創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(634)[ニューヨーカー・アーカイブ]を基にエイビス・シリーズ(26)


昨日送られてきたばかりの定期購読誌『ニューヨーカー』を通勤列車の席でひろげたある会社の幹部は、その広告をみた瞬間にドキッ、思わず眼鏡を落としたといいます。


そこには、(当時、冷戦中だった)ソ連、あるいは共産主義者であることを示すような、鎌(かま)とハンマーを交差させた写真が堂々と載っていたからです。
彼は、社へ着いたらその雑誌社へ抗議の電報を打とうと思いました。


が、眼鏡を拾い、かけなおしてよくみると、それは、鎌とハンマーではなく、クランク棒とハンマーだったのです。
共産党宣言」をもじった「No.2主義……エイビス宣言」という見出しのエイビスの広告でした。


No.2主義
エイビス宣言


私たちは、レンタカー業界で、巨人の後塵を拝しています。
なかんずく、私たちは、生き残る方法について学ばねばなりませんでした。
その闘争を通して、私たちは、この世における1位と2位の根本的な違いについても学びました。
1位の態度たるや「間違ってはいけない。失敗さえしなければ、それでいい」です。
2位の態度はこうです。「正しいことをやれ。新しい道を探せ。もっと一生懸命にやろう」
このNo.2主義が、エイビスの信条であり、実践もしています。
エイビスのお客さまは、ワイパーがちゃんと動き灰皿が空になっていて、ガソリンは満タンで、ぴっかぴかのプリムスの新車を、職分をよくわきまえたエイビス・ガールの微笑つきでお借りになれます。
そしてエイビスも赤字を脱して黒字に転じました。
エイビスは、このNo.2主義に特許をとってはおりません。どなたでも自由にお使いになれます。
万国のNo.2の同志よ、立ちあがれ!


C/W デイブ・ハーツバーグ David Herzbron
A/D ヘルムート・クローン Helmut Krone
"The NEWYORKER" 1965.11.04


自分の早合点を恥じた紳士は、エイビスのスマートな広告ぶりに改めて感心しました。
「万国の2位の同志よ、立ちあがれ!」
というくだりを読むや、笑いだしてしまったのです。 


ぼくは、ピッツバーグでこの紳士から、その話をききました。
しかし、笑うことができませんでした。
この「エイビス宣言」があまりに真実をついているので、身につまされてしまったのです。


これまで(1967年の執筆時まで)ぼくは、たくさんの日本の会社の広告をつくってきました。
けれども、正直いって、ほんとうに自分が満足できたものは、そんなに多くはありません。
たいていの場合、「まちがってはいけない。失敗さえしなければ、それでいい」というNo.1の態度を要求されるからです。
新しい道、やろうとした正しいことは、No.1的価値基準でつぶされてしまいがちです。


おそらく、ぼくだけではなく、たくさんのすぐれた広告制作者がNo.1主義の犠牲になっているのではないでしょうか?




こういう、イタズラごころにあふれた、しかし、中身はしごくまっとうな語り口を、不真面目と拒否するか、おもしろいと笑って通すか、それぞれの企業の文化度によるでしょうね。