創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(473)『5人の広告作家』まえがき

定期購読していた『アド・エイジ』誌の発行元を、シカゴに訪問したことがあります。
いろいろ説明してもらいましたが、もっとも興味をもったのは、江戸時代の薬種(くすりだね)問屋が置いていたような小抽き出しが天井まである部屋でした。
過去記事を広告主・広告代理店・人ごとに切断・収納する小抽き出しでした(いまなら、パソコンでフォルダ、ファイルごとに記録・保存できますね)。 
40年も前です。
以後、ぼくの情報整理術は一変しました。

ところで、『アド・エイジ』誌の実物を手にしたことのある広告人・クリエイターは、日本に何人いるでしょう?

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はじめに


多くの人びとにとって、書くことは孤独でむなしい、ときとしてはみじめな経験でもあります。

書く過程をほんとうに楽しんだライターはまれなようです。

ほとんどのライターは、書き上げてしまえばうれしいけれども、実際に紙の上に鉛筆を走らせたり、タイプライターのキーを一つ一つ打つ作業を、すこしも楽しいとは感じていません。

書く作業にとりかかるのは何かいやでたまらないことであり、できるだけ後に延ばしたいことなのです。

きわめて複雑で無意味な儀式であり、ちょうど、野球のピッチャーがいよいよ、腕を振りあげて投球動作を起こす前によく経験するヒキツリのようなものがあります。

紙をまさにあるべき状態に積み重ね、タイプライターあるいは鉛筆に手をふれ、撫で注意深く調整する。

コーヒーを飲む、あるいは飲まない。
窓は開け、閉じる、あるいは調節する。
椅子を高くする、低くする、机に近くする、遠くする、あるいはとり替える。

首筋に新しくできた奇妙なものをバスルームの鏡で注意深く調べる、あるいは向かいのビルの窓に見える女性の横顔をじっと見つめる。

こうして時間がたち、無意味な儀式が進み、そしてついにこれ以上延ばせなくなります。

書きはじめる時がきたのです-----------。

         

「アドバタイジング・エイジ」誌の編集幹部であるジェームズ・ビンセント・オガラは、こうした辛い経験をよく知っていたので、ある日先任エディターのデニス・ヒギンスにこれまでニューヨークのコピーライター名誉殿堂入りした5人の「広告の鬼」をインタービューしてみないかとすすめたのです。
  
「コピーの仕事の本質は、効き目のある単語やフレーズを紙の上に生み出すことだ」とオガラはいいました。

「そして広告のライターは誰でも、他のもの書きと同じことだが、じっと堪えながら、印刷媒体のコピーやテレビのコマーシャル、あるいは物事をどうまとめるかという指令書をつくるときに、こうした嫌な堂々めぐりを経験するものだ。

先にあげた大物コピーライターたちと、彼らがどのように仕事をはじめるかというありふれているけれども重要な問題について聞いてくれないか。
彼らが創造の奔流が自由に流れるようにするため、なにか工夫をしているか、たずねてみてほしい。

彼らの豊かな経験から割りだして、向上心に燃えた他のライターたちが、できるだけ挫折を少なく、うまく彼らの域に早く達するのに役立つようなことがないか、尋ねてみてくれ」

それで、デニス・ヒギンスはテープレコーダーを持参、一連の質問(いくっかはなんの毒もない)を用意し、知りたいという自由な気持ちで5人に会ったわけです。

彼らと会って生まれたのが本書の内容です。

書きはじめる前にどのように鉛筆を尖らしたらよいかというような衒学的な話でなく、彼らはヒギンスの質問に答えて、これまでに私が知ることのできたもっとも興味深いコピー作法の話を提供してくれました。


このインタビューが「アド・エイジ」誌の特集ページに載ると、たいへんな反響を呼び、単行本のかたちで出版してくれないかと多くの人から要望されました。


広告、コピー、あるいはどのような種類のものであれ、文章または表現に、すこしでも関心のある読者なら、本書に収められた五つのインタビューは限りなく興味深いものであるにちがいありません。

ここでは、その道の達人が、彼らの仕事、技術、もくろみ、考え、理想について、(書くのではなく)語っているのです。    


私たちも話に加わろうではありませんか。

                『アド・エイジ』誌 
                発行人 S・H・バーンスタン


【chuukyuu注】ネットで調べたら、米国では44年後のいまでも、この本は売れているようです。将来の大物クリエイターを目指す人たちのバックボーンになっているようです。



明日、『5人の広告作家が連休中に一気読みできるように、まず、バーンバックさんのインタビューの連結版を掲載します。