創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(745)『アメリカのユダヤ人』を読む(16)

 

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祈  り


われらの父、ラビ 昨日のつづき


 そうこうするうちに名誉ある奉仕に暮れた40年の歳月が流れ、ラビは65歳
という強制定年を迎える。
恩給を受け、名誉ラビという丁重な称号をもらい、後継者のすぐ後の指揮台の椅
子を占有することが許される。
年老いたラビは、他の年老いた人と同じに過去の栄光をふりはらう努力をしなけ
ればならない。
最後に残された小さな特典をひきうけることが多い――例えば礼拝の最後の祈祷
をやる特典など。
名誉ラビの祈躊は型どおりの説教に酷似したものになるのも当然である。


 名誉ラビのためにも職業紹介所は最善をつくしてできるだけ多くの仕事を捜し
てやる。
病気のラビの代役を勤めたり、十分な給与を払えない小さな会衆を引き受けたり、
巡航船や観光ホテルの専属ラビになったりする。
仕事をやめたラビでも長期間仕事なしでいることはない。
他の者と同様、ラビも日常の仕事に携わっている時よりよい仕事をするものなの
である。


 心の平安はもとより、ラビの成功はだいたいにおいて専属会衆との関係によっ
て変わってくる。
この関係はデリケートで複雑である。
会衆にはそれぞれ独自のラビ観があり、それがいつもラビの観念と同じであるわ
けではないからである。


 なかでも新しい会衆というのが一番手こずる。
どの徒党が采配をふるうか決まっていないために、もめごとが絶えず、ラビが渦
中に立たされることが多い。
ラビの提案を権力争いの口実に使う者が出る。
新しい会衆が落ち着くまでに最低三人?フビを殺すという諺があるほどである。


 古くてすでに確立された会衆のラビに対する要求ははっきりしている。
要求は会堂の地理的位置によって変わる。
大都市以外ではアメリカ生活は宗教関係にそって区分される。
これはウイル・ハーパーグが著書『プロテスタントカソリックユダヤ教』の
なかで「宗教的多元性プルラリズム」と呼んだ非公式制度である。
ユダヤ教徒は受け入れられている――ただしユダヤ教徒として。彼は「第三宗
教」に属する。
しかし自分の地位を正当化し、アメリカ式生活への信任状を得るにはラビが必
要になる。
だから小さな町の会衆は「異教徒に対する大使」としてのラビを欲する。
他の条件はともあれ、第一に上品で外交手段にたけ、会話も礼儀もアメリカ化
されており、キリスト教徒に対して町の「近代的ユダヤ人」となれる素質が要
求される。
南部と中西部では、会堂の年間予算にラビの会員費が含まれている。ロータリー
クラブの会員となることが特に要求される。


 大都市とその郊外の会衆のラビに対する条件は異なってくる。
会堂へ行くことは会衆にとって娯楽的要素も含まれるので、ラビは偉大な弁士
とまではいかないまでも、少なくとも死ぬほど退屈しない説教を行なえなくて
はならない。
しかし旧約聖書の予言者のように会衆に向かって大声をとどろかせる弁士は今
日ではもてない。
特にタイムズがよくラビのことを報道するニューヨークでは説教で注意をひこ
うとするラビが多いが、芝居がかったしぐさの代わりに時事的要素を入れる。
「症候群」「ゴー・ゴー・ユダヤ教」、「シナイからサイゴンヘ」――こういう
のがニューヨークの会堂で行なわれた最近の説教の題名でタイムズで紹介され
たものである。


 小論争を始めてもラビを傷つけることにはならない。
1919年ステフアン・ワイズ・ラビは、USスチールのストライキ粉砕戦術を
攻撃する説教をやった。
会衆の一部の実業家たちは彼が辞めることを強制しようとしたが、ワイズはあ
くまで抵抗し、会衆の大多数も彼を支持した。
これで前例がつくられ――「私は会衆のためでなく、会衆に話すのだ」――以
来ほとんどのユダヤ教徒はそれを受け入れてきた。
ユダヤ神学校の職業紹介所の幹部は、イデオロギーの問題で会衆と意見が合わ
ないから辞めたいといってきた例は1,500件を越えると言っている。


 あるラビは裕福な医師が多い会衆の面前で好んで医療保障に関する説教を次
から次へとやった。
その会衆の理事会は医療保障反対決議案を採決した――そして、その会議の席
上で、そのラビに終身契約を申し入れたという話もある。


 すぐれた説教能力以上に会衆がラビに期待するのは、ラビの宗教学校運営能
力である。
授業のほうはそれほどしなくても教師の選択、教課計画、学校全体の風紀など
どがラビの肩にかかってくる。もちろん親たちにこのことを深く感じさせるの
は生存本能である――それに少々責任転嫁も混っている。
ほとんどのラビはあるラビが私に語った「われわれは親たちが持っていないユ
ダヤ教に対する不滅の愛を子供に吹きこむことを期待されている」という言葉
に賛同するだろう。


 現実的なことでは、会堂のPRマンとしてラビが活躍してくれることを期待
する会衆が多い。
彼はセールをすることを期待されるのである。
そして彼の成功は、セールスマンの成功と同じで、彼がとってくる「注文」の数
すなわち新加入会衆数――によってはかられる。
郊外地区の保守派のラビの場合にこれが特に言える。
彼の会堂は「共同体センター」と呼ばれることが多く課外活動の企画、調整、有
名な講師勧誘、隣町の保守派会堂以上に多くの人をひきっけるギミック考案など
にたけていることが期待される。


 このラビの機能に対する考え方が新しいタイプのラビ、外見もマナーも近代企
業の経営幹部とほとんど同じ大実業家タイプのラビをつくりだした。
彼の保護下にあって、衣料メーカーのように会堂間の競争が激しいようである。
特に建物の競争が激烈で――一部のラビが「建物コンプレックス」と呼んでいる
やつである。
あるラビが仲間の一人と道で会って交した会話を教えてくれた。
「君の新しい教会はいくらかかった?」。「400万ドル」「そうか、こっちは
500万ドルだぜ!」


 それから最後に会衆がラビに期待するものがラビ自身が自分に期待するものと
一致した時が最も効果をあげる。
だがこの牧歌調の状況があっても必ずしもラビの問題がすべて解決されるわけで
はない。
たとえ会衆全員の意識的な期待をすべて満足させたとしても、すべての会衆がラ
ビに対して持っている強烈な無意識の期待も満足させなければならないのである。
それは大都市でも郊外でも小さな町でも同じ期待であることが多く、これが非常
に取り扱い困難ときている。


 たいていの人はラビに対して二重の心構えを持っている。
一方ではラビといっしょの時は気楽な気持ちでいられない。
ラビの世俗的な生き方、人間の弱さを冷笑的にみているかもしれない。
ユダヤ人が知りつくしているジョークをラビがとばすと、笑いはするがこの笑い
は、ラビは神の下僕であるがゆえに、罪人にとっては恥辱のたねだという愉快な
信念のしるしなのである。
彼らはラビの偽善家ぶりを立証したくって仕方がない。
パーテイではラビを酔わせてやろうとたくらむ人や面白半分に誘惑しようとする
女性もいる。


 逆の反応を示す人もいる。
ラビが目の前にいる気まずさも手伝って、敬虔な感受性にさわってはならないい
まにもこわれてしまいそうなものとして扱う。「畜生!」。
そして、そのすぐ後「あっ、すみません、ラビ」と言う人もいる。
この超デリカシーはラビの子供にまで向けられ、悲惨な少年期をおくる子も少な
からずいる。
ラビの息子でやはりラビになった人が学友に親近感を抱いたことは一度もなかっ
たと打ち明けてくれた。
彼をみるとみんな下品な冗談を中止してしまうのだった。


 ラビが他のラビもたくさんいる大共同体に住みたがり、小さな町のラビがエル
クス会員(慈善に力をつくす団体)やアメリ在郷軍人会員と同じくらい熱心に
年次会議を心待ちにし、ラビの子供が他のラビの子供に特別の親近感を抱いてお
互いのニックネーム「R・K」――ラビの子供――と呼び合うのも当然といえる。


 しかし会衆の多くはラビ遊離感情とともに、一風変わった親近感、信頼感を持
っている。
あるラビはこう言っている。「私の会衆は夕食時の会話の半分を私の悪口に使っ
ているが、私が町を出ていて彼ら自身で何か決定をしなけれぱならない段になる
と、いい知れない不安を抱くのです」


 彼らが抱く不安は、子供が父親に一人で残された時に感じる不安と同じである。
たくさんのラビがこのラビ即父親というイメージを使った。
あるラビは言った。「会衆は子供と同じです。注意をひきたくて仕方がないので
す。注意を向けないと傷ついてしまうのです」。別のラビはこう言った。「他の
子供に注意を向け過ぎると嫉妬さえします」。大都会の会衆をひきうけているラ
ビは、みんなクイズごっこをする……礼拝が終わると追いかけてきて「私をご存
じですか?」と聞き知らないと悔辱されたように感じると報告している。
このクイズの変形を教えてくれたラビもいる。「病気見舞いにきてくれなくてが
っかりしたと言うので、入院を知らせてくれなかったじやないかと言うと、『私
に関心をお持ちなら、私がいないことに気づいたはずでしょう』とくるんですか
らね」


 多くの会衆にとって、ラビは一種の父親的存在でもあるので、父親とうまくい
っていない人間はラビに父親のイメージを求めることが多い。
父親が感じさせたいら立ち、怒りをラビにぶつける者もいるし、実の父親に対し
て一度も感じたことのなかった愛情、尊敬をそそぐ者もいる。
その結果、ラビを毒薬のように忌み嫌う会衆と盲目的に愛する会衆の2派に分か
れやすい。
例外もある。
ラビがあまりにも抜きんでていたり「聖人」であったりすると、誰も攻撃しなく
なってしまう。
親ラビ派の権力が強すぎて反対派が地下に潜ってしまうこともある。
しかしほとんどの場合、永久的な紛争の中に身を投じて生きなければならない。


 対抗派をなだめようと外交手段を発揮するラビもいるが、長続きはしない。
会衆の熱意はラビの皿からパンをもらったところで真に満足する種類のものでは
ない。
父親に完全服従を強い、完全にコントロールできるまでより多くの力を得ようと
する手合いのものである。
ラビが
彼らのイメージにあったものである場合でも、あまり役には立たない。
やはりラビをコントロールしたいもう一つのグループの意向も霧散させなけれぱ
ならないのだから。
結局は最高に温厚で従順で外交手腕にたけたラビですら、敵対する2派を両手に
かかえることになってしまうのである。


 会衆がラビとともに持つ強烈な感情連座が、ラビにユニークなチャンスを与え
ると多くの筋はみている。
ラビは礼拝を指揮し、子供にバー・ミツバ(男子13歳の儀式) をし、
会衆が病気の時手をとってやるだけでなく、正しいと考える行為や姿勢を会衆が
持つように影響力を駆使すればよいのである。
ラビは父親的存在なのだから、軟弱で寛容な父親でなく、子供に厳しく断固とし
た父親になるぺきである。
もうすこし勇気と想像力があればラビはアメリカのユダヤ教の全容を変えること
もできるのである。


 しかしほとんどのラビは試みようとはしないのが現実である。
会衆とゴルフを競ったりプロ・フットボールを論じて誰かを怒らせたり興奮させた
りするようなことは極力避けようと努める。
会衆にベトナム公民権運動の題を投げかけはするが――苦笑して「かわいそうな
ラビ。なんて理想家なんだ! 実際面のことは何も知らないんじゃないか?」と思
うだけなのに――最近行なわれたバー・ミツバの野卑さ加減、黒人スラム街に私有
地をもつ聖堂の大黒柱のことにふれようとするものはめったにいない。
ラビの第一の興味はすべての人と睦まじくなることなのである。
会衆数がこれで決まってくるのだから、誰かをおびやかしでもして脱会されたらそ
れこそ大変である。


 そうは言っても彼らの不安をそんなに責めてはいけない。
ある程度まで今日のユダヤ教全体の編制をそのままおうむがえしにしているだけの
ことなのである。
ラビと会堂組織はもはやラビ以上に会衆を敵にまわそうとはしない。
加入が第一目的なのである。
残存ビジネスである以上仕方がないではないか?


 それでも自分の信念を擁護し、会衆の非難を受けながらも依然会衆を固守――あ
るいは少なくとも失った人数だけ新加入させる――するだけの気迫を持ったラビも
いる。
ガッツのあるラビはユダヤ人共同体の中で運命を切り拓いていくことができる。
このタイプのラビに数人会ったことがある。
40年間たった一つの日曜学校しかなかった会堂にタルムド・トラを設立した保守派
のラビの話をしよう。


 その会堂の聖職を引き継いだ彼が、最初にやったことは、日曜学校を閉鎖しこれか
ら宗教教育を受けたい男女は週6時間姿を見せねばならないという趣旨の発表であっ
た。
会衆の中で最も裕福な5人からなる代表団が翌日彼を訪れた。
「まさか私たちの子供も含まれているわけではないでしょうね、ラビ。私の息子の乗
馬の練習はどうなります? 娘の音楽の練習は?」
例外は認めないと答えると丁重な口調はおどしに変わった。「そんなことをなさるん
でしたら、建築資金の調達はお断わりします」


ラビは肩をすくめて言った。「そんなことをなさるあなた方が会衆から脱けてくれた
ほうが会衆はうまくやっていけるでしょう。新しい建物なしでやっていくのはたいへ
んですが、どうにかやっていけるでしょう」
5人はなんとかその場をとりつくろった。
そしてその問題は二度とロにされることはなかった。
彼らの子供もタルムド・トラに現われたし、会堂も新しい建物を手に入れた。


 アーサー・ハーツパークは、論争的な記事の中でアメリカのラビは障害物こそ多いが、
こういった指導性を示すことがまだまだできると述べている(注2)。
これが大多数のアメリカのラビを非常に憤慨させた真の理由であった。
心ではユダヤ系政治家が言ったように、彼が正しいということがわかっているのである。
会衆がラビに対して感じている反対感情両立――うしろめたさや畏怖、ラビの真の役割
観の混乱――がラビに強力な道徳的、感情的武器を与えているのである。
ところが残念なことにそれを使う勇気がない場合が多い。


 今日のユダヤアメリカ人のなかには、われわれの魂を不安にさせる不快な事実をロ
にする予言者もいるが、ラビがそれを口にすることはない。


注1 JJ-t Arthur Hertzberg, "The Changing American Rabbinate," Midstream, January, 1966.
2 Ibid.


次は6月4,5日


>>続く




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