創造と環境

コピーライター西尾忠久の1960年代を中心としたアメリカ広告のアーカイブ

01-03 DDBという社名に決まるまで

DDBSいうのは、ドイル・デーン・バーンバックの頭文字を取った略称です。
つまり、(ネッド)ドイルという人と、(マクスウェル)デーンという人と、(ウィリアム)バーンバックという人が集まってつくった会社なわけです。

左からM・デーン、W・バーンバック、N・ドイルの3氏

3人の職分は、アイルランド系米国人のドイル氏が営業(アカウント)部門担当、ユダヤ系米国人のデーン氏が総務と経理部門の担当、そして同じくユダヤ系米国人であるバーンバック氏が取締役会の議長(日本流にいえば、会長)というわけです。
日本ではDDBでとおっていますから問題ありませんが、米国には時々「ドイル・デーン」と略して書いている記事があります。
そこで、イキがって「ドイル・デーン」などと、DDBでやろうものなら大変です。たちまち注意されてしまいます。
こんな話を、DDBの幹部から聞いたことがあります。
ある広告依頼会社が会談中に、さかんに「ドイル・デーン」「ドイル・デーン」といったのだそうです。しばらく苦り切って我慢していたバーンバック会長も、ついにたまりかねて、「あなたと私とは、ファースト・ネームで呼び合うほどには、まだ親しくはないはずですがね」

ご存じのように、欧米では、親しい友人間とか、夫婦や親子の間ではフォースト・ネーム、それも略称で呼び合う習慣があります。例えば、ウィリアムならビル、ロバートならボブ、リチャードならディック、ジェームスならジム...というように。
DDBの社員は、バーンバック氏のことを、親しげに、しかも誇らしげに、「ビル」と呼んでいます。
つまり、バーンバック氏のファースト・ネームは、「ウィリアム」か「ビル」なのですから「ドイル・デーン」をファースト・ネームといったのは、皮肉だったわけです。
それじゃあ、DDBの中でいちばん偉いバーンバック氏を頭に持ってきて、バーンバック・ドイル・デーン社とでも、なぜしなかったのか、という疑問をお持ちになるでしょう。
米国だって、偉い人の方を先に持ってくるのが習慣ですから。
DDBのある幹部の言によると、3人が寄り集まって会社をつくった時、銀貨を投げ合って早く表側を出した順に姓を並べたら、DDBになったんだそうです。
これは確かな話でしょう。
けれど、じゃあ、なぜ銀貨を投げ合ったのかという点になると、これでは解決しません。
私の推測ですが、「あなたと私とは、ファースト・ネームで呼び合うほどには・・・」などと皮肉をいうバーンバック氏のことを、そうとうに強気な性格と判断される方も多いと思いますが、実際には、大変なはにかみ屋さんですし、表面的にはそれほど強気にも見えず、むじろ、内剛外柔という言葉の方が当たってい・・・そこで、社名決定の時、年長者であるドイル氏とデーン氏を立てたとしか思えないのです。
名前のことが出たついでですから、余談をつけ加えておましょう。
DDBのことを、最初に私が、ドイル・デーン・バーンバックと、今日そう呼ばれているように正しく表記した1962年12月までは、日本では「バーンバッチ」とか「バーンバッハ」とか書かれていました。