創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(441)デラ・フェミナ著『広告界の殺し屋たち』(4)

【用法】
あなたもお分かりのように、あなたは今まであなたの上にふりかかってきたことの結果として生じたものがあなたなのです。
だから、ここで、どれから大きな影響を受けたというようなことは私にはできません。すべてのものの総合なのですから。
さらにいいたいのは、広告をつくるうえでの成功でもっとも重要な要素は、製品そのものだということです。このことを十分にいう機会が、これまであまり、なかったように思います。あるいは十分に強調することもできなかったようにおもいます。
(「ウィリアム・バーンバック氏、広告の書き方を語る」(6))( )の数字をクリックで全文が読めます。


(chuukyuu格言)洗心革面(せんしんかくめん)。




(原題『真珠湾をくれたすばらしい民族から』)の抜粋


第2章 「スピーディー・アルカ・セルツァー」の死(4)


この瞬間も、コンプトン代理店ではあわれな野郎が部屋に坐りこんで、アイボリー石けんのために前に言われていないようなことを考え出すので四苦八苦しているだろう。
何を言ったらいいのだ?
どこへ行ったらいいのだ? 
何を言ってみたところで石けんは石けんなのに。


といっても石けんの広告やコマーシャルがおしなべてこれ以上すぐれようがないと言っているのではない。


とっくの昔にあきらめてしまった連中もいるが、石けんの広告に挑戦してみるだけの理由はある。
それは至難の事業だから。
タイトの広告をつくっているとしたら、何を言うか?
アキソンだったら? 
アーサー・ゴッドフレーやハッスルしている酵素について2、3意見を言ってもらう?


私たちはいまフェミニックという製品のためにとても難しい問題をかかえている。
膣用の香料入りスプレーで単純明快な製品なのだが、雑誌もテレビもまだ膣という言葉は広告で大っぴらに使えないと決めこんでいるのだ。
私たちはこの製品のがどんなものかを言うことができないのである。


女性用衛生分野は広告代理店にとって格好のビジネスになりつつある。
私たちの製品フェミニックもよく売れている。
FDS(注:フェミニックスの競合製品)もよくやつている。
ジョンソン&ジョンソンもペスプレという同種製品を出してうまくいっている。
米国の産業界が膣を発見し、新しいマーケットが開けつつあるのだ。


要するに産業界は、もう体の部分にこと欠いてしまったのである。
しばらくの間、頭痛が対象だったが、もうやりつくした感がある。


足の指も栄光を誇った時期があった。
水虫とともにつま先にもスポットライトがあてられた。


しわも、減量食も通り抜けた。
やせさせたり、太らせたりもした。


消化剤とともに……も通過し、痔も征服した。


そこでビジネスマンは坐りこんで言ったのだ。
「残ってるのは何だ?」
ある利口な男が言った。


「腔だ!」


ここは処女地だった。


そしてこれが始まりであった。


今日(1969)は腔、明日は世界である。つまり腔のためにすべてのものが総動員されるだろう。
ビタミン、強壮剤、キューピッド・クイバーのような香料入り洗浄器(キイチゴ、オレンジ、ジャスミン、シャンペン)、スプレーなど、新しいものなら何でも売れる。


事実、スプレーは売れているのである。


1969年の最初の2、3ヶ月にフェミニックのメーカーは、60万ドル分の製品をテスト・マーケットに出して売り切った。
コマーシャルなしでである。フェミニックのメーカーには、広告が開始されないうちに60万ドルの現金が入ったのである。
追加注文だけでもやっていけそうだった。


フェミニックのために私たちがつくった最初のコマーシャルは惨たんたるものであった。


映画『エルビラ・マディガン』のシーンに似せて、スウェーデン人のモデルに森の中を歩かせたのだが、その女性は英語がしゃべれないどころか、スウェーデン語すら話せなかったのだ。
その上彼女はまるで無表情であった。
私たちはニューヨークのスターリングの森と呼ばれる場所で撮影をした。


影中には人が集まってきてこっけいな質問をするものだ。
この時も一人の婦人が近寄ってきて「何をしているんですか?」と聞いた。
「フェミニックのコマーシャル撮影ですよ」 
フェミニックはニューヨーク市場では知られていないはずだった。
ところが彼女は言ったもんだ。
「ああ、私、いつも使っていますわ」
私は聞きかえした。
「本当に?」
「ええ、夫も使ってますわ」
私は眉をしかめて「お子さんも使ってますか?」
彼女の答は「そんな、子どもには使わせていませんね。私と夫だけですわよ」
私はていねいなお礼とともにフェミニックの人が聞いたら喜ぶだろうと告げた。


変わった理由でキャンペーンがうまくいかないこともある。
パートナーのロン・トラビサノ(Ron Travisano)(写真)がかつてマーショーク(広告代理店)で働いていた時、できすぎたケーキーミックスが広告主として入ってきた。
水を加えるだけでケーキになる製品だったが、売れなかった。
テストにテストをくりかえした。
普通の主婦はケーキをつくる時に何か物理的なことをしないとバカにされている感じがするというので、その製品を嫌っていたのだった。


水を加えればいいだけなら、主婦としてもコックとしても途方にくれてしまうように思えるからであった。
この製品はあまりにもできすぎていたのだった。
卵を割って入れなければならないような製品に変えた。
説明書には、そのケーキーミックスに卵と水を加えればケーキができると記した。卵がなければ、この製品はどうにもならないとも書いた。


効いた。


卵を割って入れる行動が主婦に再びコックという使命をもたらしたのだった。


狂ったように売れた。
信じられないほどだった。


ロン・トラビサノはジョンソン&ジョンソンの応急手当用のクリームの際にも問題に巻きこまれた。


この製品は、切り傷、ひっかき傷に効く、しみない化膿止めだった。

ソンは塗っても天井までとびあがらなくてもすむ薬品を発明したのである。

そしてテスト・マーケットに送り出したが、買う人がいなかった。
会社側は何が悪いのかさっぱりわからなかった。


再び調査を行なって、人は効いているという証拠にしみを感じたがっているということを発見した。


焼けるような感覚を味わいたがっているのだった。


この製品の欠点は、塗った時にヒリヒリしないことだったのだ。傷がなおることは別にして、ピリピリしないということが気に入らなのだった。

そこで、ジョンソン&ジョンソンは、ちょっぴりヒリヒリさせるためだけに、このすばらしい製品に少量のアルコールを加えた。

調査の専門家はいぶかいがったことだろうが、クリームにアルコールが入れられるや、再び売り上げが伸びだしたのた。


大衆は、焼けるような感覚を望んでいたのだった。

焼けるような感覚を味わっているということは、すなわち苦しんでいることであり、良くなるためには苦しむことが必要だと考えているのだった。


あわれなのはコピーライターである。


この製品のヒリヒリしないというキャンペーンを一生懸命でやっていたのに、ヒリヒリが製品を売るのに必要な要素だったから。