しがそれることになりますので、普通のストーリー・ライターと、コピー・ライティングとの比較の細かい点にまではここでは触れないことにします。
しかし、ストーリー・ライティング、スクリプト・ライティング、それからコピー・ライティングなど、すべてのプロフェショナルなライティングというものが一様に要求する事柄は、ともかく自己の能力と、それから規律ということです。
とくにそこに要求される技術に対する自信と規律、ということではみな同じですね」


chuukyuu「一人で書く作家時代と、アートディレクターと話し合うコピーライターの書き方とか、自由さの違いについてはいかがですか?」


メドウ氏「もちろん、ご質問のように、一人で書く作家と他の人の協力を必要とする共同作業であるコピー・ライティングとは、明らかにいささか違いがあります。
しかし、たとえばラジオの場合、テレビも、クリエイティブなプロセスではまったく独自の段階だだされるのですが、結果的にはディレクターなどとの協力があって完成されますから、やはりそれも共同作業ということになりますね。
それからコピー・ライティングの場合、そのテキストを書く段階ではやっぱり一人の仕事です。そうして結局そのあとに共同作業ということになります。
やはり、そこにはコンセプトが必要であり、広告のコンセプトに基づいてつくるのですが、ここDDBでは、やっぱりチーム・ワークが必要になってきて、必ずチームとしてやるシステムになっているんです」

メドウ氏が担当したベター・ヴィジョン協会のキャンペーンの広告の1例



【1ページの紙面の中央に、細かな文字組みで】
この広告を手に、腕いっぱいに離して読んでくてください。ハッキリ読めましたか?
読めたとしても安心してしまわないで。細かい字が読めることと視力が完全だという
ことは別問題なのです。あなたの周囲にはひろびろとした世界がひろがっています。
ただ、資格のある検眼士だけが、あなたの視力は完全だと断言できます。
いますぐ、検眼をなさってください。 ベター・ヴィジョン協会

コピー哲学は、DDBのそれと同一


chuukyuu「コピーライティングについての、メドウさんの哲学というか、基本にしていらっしゃる考え方をお話しください」


メドウ氏「私のコピー・ライティングについてのフィロソフィー(哲学)は、これすなわち、DDBの哲学なのです。
私は、コピーライティングとは、直接的であり、また内容が人に何か徹底させるものでなければならないと考えています。
そして、まず、第一に、信頼できる内容でなければなりません。
誇張だと、大げさな表現は、すでに現在ではまったく時代遅れになっているのです。
現在、視聴者をいかにして獲得するかという競争は非常に激しくなってきていますし、その競争の内容も非常に変わってきています。

現代において、世界各国で起きている事件は、非常に早く伝わります。
したがって、そういう事件や情勢の変化に直ちに対応しないような広告はお客をつかむことができません。
大体そういうものは読んでも見てももらえませんね。
信じる、信じないの前に、オーディエーンス(メッセージの受け手)に見ても聞いてももらえないということになります」

メドウ氏が担当したベター・ヴィジョン協会のキャンペーンの広告の1例




あなたはこれまで、あなたの五感のうちで、どれがいちばん、失われては困るものかお考えになったことがありますか?
いま、すぐにお考えになってみてください。
そうです、ほとんどの人があなたに賛成だと思いますよ。
そうだとしたら、1年に1回がそこらは検診を受けたほうが賢明ではないでしょうか?  ベター・ヴィジョン協会

DDBにおけるライセンスド・フリーダム


chuukyuu「2年前にお会いしたとき、[DDBにはライセンスド・フリーダムがある]とおっしゃいましたね。
もう一度詳しくお話しください」


メドウ氏「あの時そういったのは、どういう意味でだったかといいますと---ここDDBでは各ライターが自分のスタイルをも持っています。
みんなをすべて一つのスタンダードに統一しようということはありません。
たとえば、書き出しは7語だとか、13語だとか、15語まで、というようなことはいいませんよ。
私たちは、このようなどうでもいいような基準、与件はつくらないんです。


同時に、私たちがやらないことは、特に私たちがあるコピーやアイデアを『これはいい』と褒める場合に、いままで既存の枠を打ち破って突飛なものを持ってきた、だからこれはよくできた、という理由で、それを褒める、認めるということもやりません。
それは結局、単なる個人的な一つの表現にすぎないという場合があるからなんですね。


コピーライターやアートディレクターは、広告をつくる時、たとえばテレビの広告なんかの場合、やはり最も自然な形で、最もそれが当然だ、現実的だ、というのを考えるわけです。

どんなDDBの広告についても、写真でも、何かきまった型というようなものはありません。
たとえば、写真だけてほとんどコピーがないというような場合があるし、またはコピーばっかりのーだという場合もありますし、
マンガ的な絵という場合もありますし、いろんなものがあります。
外形に対しての規定というものは、全然、ありません。
また、それがどのように仕上がらなきゃならないということも、一切規則はありません。


要するに、問題点は商品が売れればいいんです。
どんなものであっても、このことが、いちばんの判断の基準になるのです。
だから、商品の販売ということに直接つながるようなものを、コピーライターなり、アートデイレクターなりが採用する、ということなのです」

DDBにおけるコピーライター(あるいはクリエイティブ・ピープル)に認められている『自由』の問題は、ここ数年間、私の頭を去らない主題です。
ですから、DDBの人に会う時には、言葉を変えてはこの主題を質問し続けてきました。

メドウ氏が担当したベター・ヴィジョン協会のキャンペーンの広告の1例



青空の下の緑の草原で黄色に咲きみだれているデイジーの花が、こんなふうにしか見えていない米国人だって少なくはないのです。あなたはたった2対の目しかお持ちではない。年に1度は検眼をお受けになっては? ベター・ヴィジョン協会

コピー部アドミニストレイターとしての職務


chuukyuu「現在、コピー部のアドミニストレイターをしていらっしゃいますが、その仕事の内容を説明してください」


メドウ氏「アドミニストレイターとしての私の責任は、コピー部全般の管理です。
約75人から80人の部員がいますが、部が適切に機能しているかどうかを監督します。
さらに、会議に出たり、部員に仕事を与えたりします。これらはルーチン・ワークです。


さらに、部員に仕事を割り振った場合、その宿題といいますか、仕事を一定の時期に書き上げてもらう、またある程度のレベルの作品を部員にしてもらう、ということを総括的に上から見るんです。
DDBでは非常にレベルの高いものをクリエイティブ部門に要求していますから、ただ単に、なんでもいいから宿題とか要求された仕事を提出すればいいというのではありません。
やはり、DDBのレベルに達したすぐれた作品でなければなりません。
このことは、どんな小さなものであってもそうです。
ですから、そこで私の義務は、そのようなすぐれた人を雇うということですね。で、私の判断によって、DDBのスタンダードを維持できるような人を見つけること、さらには広告界に新しい雰囲気を吹き込むことができるような人、そういう人を選抜するということです。
これはちょうど、バーンバックさんが第2次大戦後、米国の広告界にこういう新風を吹き込んだと同じように、そのようにすぐれた人を探すということです。
まとめると---。


このコピー部を総括的に上から監督すること、新人やいろいろなライターを採用すること、さらにいろいろなアカウントにライターを割り振るということ。


これらは、アート部門のアドミニストレイターのスピーゲル(Ben Speagel)氏と協力しあってやっています。


DDBの広告は、コピーライターとアートディレクターとの非常に緊密な協力によつて行われるわけですから、彼と私の両方が相談いあって仕事を担当する者たちの人選をするのです。
ところで、コピーライターとアートデイレクターとが、お互いにまったく考えが対立してしうようなことがありますね。
人間的にも、いわゆる個性の面でも、折れ合い的にも、その他全然合わないというようなことがあります。
そういう時には、その組み合わせを一度解体して、新しい組み合わせをつくると、直ちにうまくいくという場合があります」

メドウ氏が担当したベター・ヴィジョン協会のキャンペーンの広告の1例




私は、定期的に目の検査を受けさせるためのキャンペーンがあると聞いたとき、私自身(と家内自身)について書くことで、このアイデアの推進を協力することができるだろうとかんがえたのです。
本当は、このことについては、アイデアでなく、法律がつくられるべきです。見るということは、運命のなすがままに任せておいてはいけないことの一つです。私にはチャンスがなかったのです。
私はピアニストという職業柄、いろいろな国へ出かけてきました。音と匂いとだけから判断するな、見るという世界は、じつにすばらしい世界であるに違いありません。私は、あなたが目の検査をしないから視力をうしなったなどと言っているのではありません。検眼なんてたいしたことではないのになぜそんなにおっきうがるんですか? わたくしにのようなものにとっては、見えるということはじつに感謝すべきことなのに、あなたのような方には選択の問題なんですね。 あなたは視力が完全だということを確認することができるし、検眼によって、もっとよく見えることが分かるかも知れませんよ。私にそんな選択の機会が与えられたらどうするか、私にはわかっています。

              ジョージ・シアリング

好きな自作は、ベター・ヴィジョン協会とフランス政府観光局


chuukyuu「ベター・ヴィジョン協会のキャンペーンを書いていらっしゃいましたね? あれ、好きです」


メドウ「あれは、もう、書いていません。あの協会は、もう、広告をやっていないのです。
あの組織の内部にいろいろ問題がありましてね、存在はしているのですが、活動は以前ほど活発ではないのです」


chuukyuu「これまでにお創りになったものの中で、とりわけのお気に入りは?」


メドウ氏「そうですね、気に入っているのものの一つは、ベター・ヴィジョン協会、もう一つは、フランス政府観光局のものです」


chuukyuu「それぞれをお創りになった時のエピソードや、お好きだおっしゃるわけをお話しください」


メドウ氏「ベター・ヴィジョン協会では、とくに、少女の異常な目を写した、あの写真です。

気に入っているわけは、賞をとったからではなくて、世間のたくさんの親たちが、私に手紙を書いてくれたのです。書いてあるのは、あの広告のおかげで自分たちの子どもにもあのように目に障害があるということに気づいて、医者へ行って手術をした結果、現在では子どもの視力が正常になったという、感謝の言葉でした。
私にとって、これ以上の高価な報酬、喜びはなかったですね」

メドウ氏がもっとも気にいっている自作の一つにあげたベター・ヴィジョン協会のキャンペーンの広告



アン・フリンの両親がこの写真の使用を許可したのは、なぜでしょう?

理由は2つあります。
(1) 適切な手当てを受けた彼女は、いまではすっかりよくなっていること。
(2) フリン家の問題は(あなたもご存じのように)すべての子どもの目の問題につながっていること。
すべての親ごさんに、アンほどひどくはないとしても、目の障害のことを知っていただきたいと思ったのです。それは発見しにくいことです。あるいは、さほど重要とみなされないで見過ごされがちです。
ご注意ください。お子さんが3歳になる前に目の専門的な検眼を受けさせてごらんなさい。学校にあがって初めてやるというんではなくて---その後は年に一度ずつ。
とりわけ、このことをお忘れく。ほとんどの目の問題は予告なしに迫ってきます。しかし、徴候はあります。あなたに即刻の行動をうながすつぎのような徴候です。
1 しつっこく頭を傾ける。
2 過度に眉を寄せたり、ひどく斜視する。
3 過度に目をこする。
4 片方の目を閉じたり伏せたりする。
5 本を目に近づけすぎる。
6 読んだあと、頭痛を訴える。
7 普通よりもまばたきの回数が多い。
8 目の動きを異常に繰り返す。

(明日につづく)