創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(610)[ニューヨーカー・アーカイブ]を基にエイビス・シリーズ(2)



「一か八か、やってみなきゃわからない」


エイビスは、業界では2位でしかないレンタカーです。だから、一所懸命にやります」が、DDBの社内会議ですんなりと通ったわけではないのです。
アカウント部や調査部が、最初は賛成を見送りました。


このショッキングな広告を中心にして、会議がつづけられました。
賛否は、はじめは半々でした。


反対派の主な意見は、
● エイビスの車を借りたとき、灰皿の中にタバコの吸殻を客が発見したら、一連の広告全部がウソになる。
● あまりに挑戦的なテーマであるために、穏健派の客が反感をもつ危険性がある。


非賛成派は、DDB内部だけでなく、案を提示されたエイビスの幹部たちの中にもいました。
とくに、タウンゼント社長の補助役ドン・ピートリーの同僚でハーツ社から引きぬかれた幹部が、
「ハーツを刺激すると、強いシッペ返しがくるかもしれない」
しかし、他の重役たちは、
「一か八か、やってみなきゃわからない」
「強敵ハーツに一矢報いるためには、ありきたりの広告では効果がなかろう」


バーンバックさんとアカウント部の責任者マクネイリー氏は、なんどもエイビス側との会合を重ねたといいます。
ついに、キャンペーン計画をエイビス社の末端まで周知させるために、エイビス本社のスタッフとともに、全米80都市をまわる大規模な説明会が行われました。
拠点である都市に、各営業所の幹部たちが集められたのです。


説明会から持ち場へ帰った幹部たちは、働いている全員が声をそろえて、幾度も幾度も、くる日もくる日も、
「エイビスは、レンタカー業界で2位でしかありません。だから一所懸命にやるしかないのです」
寝言でも言えるようになるまで、誓わせました。


エイビス側も手をこまねいていたわけではなかったのです。
全従業員の暗記とともに、車を洗ったり、タイヤの点検をしたり、灰皿をきれいにしておくことを忘れないようにするための100に近い項目が印刷されたチェック・カードの注文がとられました。
蔭で「エイビスの赤い紙」と呼ばれたチェック・カードの受注は、第1期だけでも30万枚にも達しました。
1ヶ所ごとにチェック項目にしたがって点検し、見落としをなくする具体的な作業項目---つまり、個人個人がやるべきことが指示されているからこそ、このキャンペーンは成功したといえます。


利き腕の右手(左利きの人は左腕)を、こぶしをつくるとともに突き上げ、
「頑張ろう!」
では、誰が何を担当し、どう頑張るのか、まったく理解されていません。
無意味な咆哮でしかありません。


第1弾につづき、4週後の号に掲載されたのは、これでした。



もし、エイビスの車の灰皿にタバコの吸殻があったら、
苦情をお寄せください。
それは、私たち自身のためになることですから。


私たちは、前進するためにあなたのご協力を必要としているのです。
エイビスは、この業界で、まだ、2位でしかありません。だから、私たちは一所懸命にやらなくっちゃ。
グラブ・コンパートメントの中の地図がしるしで汚れていたり、お客さまを長くお待たせするとお感じになったら、すぐ、お申し出ください。
肩をすくめて「しょうがないや」でおすましにならないで、私たちを追いまわしてください。
わが社の関係者はちゃんと承知しています。全員に通達してありますから。
彼らは、私たちがフォードのスーパー・トルクのように生きのいい新車より少しでも劣るようなものをお渡しすることはできないということを知っています。
そう、その車が、中も外も完全に整備されていなかったら、騒ぎたててください。
ニューヨークのメドウさんは、ガムカスの包み紙を見つけて持ってきてくださいました。


C/W ポーラ・グリーン Paula Green
A/D ヘルムート・クローン Helmut Krone
"The NEWYORKER" 1963.06.15


キャンペーンが展開されたのは、ビジネスマンを主な対象とした週刊誌や一般日刊紙。黒白一色の1ページ
広告で、見出しの肉太の活字が呼びかけていました(上の広告は吸殻を強調するために例外的に1色追加)。



それまでのエイビスの広告は、ほとんどが色刷りでした。
それを黒白の単色にかえたのは、2位らしいつつましさ、簡素さを言外に伝え、誠実らしい印象を与えたかったからです。
それと同時に、色刷りをやめたために節約できたお金で、より多くの雑誌に広告を掲載できるからです。
つまり、一石二鳥であったわけです。
それというのも、このエイビスの新しい広告シリーズは、ふつうの多くの広告が目的としている、広告された製品あるいはサービスを買うことによって消費者が受けとる幸福めいた雰囲気を伝えることを放棄し、エイビス流のコンセプトを伝えることに徹していたからです。


DDB以前のエイビスの広告例。赤と青が基本色だった。