03-48 むすび
そろそろ私は、第一章で提出しておいた疑問に対する解答を出すべきでしょう。
(1)どうしてDDBがつくった広告が、私の注意をより多く引くのか? それは、私の興味に合っているという理由からなのか?あるいは、DDBがつくるほとんどの広告が常にレベル以上のものなのか?
答・・・DDBの広告制作の基本は、正直で誠実であるというところにあります。もし、誠実を求める人であるなら、私に限らずだれでも、その広告の主張に共感し、納得し、信頼するでしょう。したがって、レベル以上とか以下という基準を越えて、人間としての生き方を暗示しているからだともいえます。
(2)もし、DDBがつくる広告のほとんどがレベル以上のものだとすると、数百人の従業員を、どのように指導しているのか?
答・・・クリエイティブ部門の人間に、90%の自由を与え、各自の個性を伸ばすように指導していることと、その自由を守るために、全社をあげて努力しているといえます。
(3)DDBのやり方は、DDB独自のものなのか? あるいはアメリカには、ほかにもDDBのような代理店があるのか?
答・・・DDBのやり方…というより、DDBの特長を簡単にいえば、
- 独自の理念(フィロソフィー…哲学)を持ち、かつ動機づけの巧みな指導者バーンバック氏の存在
- バーンバック氏の理念に賛同して集まった才能ある人材とそのペア・チーム・システムによるアイデア開発手法
- 人材の能力をフルに発揮させる自由な雰囲気づくりの成功
- クライアントの理解
ということになります。
したがって、これはDDB独自のものですが、同時にそれは手本になり、1960年ごろより、DDBを目標にした代理店が幾つか出てきています。それらの多くは、DDBにいたことのある人たちによって創設されたもので、名をあげれば、
- パパート・ケーニグ・ロイス(PKL)社
- カール・アリー社
- ジャック・ティンカー & パートナーズ社
- ウェルズ・リッチ・グリーン(WRG)社
- ロイス・ホランド・カロウェイ社
- レバー・カッツ・パチオン社
- スカリ・マケーブ・スローブス社
- デルハンティ・カーニット & ゲラー社
- デ・ガルモ社
- デル・フェミナ & パートナーズ社
- ギルバート社
…などのユダヤ系各社です。
しかし、私が訪問してみたかぎりでは、二、三社を除くと、DDBのレベルにはほど遠いところで、努力を続けているといったほうが、より正確でしょう。
(4)DDBのやり方は、日本では通用しないのか? あるいは、やり方次第では、日本にDDBが生まれる可能性があるのか?
答・・・ノーコメント。
最後の質問に答えなかったのは、私に予言者となる趣味がないからです。むしろ、お読みいただいた方々のご意見をうかがいたいと思います。
もちろん、広告界だけに限っていえば、商習慣上の日本的特殊事情があり、そこのところは本書では詳細を紹介していませんから、読まれた方々も判断のしようがないと思います。
ただ、ヒントとして申し上げれば、DDBが日本進出を一時断念した理由の一つが、この日本的商習慣をきらったからだということでした。
しかし、創造を目的とする集団は広告界だけにあるのではありません。
本書で、努めて広告的な説明を省いた思惑も、じつはここにあったのです。
広告界以外でなら、DDB的やり方は、立派に通用するだろう…というのが、今の私の見解です。
ペンを置くにあたって、ニューヨーク800万市民の中に250万人もいるユダヤ系アメリカ人についての記述が中途半端になってしまったことをおわびします。
いずれ改めてアインシュタインからチャップリンまでを扱った『ユダヤ系アメリカ人』とでも題する本をまとめたいと思っています。
西尾忠久
1969年3月31日