(606)ぼくにとって、ビートルの広告は・・・(上)
ほんの数ヶ月前にも『日米コピーサービス』を紹介した。
「月2回刊のこの手づくり同然だった啓蒙雑誌を知っている人は広告クリエイターでも、もう、ほんの数人だろう。20年ほど前に廃刊になった。当時、年間購読料が6万2千円だったから個人はおろか、企業でもほとんど講読許可がでなかった」と。
しかし、米国をはじめとする欧英の広告クリエイティブ作品を訳文とともに紹介したこの雑誌が日本のクリエイターたちに与えた功績ははかり知れない。
前回引用したのは、1979年9月25日と10月10日号[DDB特集]号であった。
今回の引用はその3年前の1976年6月10日「特集VW」号。
この責任担当者をつとめたchuukyuuの前文である。
タイトルは「ぼくにとって、ビートルの広告は・・・」
文中に引用したほとんどの作品は、[ニューヨーカー・アーカイブ]に掲出しなかった分だけを再転載。
小さいことが理想。
私たちの小さな車は、最近では、さほど物珍しくなくなりました。
12人以上もの大学生が押しあいへしあい、つめこみ競争をすることもなくなりました。
給油所のパート・タイマーがガソリンの注入口を訊いてうろうろすることもなくなりました。
車の外形に目を丸くされることも---ね。
じっさいのところ、私たちの小さな車はリッターあたり13.5km走るなんてことを信じない人も・・・。
そう、オイルも5クォートじゃなくて5パイントです。
ええ、不凍液もいりません。
タイヤも64,000kmはもちます。
てすから、私たちのエコノミィカーになされば、こういったもろもろは思案の外になるのです。
あ、駐車スペースは狭くてもいけるし、車の保険更新料も少くてすむんです。修理代も安いんです。車を下取りに出して新車になさるときもお得です。
考えどころですよね。
C/W ジュリアン・ケーニグ ボブ・レブンソン
A/D ヘルムート・クローン
"The NEWYORKER" 1962.10.27
"LIFE" 1962.11.23
Think small.
Our little car isn't so much of a novelty any more.
A couple of dozen college kids don't try to squeeze inside it.
The guy at the gas :tation doesn't ask where the gas goes.
Nobody even stares at our shape.
In fact, some people who drive our little flivver don't even think 32 miles to the galIon is going any great guns.
Or using five pints of oil instead of five quarts.
Or never needing anti-freeze.
Or racking up 40,000 miles Of) a set of tires.
That's because once you get used to some of our economies, you don't even think about them any more.
Except when you squeeze into a small parking spot. Or renew you small insurance. Or pay a small repair bill. Or trade in your old VW for a new one.
Think it over.
C/W Julian Koenig Bob Levenson
A/D Helmut Krone
"The NEWYORKER" 1962.10.27
"LIFE" 1962.11.23
ハタ迷惑の惚れこみよう
ぼくにとって、ビートルの広告というのは、ちょっとキザっぼくいうと、一つの青春であったような気がするのです。
ぼくは、ビートルの広告を通して、友だちをつくり、吸収し、浪費し、思い出を重ねてきたのですからね。
あれは、いつの頃でしたかなあ、(1973年からいって)14,5年も昔のことになりますか。
月おくれで届く『ライフ』や『ルック』を眼を輝かせてめくっていた時期ですから・・・。
これは・・・ という広告を目にすると切りとって、まるで貴重品のように扱ったものでした(当時は『日米コピーサービス』なんて便利な雑誌はありませんでしたしね)。
その中に、どんどんたまっていく広告がありました。
ビートルの広告でした。
暇を見つけては、読みふけりました。
こちらの知性をくすぐるような、けしかけるような、そんなもののいい方が新鮮でした。
いわゆる紋切型の広告文とはちがっていたのです。
その頃ぼくは、ある自動車会社のための広告制作をしていたのですが、ビートルの広告を読むたびに、かなわない・・・と感じていました。
いえね、当時の日本の道路には、それほど車はあふれてはいませんでしたよ。
しかし若かったのですなあ。
私がたずさわっていたのは、日本最大ともいえた自動車メーカ一・・・つまり、多数派ですな。
そしてアメリカにおけるビートルは少数派・・・ という基本的な認識を欠いていたと、いまなら自省をこめていいきれるのですがね。
その頃は、そんなことはわかっちゃいません。
ビートル風の広告がつくりたくて、つくりたくて、ジリジリしたものです。
ほら、ゴルフを始めたばかりの人が、駅のプラットフォームなんかで傘をクラブに見たてて示威をやるでしょう、まあ、そんなところでした。
なーに、グリーンにでりゃあ、そう、うまくいきませんわな。
まあ、ぼくにとっては幸せだったと思うのですが、私が関係していた自動車メーカーのために、私はビートル風の広告を結局は一つもつくりませんでしたよ。
ええ、間もなく、私はその自動車メーカーの広告制作スタッフから外れまして、それで、天下晴れてビートルの広告のことを調べられるようになったのです。
ビートルの広告をつくっているDDBという広告会社にほとんど毎週のように手紙をだし、いろいろ質問したものです。
DDBにとっちゃ迷惑千万だったでしょうね。
極東の、素性の知れない男から、次から次と、機微にふれるような回答を求めてくるのですから・・・。
【裏話】送った手紙には必ず、相手の秘書が喜びそうな記念切手を貼りました。開封するのも、返事を聞き取ってタイプするのも彼女ですからね。
その話は、東京コピーライターズクラブ・ハウスでのスピーチ(12)←クリック
でも、DDBは嫌な顔ひとつせず(・・・というのは、ぼくの勝手な解釈)いつもきちんと教えてくれましたよ。
ああいうのを、病いが膏盲に入る・・・というんでしょうねえ。
文通だけではすまなくて、ぼくは、ノコノコとニューヨークくんだりまで出かけていって、ビートルの広告をつくっているアートディレクターやコピーライターに会うようにもなったのです。
いまから考えると冷汗ものですね。
ほら、小唄にあるでしょう。
「お座敷は、人にまかせて四畳半、離れ座敷でしっぽりと、嬉しい首尾じゃないかいな」
自分だけはいいことをしているつもりでも、ハタ迷惑の惚れこみよう・・・というのが。
あれですよ。
まあ、それが青春ってものだともいえますがね。
いやね、ビートルの広告に惚れていたのは、ぼくだけじゃないんです。
当のアメリカの広告界にもたくさんいたようですよ。
まあ、彼らの場合は同業者ということで、さすがにDDBまでは押しかけては行かなかったようですが・・・。
私たちの作品。 誰かさんの作品。
奇妙に聞こえるかもしれませんが、私たちはそんな「こと」に意味があるなんて考えもしませんでした。
年ごとのモデル・チェンジなんて馬鹿らしいかぎり、私たちは25年のあいだ、見てくれより、実質の充実に努めてきました。
改悪なんで論外です。
11970年のVWの例でいいますと、たとえばエンジン・・・これまでのビートルと比べ、力を強くしましたが音は静かになりました。
あなたの評点にかなうことはほかにもいくつかあります。
世界の車メーカーは、私たちのやっているようには車をつくってはいません。同じ外観の車をつくりつづているところがありますか?
「かっこよく」「すてき」「しゃれてる」・・・こんな言葉は、私たちには縁なし、です。
技能、誠実・・・古風ではありますが、技術者魂こそが私たちの信条なんです。
ご自身の作品をおつくりになりたい? 簡単です、1899ドルでかないます。野獣ふうになさるのもご自由です。
お好みは各人各様ってこと。ヒッピー・フラワーで飾り立てた日本人のことも耳にしています。ご自分風が一番。ビートルを愛していればこそです。
車庫にはいますが、新入りした家族の一員ですからね。
この新入り家族は、浪費家ではありません。維持費の請求書でおったまげさせることもありません。減価償却で腰を抜かすこともありません。私たちは、酷暑、極寒、洪水、雪、砂、泥に、いつまでも耐えられるようにつくりました。
それでいて、最新のものが横に並んでも見劣りしないようにもつくっています。
あなたは、私たちが古守頑迷だとお思いかもしれません。はい、ある面では、昔風といえるかも、ね。
C/W
A/D
"LIFE" 1970.05.01
We do our thing.
The funny thing is, we didn't even know we had a "thing".
We've been perfecting one car for 25 years, steering clear of the idiocy of annual model changes.
Our only worry has been how to make the work. better, not look different.
And we haven't done badly at all: The 1970 VW is faster and quieter with a longerlasting engine than any other beetle.
But you still need a scorecard to tell the '70 from other years. Or any year from any other year.
Nobody in the world makes and services a car as well as we do. Because nobody's' been doing it as long on one model.
We still use old-fashioned words like "nifty," "peachy" and "swell".
And we stick to old-fashioned ideas like craftsmanship and dedication and skill.
You do yours.
Then, for $1839*, our thing becomes your thing. And what happens is wild.
People treat VWs like something else.
They polish them, scrub them, stripe them and flower them in very far-out ways.
Why? Why mostly on Volkswagens?
We think it's affection, pure and simple.
A VW is a new member of the family who happens to live in the garage.
And when a VW moves in, people flip out.
Driving a VW, we are told, is a groove.
You don't get zapped with freaky running costs. Or zonked with kinky maintenance bills. Or clobbered with crazy depreciation.
We've built the VW durably enough to withstand heat, cold, flood, snow, sand, mud.
Yet it's durable enough to withstand a whole new generation.
Maybe you thought we were in a rut. When all the time we were really in the groove.
C/W
A/D
"LIFE" 1970.05.01
書き写してわかったこと
え? それで、かぶと虫の広告からどんなことを吸収したかですって?
小林秀雄という文芸批評の神様っていわれた人がいるでしょ。
あの人の文章の中に、小説家になるためのコツ・・・だったか訓練だたかを教えたものがありましてね、それによると、
これは、と思った小説を、原稿用紙にそっくり書き写せ。
書き写すことによって作家の息づかいまで読みとれる・・・という箇所があるんですよ。
まあ、私がやったのは小説ではありませんが、ビートルの広告の文章を訳し、清書したわけですから小林センセイのおっしゃる「書き写しよりももっと徹底していたわけですね。
そう、ビートルの広告だけで200点ちかくも書き写しましたかな。もっとかな。
ええ、わかりました、わかりました。ビートルの広告のコピーラィターがどこで難渋し、どの一句を削り、どこでニンマリしたか・・・なんてことが、だいたい読みとれました。
それどころか、アートディレクターとコピーライターが、広告制作の前にどんなやりとりを交わしたかまで想像できるようになりました。
それより、こういうふうにお話したほうがいいかなあ。
ビートルの広告というのは、今日まで、15年もほとんど同じスタイルできているんですね。
そう、15年間もです。
最初(1959年)の『フォルクスワーゲンは変わるでしょうか?』が『ニューヨーカー』に掲載されたのは1959年の8月ですからね、そうなるでしょう?
その間、何人のアートディレクター、何十人ものコピーライターがこの仕事にたずさわっているのですよね。
でも、新しくたずさわった人には心理的プレッシャーがすごいだろうってことも、まあ、想像できますわな。
ジョン・ノブルってコピーライターにきいてみました。
chuukyuu「あなたが担当なすっているVWの広告は、DDBの最も代表的な仕事の一つにあげられると思いますが、VWの仕事を引き受けた時の最初の印象は?」
ノブル氏「恐ろしいことになったという気持ちでいっぱいでした。
というのは、私がDDBに入社した1965年当時、すでにVWの広告は出つくしたといった考えが人々の頭の中にあったのです。
もちろん、そんなことはないと私は信じていましたが・・・。
いまでも新しいライターがはいってきますし、よりよい広告がどんどん出てきていますからね。
とにかく恐ろしかった。
なぜかといえば、VWの広告はどれをとってみてもよいものばかりだったから」
でね、ジョン・ノブル氏に、恐ろしさをどうやって解消したのかとたずねてみたのです。
そしたら、それまでにつくられたビートルの広告を全部、熟読することである程度、解消したというのですね。
熟読・・・ねえ。
書き写しには及ばないとしても、まあ、それに近い線ですわなあ。
えーと、なんの話をしていましたっけ?
そうか、小林秀雄か。
いや、違いましたな、ビートルの広告から私がどんなことを吸収したか・・・でしたな。
まあ、いいや、小林秀雄センセイのほうを片づけてしまいましょう。
できるだけたくさん読め。
できるだけたくさん書け。
これは間違いないと思いますよ。
それで、小林センセイはこうコメントしていましたっけ。
三つとも簡単すぎるから、誰も実行しない。
したがって、別の要訣をつぎからつぎへと聞きたがる・・・とね。
ビートルの広告から吸収したものねえ。
いちばん大きかったのは、自分が惚れられない企業の広告制作には参加するな・・・ってことかな。
もちろん、一目惚れってのもありましょうし、徐々に惚れこんでいくってこともありましょうねえ。
いい方が俗っぽすぎますか?
いい直しましょうか。
信頼できる企業もあろうし、話しあっていくうちに相互信頼が生まれてくる企業もあるってことですよ。
あなたを両極端へお連れします。
華氏40°の寒冷地から140°の酷熱の地まで。
北極圏の雪原からサハラ砂漠まで。
上の写真の奇妙な形の自動車ほどには、多種多様な気候を征服したものは自動車史上、存在しません。
ガソリン1ドル17セントもするフィンランドでも健闘しています。VWは燃費が少なくてすむのです。
オイルよりもダイヤモンドの原石を入手するほうがやさしいアンゴラでも大ヒットしたVWは、クォート単位ではなく、パイント単位のオイルですむからです。
チリでは、新車のVWは5,000ドルもしているのですよ。技術が信頼されているからです。
お金を払わなければ真水が買えないスーダンでも、売れ行きも第1位の車です。VWは水を必要としませんからね。
そして、昨年約5億9,400万リットルもの不凍液が売れた米国でさえも、不凍液不要の車という言葉が日常語になりました。
何年にもわたって、1,600万台以上ものフォルクスワーゲンが世界中すべての国々で数千kmも走っているのです。
アラバマには、96万km以上も走行しているVWがあります。
それでもまだ、この車を見ることができない人々もいます。その多くは、正直なところ、もっともっと空想的なものを心に描いているのです。
結局、かぶと虫を買うには、まだかなりの勇気がいるんです。
考え方を極端から極端へ走らせる必要がありますからね。
C/W John Noble
A/D Roy Grace
"LIFE" 1969.11.14
"LOOK" 1969.12.02
It takes you to extremes.
From 40 below to 140 above.
From the snows of the Arctic to the sands of the Sahara.
No other car model in history has conquered as many strange climates as the strange-looking car shown above.
It dose very well in finland where gasoline costs 66c a gallon. A VW does'nt use much gasoline.
It's a big hit Angola where oil is harder to get than crude diamonds. A VW uses pints of oil instead of quarts.
In Chili, people pay over $5,000 for a new VW because they believe in the way built.
It's the number one car in Sudan where the Sudanese actually have to pay for a glass of fresh water. A VW does'nt use water.
And in the U.S.A., where last year 157 million gallons of antifreeze were sold, the car that dosn't use antifreeze has become a household word.
Over the years, over 16 million Volkswagen have trooped on uncountable number of miles in every country in the world.
There was one VW in Alabama that trooped over 600,000 miles all by itself.
And yet, there are still people who just can't see it. Most of them, quite frankly, picture themselves in something much fancier.
After oil, it still takes a certain amount of courage to buy a bug.
You have to go from one extreme to the other.
C/W john Noble
A/D Roy Grace
"LIFE" 1969.11.14
"LOOK" 1969.12.02
こんなにたくさんの人がフォルクスワーゲンを検査しているんですよ。
あなたの車と新しいフォルクスワーゲンの間にある障害物はたったの二つ。
1,799ドル
そして、1,104人の検査員。
値段のほうは、あなたの問題。
すべてのフォルクスワーゲンがフォルクスワーゲン工場を出る時に、オッケーをくだす検査員の人数は私たちの問題。
1人の人が私たちの工場の一人前の検査員になってしまうと(それには3年かかりますが)、彼はちょっと違った人間になってしまうのです。
つまり彼は、車の製造に関するどんな決定でも、そっくりくつがえしうる権限を手にするのです。
(この写真の中のだれか1人が「ノー」というと、そのフォルクスワーゲンはフォルクスワーゲンでなくなってってしまいます)。
VWのどんな部品も、最低3回は検査を受けます。ということは、1台の車が工場からあなたの手に渡るまでには、合計で16,000回の異なった検査を通りぬけなければならないということです)。
いいですか、16,000回ですよ。
こんなふうにして、私たちは1日に平均225台のかぶと虫を失っています。
これで、あなたの注文したフォルクスワーゲンの新車が思ったよりも手間取ったとしても、理由はもう、ご納得いきましたね。
早くつくれないのではないのです。
きちんとつくろうとすれば、そんなに早くはつくれないということです。
C/W John Noble
A/D Roy Grace
"LIFE" 1969.05.30
"LOOK" 1969.06.10
It takes this many men to inspect this many Volkswagens.
There are really only two things that stand between you and a new volkswagen:
$1799
And 1,104 inspectprs.
The money is your problem.
The number of inspectors it takes to okay each and every Volkswagen that leaves the Volkswagen factory is ours.
You see, once a man becomes a full Inspector at our factory (and he'll spend three years doing just that), he becomes a different man.
He then has the power to overrule any and all decisions that ralate to the manufacture of the car.
(One "no" from any one of those gentlemen up in the picture and that Volkswagen is not a Volkswagen.)
Every single VW part is inspected at least 3 times. That means that before the whole cat can from us to you, it has to go through 16,000 different inspections in all.
Think of that: 16,000.
We lose an average of 225 Bugs a day that way.
So if you ever had to wait a little longer than you cared to for a new Volkswagen, no you know why;
It's not that we can't make them fast enough.
It's just that we can't make them good enough fast enough.
C/W John Noble
A/D Roy Grace
"LIFE" 1969.05.30
"LOOK" 1969.06.10