創造と環境

コピーライター西尾忠久の1960年代を中心としたアメリカ広告のアーカイブ

(1104)ベスト・セレクション(299)ジャマイカ(36)

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今の★数累計です。


ジャマイカ観光局・広告シリーズ(36)


久しぶりの更新です。
ジャマイカ観光局の広告シリーズを改めて続けたいと思います。


今回の作品に出てくるパーブシングは、ジャマイカ・アート界のパイオニアとして
ジャマイカのナショナル・ギャラリーで紹介されています。
ナショナル・ギャラリーは1974年の設立なので、この時点ではまだないということですね。


>>Jamaica’s Art Pioneers: Karl Parboosingh (1923-1975)


ジャマイカの絵画は
破格のお値段です。
6ドルより販売。
お買い求めの際は
ギャラリーまたは
青空展示場まで。


アラン・ハッチンソンは自宅で自分の絵を展示しています。外壁に掲げられた原始的で少年のような彼の作品は道行く人々を惹き付けます。お値段は6ドルから15ドル。(彼の本職はベッドバネの調律師)
また、パブーシングも芸術家です(上の写真をご覧ください)。パリ、ニューヨーク、ジャマイカなどの海辺に建てられた豪華なコテージ(ラベンダー色の壁に空色のドア付き)は古びて味のある建物になっています。
パブーの絵画は大抵、キングストンヒルギャラリーで展示されています。外だけでなく、室内展示もございます。
彼の絵画へのこだわり費用は100ドルから200ドル。この額は、たいへん魅力的な作品である非売品用の値段です。
非売品の作品は例えば、地元のバーに飾られます。「愛と平和バー」「猫とフィドルバー」「マットとジェフバー」それぞれ、バーの名前にちなんだ絵が飾られています。
ジャマイカの住まいを見てみましょう。よく見ると、何軒かの窓には、目を引く程美しい柄のカーテンが見えます。
ジャマイカを見てみましょう。青々とした丘では、鋼色の空とは正反対の橙の日差しの中で紫のドレスに包まれたジャマイカン・レディが、桃、赤紫、ふじ色、深紅の花が詰まったカゴを片手に坂道を下っているかもしれません。
パブーは嘆きます。「悔しいね。ジャマイカにはこんなに色が溢れているのに、そのままの色は手に入らない。せいぜい似た色を作り出すことしかできないんだ。」
悔しくなるほど美しい色、非凡な芸術家、マットとジェフバーなどについてさらに詳しくお尋ねの際は、お近くの旅行代理店またはジャマイカ観光局までお問い合わせください。
観光局所在地:ニューヨーク、マイアミ、サンフランシスコ、ロサンゼルス、シカゴ、トロント


C/W:
A/D:
Foto:


"The New Yorker" 1966.12.10
翻訳:佐藤汰さん東海大学 政治経済学部 経営学




Jamaican paintings are
wildly priced.
$6 up.
You can pick them up
in galleries.
Or off houses.


Alan Hutchinson shows his paintings at home. Hanging all over the outside of his home. And his primitive, childlike pictures charm people out of $6 to $15. (His real profession: bedspringmender.)
Parboosingh, on the other hand (see picture and paintings above), is an artist. Paris. New York. Jamaica. Where he now lives and works in a gloriously gaudy cottage (lavender walls, cerulean blue doors) so close to the sea that the spray rusts his penpoints.
Parboo's paintings hang mostly at Kingston's Hill Gallery.
Inside.
And his style of charm costs $100 to $200.
Much of our most enchanting art, though, is not for sale.
Signs on the walls of local bars, for instance. "Peace and Love Bar." "Cat and Fiddle Bar," "Mutt and Jeff Bar:' Illustrated with doves, hearts, cats, fiddles. Mutts, Jeff.
And look at our houses. But carefully. Where you think you see pretty curtained windows, you're often seeing paintings of pretty curtained windows.
And look at our country. At a green hill, perhaps, with a Jamaican lady walking down in a purple dress, carrying a basket of pink-magenta-mauve-crimson flowers, against a steel-blue sky, in orange sunlight.
Parboo: "lt's frustrating. The colors here. You can't get them. You have to leave out rather than put in."
For more about our frustrating colors, fine artists and Mutt and Jeff bars, see your travel agent or Jamaica Tourist Board in New York. Miami, San Francisco. Los Angeles, Chicago, Toronto.


広告シリーズ総索引
The general index of advertising series


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西尾忠久を偲ぶ会(5)

『西尾忠久を偲ぶ会』の展示内容、第5弾です。
少年時代〜三洋電機」「広告」「世界の有名品」「ミステリー小説」に続く最後のブロックです。


鬼平犯科帳』や江戸時代の文化に関する著書


※左下にある『江戸・老舗さんぽ』が行方不明になっています。会場の案内が悪かったため、ミステリー小説と一緒にお持ち帰りになったのかもしれません。西尾の書斎にあった大切な本です。ご存知の方いらっしゃいましたら、 cd-rom@cece.co.jp までご連絡ください。よろしくお願いいたします


江戸時代の文化については、20代の頃から興味を持っていたと生前話していました。今回見つかった古いノートには「昭和32年5月3日」と表紙に書いてありました。26歳のときのものです。


表題の「桑名古庵」は江戸時代前期、土佐に実在した医師でキリシタンと疑われ入獄され、その後獄死しています。右はその「桑名古庵」を題材にした小説の原稿。
昭和32年12月、開高健氏の谷沢永一氏宛ての書簡に、西尾が『新潮』に作品を持ち込むと言っていた、いう記述が残っていますが、この作品のことだったのかもしれません。掲載されたかどうかについてはわかりませんでした




史実から探る『鬼平犯科帳


実在の人物である「鬼平」こと長谷川平蔵宣以を、資料などを元に調査・分析しました。それは池波正太郎氏の創作の経路を探索しながら、平蔵を生き生きとした魅力ある人物として改めて紹介しようと思ったからでした。


寛政重修諸家譜』の大名や旗本別に分類したファイルや『江戸買物独案内』などを元にしたファイルの数々。


ひとりの旗本を調べるためにその上司にあたる旗本や大名の動きを調べたり、結婚相手の家を調べたりして、なぜその人がその時期にその役職に就いたのかを紐解いていました


鬼平犯科帳』に登場する、人物、街並み、店などを丹念に調査し、政治的・文化的な事象を明らかにしていきました。作者(池波正太郎)が頭の中に描いたであろう江戸の街並みを具現化するため、『江戸名所図会』の塗り絵にも力を注ぎました。


長谷川雪旦の絵による『江戸名所図会』に色鉛筆や水彩で色を付けていました。700箇所近い絵柄すべてに彩色を施しました


2004年の12月に始めたブログ『「鬼平犯科帳」Who's Who』は、7年半もの間一日も休まず、亡くなる2週間前まで更新を続けました。




池波正太郎さんの死去により絶筆となった鬼平犯科帳「誘拐」の続きを完結させてブログを終わらせたいと言っていました。
亡くなる1ヶ月ほど前に、西尾自身がブログ『「鬼平犯科帳」Who's Who』を振り返り、紹介しています。こちらのページをご覧ください。


今回で、西尾忠久を偲ぶ会での展示物の紹介を終わります。
それぞれのブロック、まだまだ資料や原稿も多く、私自身理解していないことも多くあります。
広告から鬼平まで通して、西尾が興味を持っていたのは「人と人」との関係であり「人とモノ」の関係であったと思いました。


その時期に興味を持ったテーマに対して、素早く、そして深く調べ、自分の目と足を使って、自分なりの答えを見つけると、また新しいテーマに取り組んでいたのでしょう。


次回からは、ジャマイカ観光協会の広告シリーズの続きに戻りたいと思います。
今後とも『創造と環境』をよろしくお願いいたします。





文責:転法輪 篤

西尾忠久を偲ぶ会(4)

『西尾忠久を偲ぶ会』の展示内容、第4弾です。
今回は「少年時代〜三洋電機」「広告」「世界の有名品」に続き、「ミステリー小説」のブロックです。


ミステリー小説のデータベースを元に作られた書籍や、ミステリー小説に出てくる料理やお店を紹介した書籍、ワープロに関する著書を展示。手前にあるファイルは、ミステリー小説データベースの「EAT」カテゴリーの第1巻。


データベースの元原稿である文庫本。データベースに入力した箇所に線引や、フセンが貼ってあるのですが、そのまま展示し、偲ぶ会ではご参列いただいた方に自由にお持ち帰りいただきました。
会場では200冊程度ご用意したのですが、自宅の書庫には5,000冊ほどありました。




ミステリー小説データベース


調べ事があってイアン・フレミングの『007シリーズ』を再読したとき「このスパイ作家が英国物産PR部長とでも呼びたいほど多量に英国製品や老舗やレストランを実名で小説のなかに忍びこませていることに気がついた」とミステリー小説のデータベースを作るきっかけについて語っています。


実在する銘柄や地名を収集していけば、世の中の潮流が見えてくるのではないか、また自身の海外取材経験も生かせるのではないかと考えたようです。
最初は5×3インチのカードを使っていましたが、1万枚を超えたカードの管理に悩んでいたところ、友人がパソコンのシステムを導入することを薦めてくれました。昭和62(1987)年の春、ミステリー小説に出てくる森羅万象のデータベース構築が始まりました。


「食(EAT)」「衣(WEAR)」「住(LIVE)」「場所(PLACE)」「乗り物と機器(VEHICLE)」「人・団体・動植物(PERSON)」「銘柄(TRADE)」の7部門ごとにそれぞれ1,000近くの項目を立て、約10年間更新し続けたそのデータは、27万レコードに上りました。




ミステリー小説データベースの内容を簡単にご説明します。画像はクリックすると大きく見られます。




左:『メグレ警視シリーズ メグレたてつく』ジョルジュ・シムノン 河出書房新社 p.35に「コニャック」の表記
右:データベースのプリントアウト。「著者、出版社、書名タイトル、ページ数、項目ID、項目、入力日、データID」で、1レコード。該当箇所のデータは、「Simenon/G 河出書房 メグレたてつく 035 1121 コニャック 91/08/19 16524」となっています。


紹介した森羅万象データベースのほかに、「著者名、題名、訳者名、刊行年順、版元別」のデータベースや「連作もののキャラクター・プロフィール」のデータベースも作っていたようです。


次回は『史実から探る鬼平犯科帳』のブロックです。


文責:転法輪 篤

西尾忠久を偲ぶ会(3)

『西尾忠久を偲ぶ会』の展示内容紹介、第3弾です。


今回のブロックは『世界の有名品』。
1975年ごろから1985年ごろまで、おそらくこの頃が一番執筆量が多かった時期ではないでしょうか。多い時は月に70本も原稿を書いたそうです。


『ルイ・ヴィトン』『世界の有名品』シリーズなど、西尾の著書や、掲載誌のファイル


最初は、陶器や磁器に興味が湧いたと聞いています。ヨーロッパ各地の工房を取材し、実際に購入し、記事を書いていました。
それらの経験が企画として結実し世に出たのが『キリン ビアマグ コレクション』です。


後列より2列が『キリン ビアマグ コレクション』と『キリン コレクターズグラス』。


前列はサン・ルイのペーパー・ウェイト



『キリン ビアマグ コレクション』は、キリンビールの発売開始100周年に向けて、10年前(1979年)から始まった企画でした。
窯元にオリジナルのビアマグを数量限定で作ってもらい、形状はオリジナルのものを作り、パターンは各窯元の伝統的なものを配することにしました。オーダーの数量を製作後は、モールド(原形)をこわしてしまうため、その年にしか手に入らない稀少性の高い商品でした。
100周年までの予定が、好評のため、その後20年近く続くことになります。
"The New Yorker"にも広告が掲載されており(1979年12月24日号)、アメリカでも頒布されていたようです。


もう一つ展示したのは、本ブログで今年6月に西尾によって紹介されていた「サン・ルイのペーパー・ウェイト」です。
その魅力は実物を見てもらうのが一番、と常々言っていたので7つだけ西尾家からお借りし、展示することができました。
会場にいらっしゃれなかった方のために、アップ画像をいくつかご用意いたしました。画像をクリックすると大きく見ることができます。
その製作過程などは、西尾が解説していますのでぜひご覧ください。










世界の有名品


ニューヨークを中心に、アメリカ各地、ヨーロッパを取材していた時期、取材先の人たちから自宅でのパーティーに呼ばれることが少なくありませんでした。


家を訪問すると、その家の奥様が部屋のなかを詳しく案内してくれました。
リビングの陶器・磁器、ダイニングの食器類やテーブルクロス、ナプキン、寝室のリネン類などについて、嬉しそうに話してくれました。そのときに知ったのが装飾様式(スタイル)でした。また、そのスタイルに合わせて家の中の商品を揃えてくれるホーム・デコレーターという職業があることも知りました。
そのなかで世界の有名品に興味を持っていったのではないでしょうか。


取材はほとんどが現地に赴き、工房を訪れました。広告を作っていたときと同じように、会社のトップと工場を見なければその会社のことは理解することはできないという信念からでした。


次回は『ミステリー小説のデータベース』のブロックです。


文責:転法輪 篤

西尾忠久を偲ぶ会(2)

エイビスの「We Try Harder」キャンペーンの担当コピーライターで、2012年、スティーブ・ジョブズらと共にThe One Clubの殿堂入りをしたポーラ・グリーンさんからメッセージをいただきました。
今年の4月に30数年ぶりにコンタクトが取れ、彼女も、もう一度西尾にインタビューして欲しいと願っていたのですが、残念ながら実現することはできませんでした。


西尾さんのニュースを伺い、深い悲しみに包まれています。また、もう一度インタビューしていただくことが実現できず残念に思います。


彼は広告の歴史において輝かしい星でした。
この産業の未来のジャーナリストたちが、彼の貢献を明らかにしてくれることを望んでいます。
あなた方とともに、この素晴らしい功績を収めた方の喪に服したいと思います。


西尾さんの理想とビジョンを続けるという記念碑的なタスクを残し、あなたにそのトーチを渡せたことを賞賛します。
どうぞ、私に連絡することをためらわないでください。
西尾さんは私たちをつなげてくれたのですから。


会場へは伺えませんが、私の思いはあなたとともにあります。
どうぞ、私を参列者のひとりに加えてください。


また、私の作品ファイルを展示のひとつに加えていただいたことを大変光栄に思います。


深い哀悼の意と大きな尊敬の念をいだいて。


ポーラ・グリーン


少し横道にそれますが、ポーラさんの近況をご紹介します。
今年の4月にGoogleのプロジェクト『Re:Brief』に参加しています。彼女の姿をムービーで見られるのでご興味ある方はご覧ください。
エイビスの「We try harder」キャンペーンを現在のソーシャル・ネットワークを使うとどのようなカタチで実現できるのかを、Googleのスタッフたちと改めて考え直し(re-imagine)、アプリを使った利用者の意見収集というカタチで提案をしています。
同じ「Re:Brief」のコカ・コーラ版は2012年のカンヌライオンズ、モバイル部門のグランプリを受賞しています。
ポーラさんは西尾の3つ上で85歳。元気な姿はなにより嬉しいです。




前回に続き、『西尾忠久を偲ぶ会』の展示内容をご紹介します。


大学時代、文案家のアルバイトで入った三洋電機に、卒業後正社員として採用されます。
宣伝部に入った西尾は全社員に「会社のことでわからないこと、意見したいことがあれば西尾に連絡してくれ」と伝えます。
そうすることによって、会社の様々な問題や情報が西尾の元に集まってきます。
その結果、何かわからないことがあれば西尾に聞け、という状況ができあがる。
そうすると、より情報は集まってくる。
それらの情報を元に、販売店向けのPR誌を作っていたのではないでしょうか。


東京に移ってきてからは、コピーライター、広告業界の地位向上、技術向上のため、東京コピーライターズクラブの設立や、デザイン誌への寄稿、書籍の出版など精力的に活動しました。




アメリカの広告とクリエイターたち


大阪の三洋電機時代の西尾はコピーライティングの勉強のため、講師を会社に呼び、M. デヴォーの『Effective Advertising Copy(効果的な広告コピー)』を原書で講読する勉強会を隔週で3年間続けました。


左:『Effective Advertising Copy』Merrill DeVoe/1956年発行


右:日本デザインセンターの社内資料(コピーライティング研究会テキスト)『効果的な広告コピー』第19章を翻訳した冊子/1960年ごろ


同じ時期、その講師をお願いしていた松本善之助氏を中心にコピーライターの若手・ベテランのメンバー10数人で「大阪コピーライターズ・クラブ」を発会。25歳の西尾はもちろん若手メンバーです。
東京へ移ってからも、コピーライターの地位向上と勉強のため、コピーライターの仲間たちと勉強会を行いました。毎月10日に開いていたことから『コピー十日会』と名付けたその勉強会が後に『東京コピーライターズクラブ』になります。


当時の西尾の勉強方法は、古本屋さんからアメリカの雑誌を取り寄せてきて、これは、と思う作品を切り抜いていくことでした。切り抜きした作品のクリエイターを調べていると、ほとんどがドイル・デーン・バーンバックDDB)という会社に属していました。


1960年代の『The New Yorker』の切り抜きファイル。エイビス、ポラロイド、アメリカン航空、フランス観光局、ケムストランド・ナイロンなど


そこからより詳しい情報を得るため、DDBバーンバック社長宛てに手紙を出し始めます。
以後10年近くにわたる取材が始まりました。


フォルクスワーゲンの広告、DDB、ハーブ・ルバーリン、プッシュピンスタジオの面々などなど、広告やデザイン、クリエイターを特集した西尾の著書


「創造性」「空間の経済学」「海外旅行」など、項目に分類されたアイデアメモ/1970年〜80年ごろ


書斎の本棚には、参考にしたであろう、川喜田二郎氏、梅棹忠夫氏、渡部昇一氏などの創造性の開発、知的生産性にまつわる書籍が多く残っていました。また時実利彦氏の脳に関する書籍も何冊かありました。


アメリカのユダヤ人』原稿/1972年ごろ
写真の箇所はこちらで読めます。


西尾宛ての様々な手紙。送付元は、DDB、ウェルズ・リッチ・グリーン、ヤング&ルビカム、ブラニフ・インターナショナル、ボルボ、プッシュピンスタジオ・・・


1966年NY取材時のウェルカム・パーティーにて
※大きく見たい方は画像をクリックしてください。

左:ケーキには「WELCOME Nishio-San」と書かれている
右:ロール・パーカーさんを囲んで



左:レオン・メドウさんを囲んで
右:西尾の左にレン・シローイッツさんの姿が見える


次回は『世界の有名品』のブロックです。


文責:転法輪 篤

西尾忠久を偲ぶ会(1)

本日10月11日、麹町・東京グリーンパレスにて『西尾忠久を偲ぶ会』が執り行われました。
生前お世話になった方々から、書籍やブログを通して西尾に出会われた方まで多数ご参列いただきました。
この場を借りて深く御礼申し上げます。


スペースの都合上展示できなかったものを加えて何日かに分けて、このブログ上でご紹介いたします。




西尾の著書を中心に、歩んできた道を紹介いたします。それぞれの時代に出会われたみなさまには足りない部分を補っていただきながら、故人を偲んでいただければと思います。


昭和5(1930)年、西尾家次男として鳥取県鳥取市に生まれました。西尾少年は、陸軍の幹部候補を育成する、大阪陸軍幼年学校を目指しました。昭和20年に無事試験を通過し、入学を許されるも4ヶ月後に終戦を迎え学校は解体してしまいます。終戦翌々日の夜、大阪に米軍が上陸したというデマ情報に本部は慌てて閉校にし、生徒たちは乾パンを靴下につめ、運動着のまま、京都方面に向かって歩いていったと当時を述懐しています。


昭和17(1942)年ごろ。母、兄、妹といっしょに


鳥取に戻り高校を卒業してから、関西大学 経済学部経済学科へ入学。そのころ国鉄労働組合吹田支部で書記としても働いていました。19歳のとき、のちに書誌学者、評論家として知られる谷沢永一氏の主催する同人誌『えんぴつ』に参加します。開高健氏、向井敏氏、木場康治氏なども一緒でした。


昭和25(1950)年。同人誌『えんぴつ』の仲間と。前列左から2番目が谷沢永一氏。その右が開高健氏。西尾は後列一番右


その頃友人の紹介で販売店向けのハウスオーガン(PR誌)の文案家として、三洋電機でアルバイトを始めます。戦後、松下電器から分かれてできた三洋電機はまだ創業してから5年ほどしか経っていない若い会社でした。大学卒業後、改めて三洋電機に入社し、文案家として活躍します。4年後、東京へ転勤になり「サンヨーテレビ劇場」を担当。昭和33(1958)年に放送された「私は貝になりたい」は文部省芸術祭の大賞も受賞し大変話題になりました。その後日本デザインセンターを経て、昭和39(1964)年にアド・エンジニアーズ・オブ・トーキョーを設立します。


昭和27(1952)年12月29日。三洋電機・文案家アルバイト時代


昭和35(1960)年ごろ。日本デザインセンター、コピーチーフ時代と思われるスナップ。後ろに貼っているのはトミ・アンゲラーのイラストポスター



西尾 忠久 略年譜

昭和5(1930)年6月9日0歳鳥取県に生まれる
昭和20(1945)年4月1日14歳大阪陸軍幼年学校 49期生として入学。4ヶ月で終戦を迎え、解散
昭和23(1948)年4月1日18歳関西大学 経済学部経済学科 入学
昭和25(1950)年1月19歳谷沢永一開高健向井敏、各氏らと同人誌『えんぴつ』に第2号から参加。第1号は同年1月1日発行。翌1951年5月1日の第17号をもって終刊
昭和27(1952)年ごろ22歳三洋電機にハウスオーガン(PR誌)の文案家としてアルバイトを始める
昭和28(1953)年3月31日22歳関西大学 経済学部経済学科 卒業
昭和28(1953)年4月1日22歳三洋電機にハウスオーガンの文案家として入社
昭和32(1957)年ごろ27歳宣伝部課長代理として東京へ異動。TBS「サンヨーテレビ劇場」などを手がける
昭和33(1958)年10月31日28歳私は貝になりたい」放送。同年、文部省芸術祭の大賞を受賞
昭和35(1960)年4月1日29歳日本デザインセンターにコピーチーフとして入社。田中一光氏とトヨタ自動車などを担当
昭和37(1962)年10月10日32歳東京コピーライターズ・クラブ発足
昭和38(1963)年5月15日32歳『コピー年鑑』創刊号、誠文堂新光社より発刊
昭和38(1963)年6月15日33歳フォルクスワーゲンの広告キャンペーン』美術出版社より発行
昭和38(1963)年12月15日33歳『効果的なコピー作法』誠文堂新光社より発行
昭和39(1964)年3月3日33歳アド・エンジニアーズ・オブ・トーキョーを設立
昭和41(1966)年4月1日35歳多摩美術大学にて「広告コンセプト」授業開始。以後、38年間に渡り担当
昭和41(1966)年10月1日36歳『繁栄を確約する広告代理店−DDB誠文堂新光社より発行
昭和44(1969)年6月39歳東急エージェンシー制作担当取締役 クリエイティブディレクター就任
昭和45(1970)年4月1日39歳CF企画制作会社キャット 設立
昭和50(1975)年45歳『定本・西洋占星術』みんとより発行
昭和50(1975)年45歳『世界の有名品』みんとより発行
昭和54(1979)年49歳「キリン ビアマグ コレクション」頒布開始
昭和57(1982)年52歳ワープロを自宅に導入(ナショナル パナワード2000)。業務用ワープロとして売られていたもので、個人の購入は初めてであった
昭和60(1985)年3月20日54歳ワープロ書斎術 』講談社現代新書より発行
昭和62(1987)年春ごろ57歳ミステリー小説のデータベース構築を開始
平成5(1993)年8月22日63歳『ミステリーがちょっぴり好きな友へ』東京書籍より発行
平成8(1996)年10月5日66歳鬼平犯科帳を助太刀いたす』KKベストセラーズより発行
平成16(2004)年12月20日74歳ブログ『「鬼平犯科帳」盗人探索日録』開始。後に『「鬼平犯科帳」Who's Who』に改称
平成19(2007)年1月16日76歳ブログ『創造と環境』開始
平成24(2012)年7月28日82歳自宅にて逝去


※月日が不明な項目の年齢は、満年齢にしています。
 著書のリストについてはwikipediaをご覧ください。




今回の展示では、著書を「広告」「世界の有名品」「ミステリー」「鬼平犯科帳」の4ブロックに分けて紹介します。そこに入らないものは発行時期の近いものと一緒に展示しています。


次回は会場の展示写真といっしょに「広告」のブロックをご紹介いたします。


文責:転法輪 篤

(1102)ベスト・セレクション(297)ジャマイカ(34)

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今の★数累計です。


ジャマイカ観光局・広告シリーズ(31)


更新が滞ってしまいました。
今回は漁の話から始まる「タダで楽しむジャマイカ」を紹介しています。
このシリーズではお決まりのマクラからいつのまにか話題を広げる手法ですね。
いまでも無許可で釣りをしてもよいのでしょうか?


海上にてバショウカジキカマスサワラなどと
一戦交えて体力をすり減らしてきた後は、
ジャマイカの腕利き漁師の
捕まえたものを見てください。
ただ網を投げるだけで・・・。


アオブダイ、シルク・フィッシュ、ヒメジ、エンゼル・フィッシュ、ダツ、ジュー・フィッシュ、クイーンフィッシュ、フグ、コショウダイ、スニット、ニシン、イシモチが網の中にかかりました。
これらの魚は、青色、緑色、ラベンダー色の美しい海へ行き、腰まで海に入りながら巨大な網を駆使して捕まえてきたものです。「ドラッギング(底引き漁?)」という漁方で海中を優雅に「飛行」している魚を捕まえます。捕獲にかかるコストはゼロ。ジャマイカの海は捕獲自由です。ボートを借りるにはお金が必要ですが、魚を捕るのに認可は要りません(防波堤の先へ行くと波風が強まります。麦わら帽子が飛ばされないように押さえたら、せっかく捕まえた魚に逃げられてしまいますね。)
綺麗な貝殻を拾うのだって一銭も必要なし。オラカベッサにてバナナボート・ドラマや映画の撮影を覗くことができます。向こうに見えるのはトレヴァー・ハワードではないですか?有名人だって無料で見ることができるのです。キュー・ガーデンもそう。木陰のガゼボのもとからウンパッパと聞こえてくる軍楽隊の演奏を聴くこと、18世紀に建てられた要塞のチャールズ・フォートへ行くこと、ポロの試合の観戦、ラン、ハイビスカス、ポインセチアなどの美しい花々を見ること。これらすべてにかかる費用もゼロ。
自由港市もございます。商品は無料ではありませんが、関税がほとんどかからないため十分ご満足いただけるお値段でお求めいただけます。日本製真珠、イギリス製マドラス、ベルギー製リネン、タイ製木綿、デンマーク製銀食器、スイス製腕時計、イタリア製ハンドバック、ドイツ製双眼鏡、アイルランド製クリスタル製品など通常の半額のお値段です。作り話ではございません。
ジャマイカの「無料品」や特価市などについてさらに詳しい情報をお求めの方は、お近くの旅行代理店またはジャマイカ観光局にお問い合わせ下さい。観光局所在地:ニューヨーク、マイアミ、ロサンゼルス、シカゴ、サンフランシスコ、トロント



C/W:
A/D:
Foto:


"The New Yorker" 1966.11.26
翻訳:佐藤汰さん東海大学 政治経済学部 経営学




After you battle
a Marlin, struggle with
a Sailfish, or
wear out a Wahoo,
stop and see what
Jamaicans catch.
Just tossing out a net.


Jamaican catch Parrot Fish, Silk Fish, Goat Fish, Angel Fish, Needle Fish, Jew Fish, Queen Fish, Puffer, Grunt, Snit, Sprat, and Drummer.
We catch them by getting up at dawn and walking waist-deep into the blue-green-lavender sea, flinging a huge net over the waters, then "dragging."
We alway haul in a beautiful "fry."
And it doesn't cost a penny.
The sea is free in Jamaica. Charter boats cost money, but fishing licenses don't. (Stretch out on a jetty, pull your straw hat down over your eyes and fish away.)
There's no charge either for any fabulous seashells you find.
Or to watch the drama of banana boat loading at Oracabessa.
Or see a movie being made. Isn't that Trevor Howard over there?
They're all free.
So are the Royal Botanic Gardens.
And concerts there with the Military Band oompahing under a bowered gazebo.
And Fort Chaeles, our famous 18th Century fortress.
And polo matches.
And any orchid you see on a tree. Or hibiscus. Or poinsettia.
We even have Free Port shopping. Not free, but free enough from taxes so you get thing like Japanese pearls, English madras, Belgian linens, Thai silk, Danish silverware, Swiss watches, Italian handbags, German binoculars and Irish crystal at prices slashed about half.
And that's no fish story.
For more about our "freebies" and bargains, see your local travel agent or Jamaica Tourist Board in New York, Miami, Los Angeles, Chicago, San Francisco or Toronto.


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