創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(667)バーンバックさんとDDB(18)

(承前)


バーンバック-----「大統領が商品であるとは思いません。
大統領をパッケージして売り込むべきとも思いません。
しかし、もし候補者が十分に信頼できる人物であるならば、その信ず
る人のために自分の技術を傾注することは、自分の名誉であり、国家
の名誉であると思います」


□ちょっと、脇道へ。でも有意義な---


1966年10月1日---拙編著繁栄を約束する広告代理店DDB
誠文堂新光社)と題した、A4変形版の本を[ブレーン別冊]として
上梓しました。
DDB制作の広告作品を満載したムック本でした。
38年後、電通のクリエイティブ部門から、新人教育の副読本と
したいからと、完全複製の許可をもとめられ、了解しました。
カラー・ページもカラー・コピーした忠実な復刻でした。
70部復刻したと聞きました。クリエイターの新規採用は60人前後だ
ったのでしょう。
著作権含みで3部、献本を受けました。1冊は、数年前、ロンドン大学
経営学の準教授が、[1960年代のDDBを調べるために行ったら、その
ころのことは、東京のchuukyuuに訊け---といわれたので」という手紙の
返答として送ってしまいました。あとの2冊については記憶なし。


さて、前置きはこれで措いて。
本文の第2章「大統領選挙キャンペーンとDDB」を全文、休日の
読み物として復元しましょう。



バリー・ゴールドウオーターの、驚くべき問題解決法


問題がある? これを一発やるんだね。それで保証された。
指示どおり投下するんだ。それだけでいい。ボン!
それで問題は解決。
すべてのものを黒か白かで片づけてしまう人にとって、原爆
は魔力をもった妙案に見えるに違いありません。
ロシアとの問題もこの妙案を使えば、一夜のうちに解決でき
るでしょう。
5倍ものロシア人をみな殺しにするだけの原爆を私たちは保
有しています。
簡単で、早くて、ラクです。
たぶん、バリー・ゴールドウォーターにとって、原子爆弾
魅力はここなのでしょう。
小ぜりあいの戦争にも投下しようという熱弁が吐けるので
しょう。ロシアを核絶滅するという脅迫的熱弁を。
しかし、これにはおとし穴があります。
しかし、ゴールドウォーター氏はこのことは全然気にかけ
ていないようです。


ロシアにも原爆はあるのです。
10億のアメリカ人が殺されてしまうほどの・・・・・・
むだな殺しあいです。ケネディ大統領とジョンソン大統領
がこれまでに、核戦争に頼らなくても、自分たちの利益を
守れることを示してきました。
11月3日には、原子爆弾はジョンソン大統領が管理していま
すから安全です。もちろんあなたも。


11月3日には、ジョンソン大統領に投票しましょう。
家にいるなんてとんでもない危険は犯さないでださい。


ジョン・F・ケネディの着眼


ソニーがDDBのつくったフォルクスワーゲンの広告キャンぺーンに魅
せられていたころ、ワシントンでもひとりの男が、矢つぎ早に掲載され、
しかもその一つ一つが読者の共感を呼ぶVWビートルの広告に注目して
いました。


この男は、大げさにいえば、世界でもっとも強力な権力と影響力とをも
ったひとりでした。
大統領ジョン・F・ケネディです。


ケネディがハイアニスポート(ニュー・イングランド地方) のアービング
通りに画した自宅の一室で、大統領に立候補することを決心した1959年の
春には、VWの広告キャンペーンはまだ始まっていませんでしたし、1960
年11月8日が投票日であった大統領戦にDDBを起用するまでには機は熟
していませんでした。


しかし、ホワイト・ハウス入りしてからの彼ジョンは、VWの広告に大衆
を説得し、納得させ、信頼させ、書かれているイデオロギーのシンパをふ
やしていくだけの魔力がひそんでいることをすばやく理解しました。
この大衆説得の職業的天才たちを、自己の陣営にひきこむことを考えたの
です。
さしあたっては、きたるべき1964年秋の共和党との対決には、このVWの
広告チーム・・・に民主党キャンペーンを担当させるべきであると決めてい
たといいます。
幸いにも、DDBは首脳陣をはじめ、多くの従業員が民主党支持者でした。


こうしてDDBは、またしても、クライアントのほうから自分のところへ
足を運ばせたわけです。
しかもそれは、自動車とかテレビとか石けんとかといった、金さえ払えば
買うことのできるものではなく、政治という、買うことのできない商品で
した。もちろん、政治キャンペーンはDDBにとっても最初の経験でした。


ジョンソン、DDBを指名


ケネディとDDBが結びついたところで、あのダラスでの暗殺事件が
起きました。
リンドン・ジョンソンが大統領になりました。
公的生活に従事している人の中でジョンソンはもっとも友人の少ない
人のひとりといわれています。
この点でもジョンソンはケネディと対照的でした。
しかし、ジョンソンの数少ない友人の中のひとり、ビル・モイヤーズは
ケネディの遺志にしたがい、DDBに民主党キャンペーンをまかすよう
にすすめ、1964年3月19日に正式にしかも秘密裡にジョンソンはDDB
を指名したのです。
モイヤーズを、キャンペーン推進の最高責任者にすえて・・・。
彼自身が放送局の所有者でもあるジョンソンは、ホワイト・ハウスの寝室
に3台のテレビ受像機を置いており、同時に3大ネットワーク・・・・・・
CBS、NBC、ABC・・・・・・を視ることができ、手もとスイッチで音量
が自由に調節できるようにしてあるといわれるほど、テレビの効果を重
視している人です。
彼がモイヤーズをとおしてDDBに対し、300万ドル(非公式には500万ド
ルともいわれている)のキャンべーン予算の大部分をテレビにつぎこむよ
う指示しただろうと想像するのは、ぼくだけではないでしょう。
この民主党キャンペーンで、DDB側のアート・スーパパイザーとして活
躍した1932年生まれのマイヤーズ(Sid Myers)氏に会ったとき、彼は、人
なつこい口調で「自分にとっては大きな経験であった。なんせワシントン
とニューヨークの間を数えきれないほど往復し、ホワイト・ハウスに入り
びたったり大統領に会ったり、最後の2週間はホワイト・ハウスに泊まり
こんだんですからね。おかげで休暇をフイにして女房にうらまれちゃっ
た」と笑ったあと、 「民主党側の広告代理店選択が共和党側よりも2ヶ月
も早かったことが、その後の私たちを有利にした」と話してくれたことか
ら判断しても、ケネディが広告代理店選定などという、時間と労力をむだ
にしがちであるばかりか、かえって無益な結果を生むことにもなる大げさ
なビジネス習慣を無視して、自分の目で選んだ一つの代理店---それも、
それ以外ではいけなかった一つ---を早くから内定していたことは賢明だ
ったといえましょう。
これに反してゴールドウォーターのテレビ放送が始まったのは9月でした。
「大統領への道・1964年」 のT・H・ホワイトによると、
「理論上は、民主党のそれよりもはるかにすぐれているように思われた」
キャンペーンであったそうです。
共和党側が起用したのは、世界最大の広告代理店グループであるインター
パブリックでした。
インターパブリックの媒体専門家たちは、17億もの情報を電子計算機にか
け、全米を200のテレビ・マーケットとし、最小の費用で最大の視聴者にメ
ッセージを伝達する方法を、1964年8月20日以降から計算したといわれて
います。
「しかし」とホワイトはつづけます。
「媒体専門家たちは、言うべきことは何であるか、メッセージはどうある
べきかを知らなかった。というのは、彼らはゴールドウォーターにじかに
会うことも、その親友に近づくこともできなかったからである」


この記述を読みながら、ぼくは失笑せざるを得ませんでした。
現在日本の広告界をのし歩いているエセ科学主義の正体をそこにみたよう
な気がするからです。
意味ありげな穴があけられた数万のカード、気が遠くなるような数のトラ
ンジスタ、1秒間に幾十万のデータ処理うんぬん・・・といった自慢ばなしめ
いたものの陰にあるものが、乾ききったもの、人の心をうたないもの、空
虚なメッセージであることが、広告の世界では多いのです。
いや、けっして電子計算機の無用を唱えているのではありません。
巨大なマーケットの真の姿を分析するためには、電子計算機の助けは必要
です。
しかし、バーンバック社長がいつも言っているように「よい広告とは、すぐ
れた芸術的手腕を示したものです。科学と違って芸術は、読者を動かすカ
をもった言葉や絵をみつけることができる」ものだし、単なる調査は「全世
界にわたって行なうこともできます。それでもひどい広告をつくることか
ら解放されることはできません。事実はよい広告の始まりでもなければ、
目的でもありません」(CA誌 1966年2月号).


そうです、広告に必要なのは、人びとの目をとめ、心を動かすことのでき
る、みずみずしいフィーリングのはずです。
ホワイトは、 「DDBグルーブの楽天的な態度は、土くさいと言ってもよ
かった。このことは、人びとの心をとらえようと努力することを意味し、
伝達すべきメッセージを知っていたということである」と書いています。
すなわち、 「ゴールドウォーターを攻撃せよ、そして彼をガタガタさせよ、
最初から彼を守勢に回らせるようにしむけよ」ということでした。


1回こっきりのTVコマーシャルの波紋


DDBのクリエイティビティが、具体的にはどのように発揮されたかをご
紹介しましょう。
[少女とデイジー(ひな菊)]と名づけられたテレビ・コマーシャルに集約でき
ます。
コマーシャルは、民主党キャンペーンの第1番めのもので、ただ1回だけ流
された1分間フィルムです。
野原でヒナ菊の花びらを、ひとつ、ふたつ、みっつ・・・とむしっている亜麻
色の髪の少女がだんだんクローズ・アップされていきます。
「いつつ、ななつ・・・むっつ、やっつ・・・」
カメラは彼女の瞳孔まで近より、それにかぶせて「10.9.8.・・・」と秒読みが始
まり 「ゼロ!」と同時に画面いっぱいに・・・・・
そして、ジョンソン大統領の声で・・・・・
「原爆の世にあっては、お互いに愛しあうか、死ぬかの方法しかありません」
アナウンサーがつづいて「11月3日にはジョンソン大統領に投票しましょう、
家にいるなんてとんでもない危険を犯さないでください」

TV−CM


1964年9月7日夜、このフィルムがNBC系の電波に乗るやゴールドウォーター
側から、「自分たちが小さな子どもを殺そうとしているようにとられる」と放送
中止の申し入れが行なわれました。
フィルムはとくにゴールドウォーターとも共和党とも言っていませんが、共和
党側を刺激したことははっきりしています。


このフィルムは、たった1回の放送だけで2度と放送されませんでした。
けれども、それだけによけいに人びとの目にふれ、記憶に残る結果になってしま
ったのは皮肉です。
放送中止がニュース映画で報じられたり、テレビのニュースになったり、発行部
数の大きな週刊誌の表紙になったりしたからです。
国会図書館にも納められましたし、イギリスからも希望してきました。
エンサイクロピーディア・ブリタニカの「1965年版」の「1964年の事件」の項にも、
このフィルムの中から3カットが抜きとられて収録されました。
つまり、たった1回きりの放送を見そびれた人たちが、見ようと思えばいつでも見
られるような結果になったのです。
このコマーシャルをホワイトは、「政治的テレビ・キャンペーンの傑作として歴史に
記される価値がある」と特記しています。


ジョンソン側の第2弾は、10日後に現われました。
無邪気にアイスクリーム・コーンをなめているかわいい少女の画面に、おだやかな
声が、ストロンチウム90を説明し、ゴールドウォーターは原水爆実験禁止協定に反対
していると指摘したものでした。
おもしろいことに、これも一度だけ放送されると中止されました。
つぎのフィルムは社会保障に関するもので、両手が社会保障のカードを引き裂くもの
でした。
DDBのクリエイティブ・チームは、徹底してゴールドウォーターのパーソナリティ
をやっつけたのです。効果は急速に地方にまで浸透していきました。
ゴールドウォータ一側は、遊説の先々で原爆問題と社会保障について説明しなければ
ならなかったといいます。
地方の共和党のボスたちがそれを要求したからです。
つまりゴールドウォーター側は、つねに守勢に立たされたわけです。
相手の攻撃に応えるだけがせいいっぱいで、相手を攻撃する時間がなくなってしまった
のです。
DDBによって植えつけられた自分のイメージをぶちこわそうとしてもがくのみであっ
たのです。


その結果は、
ジョンソン・・・・・・・・・・・・・・・・43,126,218票(61.0%)
ゴールドウォーター・・・・・・・・27,174,898票(38.5%)


電子計算機は、創造的な人間の頭脳に破れ去ったのです。
ホワイトは言います. 「ニューヨークの広告人(DDB)たちは、ゴールドウォーターのみ
ならず、古き民主党政治家たちさえ転倒させるような、生き生きした想像力の創造物を生
ぜしめた」と。
そうはいっても、DDBが電子計算機を使わなかったという証拠はどこにもありません。
ブリタニカの1965年版には、あることを暗示した文章が載っています。
「DDBの第2の戦略は、キャンペーンの始めから共和党を守勢に回らせることであった。
主要な争点に関してゴールドウォーターがなした議論の的になるような公式発言をあばく
ことによって、ゴールドウォーター側のバランスをくずすことであった。DDBはキャン
ペーンの争点に関して、まるで彼らがある商業製品を売ろうと企てたかのように、大衆に
向かって調査を行なった」
それは、投票者にもっとも強い影響を与えると思われる争点に関しての政治上の暴露がど
こにあるかを知るためのマーケティング分析でした。
そして選び出したものが、「核兵器の責任問題、好景気の経済の持続、十分な社会保障計画
を保持すること、そして賢明で経験豊かな人物と、無謀で矛盾した言辞を吐く男との比較」
であったと解説しています。
とにかく、この政治キャンペーンに関する戦いは終わってしまっています。
政治キャンペーンが、石けんや自動車を売るのと同じ精神で操作されていいか、問題のあ
るところです。
一部の広告人の中には、 「政治家を売り込むために広告を使うことは俗悪の極み」 と断言
している人もいます。この人は、政党や候補者が専門的広告業務の知識と手続きを必要と
しているのなら「専門家の自発的な志願者たちをつのって代理店の垣根をこえた特別のチ
ームを組ませ」てはどうかと提案しています。ぼくはそれこそ知識の切り売りだと思いま
す。それぞれの広告代理店は、固有の個性をもつべきだし、ものの見方、説得の仕方も、
それに従った個性的なものになるべきなのです。
この人のいうような連合混成軍でうまくいくハズはないと思います。
しかし、政党キャンべーンに広告代理店が参加していいか・・・ときかれると、簡単に「しか
り」と答えるわけにはいきません。
要するに、その広告代理店のものの見方、態度が問題だと思います。


DDBの文化的意義


DDBについてはどうでしょう?
1965年11月1日号のアド・エイジ誌にスティーブ・ベイカー氏が 「DDBの文化的意義」と題
するエッセイを発表しているのでご紹介して答えに代えます。
このエッセイは、2009年5月9日に引用した同氏の「DDB」の後をうけたもので、ほとんどの人が「DDB的タッチ」の存在を認めたが、筆者あての手紙の中の1通だけが、
「DDBがクリエイティブのリーダーであるという前提には異論はないが、その意義を特定
の広告代理店に置いたのは不合理だ」といってきたというのです。
中西部の某大学教授からのものらしく、教授は 「こういった性質の議論をするなら、もっと
重要な演劇、美術、音楽といったものの文化する影響に限定するのが妥当で、広告代理店に
結びつけてうんぬんするなど、もってのほか」と主張していたそうです。
イカー氏は答えます。
「この手紙を読んで、いったい、アメリカの学者連中は、この国で広告がつくり出している
諸影響というものがよく分かっているのかどうか、考えさせられてしまう」「DDBの影響は
そのモチーフがたとえ営利的商業的なものであっても、作家や芸術家たちの影響ぐらい文化
的意義があるともいえる」として、 ミッキ一・スピレーンやヘミングウェイの名やポール・ク
レー、アンディ・ウォホールやジョージ・ベロウの名をあげています。
そして、フォルクスワーゲンのキャンペーンを、芸術的新工夫という点からのみみても、ポ
ップ・アートと同じぐらい価値があり、ラインゴールドのコマーシャルはオフ・ブロードウェー
の劇と同等の、そして、 さりげなく控えめに言いながら説得力の強いエイビスのコピーは、
オグデン・ナッシュの詩と同じ価値があるといえるかもしれない・・・といっています。
「マス・メディアのおかげで、こういったキャンペーンは、少数の読者層を相手にした単行本
や絵画よりもはるかに多くの(ときにはずっと関心をもつ)オーディエンスに達することがで
きる」
ということは、アレギザンダー・カルダーのような有名な芸術家たちの作品よりも、VWのキ
ャンペーンのほうがずっとたくさんの人びとの注目を集めているという言い方にもなるので
す。
「実際、DDBが、今日、社会的な一つの大きな力になっていることは事実であるといえる、
それは何百万という人びとを説得し、行動させてきた。
しかも、アメリカの経済に与えた影響も数兆ドルといった単位では測り得ないぐらいのもの
だ」「アメリカの歴史に、これほどの『好みをつくる人(tast maker)』は出現したことはなか
った」
といった要旨のものです。
DDBは石けんや自動車や政党を広告しながら、単に広告するというだけではなく、そこに、
新しい見方、新しい好みを広告を通じてつくり上げていく広告代理店なのです。
民主党のキャンペーンに即していえば、原爆反対のアピールを、民主党の金を使ってアメリ
大衆に訴えているといえましょう。
しかし、民主党やジョンソンが今後とも本気で原爆反対を考えているか・・・というと、これは
歴史の証明を待つよりほかないでしょう。
このテキストは、1966年に書いたもので、ほとんど手を加えていません


担当アートディレクター シド・マイヤーズ氏の創造哲学


以下、明日
このコンテンツ構成には若手コピーライターの安田慎一さんと菊池小百合さん
プロデューサーの転法輪 篤さんのご助力をいただいています。




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