創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(206)[ビートルの広告](108)

"ありえません。Impossible." も[シンプル・ヘッドライン]のくくりに入れるべく準備したが、結局はずした1点です。はずした理由(わけ)は、こういう光景を高速道路上でもほとんど見かけなくなっており、いまの若い読み手には共感されないと推測したからです。それだけ、水冷式エンジンまわりの具合も驚異的に向上しているのでしょう。ページ数の制限のないこのブログでは、写真の偽装による主題強化の表現法もありうると、収録しました。どうやって偽装したんでしょうね。エア・ブラシでしょうか。合成でしょうか。コンロを持ちこんで実際に蒸気を噴射させたのでしょうか。それはともかく、1961年ごろ---米国VW社がDDBに扱いをまかせて2年目あたり---半世紀近くも前の広告です。そのころ、[ネガティブ・アプローチ]というより[挑戦的---challenging]なヘッドラインを用いるには、かなりの勇気を要したとおもいます。そうそう、この広告も収録したVW広告集『企画のお手本』(1986.5.10)を携えてDDBを訪問、バーンバックさんに贈呈したところ、「100冊買いたい」といわれ、「なぜ?」と質(ただ)したら、「社内のクリエイターたちに配りたい」と答えられ、DDBといえども体系的にはまとめていないのだ---と納得したものでした。もちろん、100冊は、印税がわりに送りました。


ありえません。


フォルクスワーゲンは、沸騰しません。
物理的に、あり得ないのです。
そのわけは、バカらしいほど簡単です。VWのリア・エンジンは、水冷式でなく、空冷式だからです。
空気が沸騰したなんて聞いたことがありません。
だから、車も沸騰するわけがないのです。
あなたがその気なら、1日中、トップ・スピードで砂漠を走ることも可能です。また、1年中で最高に暑い日の、車が混雑した中での亀の子運転も平気です。
あなたが湯気を出すほどカッカッときても、フォルクスワーゲンは冷静です。
冬期には、空冷式エンジンのよさをもっと実感なさいます。空気を凍らすのは、沸騰さすより以上に困難です。だから、不凍液がいらないのです(添加しようにも、ラジエーターがないんですから、どだいできない相談です。だから、ホースの水漏れもなく、水抜きも不要、洗浄も無用、錆止めの心配もなし)。
いつでしたか、ガソリン・スタンドの係員が、注水口がないので、水の入ったバケツを持ってウロウロしたと面白がっていたVWのオーナーがいらっしゃいましたっけ。
しかし、'61年型では大丈夫です。ことしの型にはウインドゥ・ウォッシャーが標準装備です。
これには、水を使います。
スタンドマンには、ここを満水にさせましょう。




Impossible.


A Volkswagen can't boil over.
It's physically impossible.
The reason is absurdly simple: the VWs rear engine is cooled by air, not water.
Since air can't boil, neither can the car.
If you hod to, you could drive a VW all day at top speed through a desert. Or edge along in bumper-to-bumper traffic on the hottest day of the year.
You may get all steamed up, but not your Volkswagen.
Chances are you'll appreciate the air-cooled engine even more in winter. Air can't freeze any more than it can boil. So you don't need anti-freeze. (You couldn't put any in a VW even if you wonted to; there's no radiator. And so no hoses to leak. No draining. No flushing. No rust.)
In the past, a few VW owners have been amused to find a perplexed gas station attendant with a bucket of water and no place to put it.
But we've taken core of that in our '61 model. This year, a windshield washer is standard equipment.
It uses water.


ついでですから、『企画のお手本』の[あとがき]をご参考に供します。。
「若書き」の悪しき例として---。


伝説的な”企画”はこうして生まれた 


男は胃の中に火種をもっていた。
派手な音楽を鳴らし、美人のモデルを華々しくビートルに添えてみても、どうも似合わない。
「シボレーに乗ってアメリカを見よう」……「VWに乗ってアメリカを見よう」………
違う。
さて、どうしたものか。


その時、ふとある広告が脳裏に浮かんだ。


実物大のいちごがたった一個。
「これを切り刻むなんて、かわいそうなことに思えました」


ただマーケットでフェアモントいちごを売るだけが目的の広告だ。
男の名はヘルムート・クローン。ニューヨークの広告代理店DDB(ドイル・デーン・バーンバック社)のアートディレクター。そして、いちごの広告の作者はウィリアム・バーンバック。同社の社長であった。
VWビートルという″小さくてみにくい″車を米国市場に定着させるため、米国VW社がDDBを指名し、「VWの広告キャンペーン」を始めたのは一九五九年八月のこと。アメリカで乗用車といえば、一つのステイタス・シンボルであり、成功のしるしであり、動く居室であり、新しさの呈示であり、見せびらかしと同義語でなければならなかった時代であった。
まず二人の企画者が指名された。一人はこのクローン。そしてもう一人はコピーライターのジュリアン・ケーニグ。変わり者という点ではどちらもかなりのものだが、クローンは非常に内省的で妥協を許さぬ性格、ケーニグは病的とも言えるほどのマニアックな人間であった。まったく違うタイプのとりあわせである。
クローンはビートルを米国風にうちだすことばかり考えていた。″派手な音楽と華々しい美女″である。しかし、この″小さくてみにくい″車にはどうしても似合わない。


いちごがたった一個!
いちごらしさを壊さずに、大衆にその魅力を最大限に伝えるには、実物大のいちごをたった一個置くだけでいい。


ならば、ビートルらしさとは?
DDBは、新しい企画を手がける時にはいつもそうしているように、この二人を中心とするチームを西ドイツはウルフスブルクのVW工場へと送りこんだ。アイデア・ソースとしての工場見学である。
彼らはそこで、溶けた金属が固まってエンジンとなり、すべての部品が最後に定められた位置に納まるまでの一部始終を見つめた。まちがいを避けるためにとられる数々の予防措置、幾度となくくりかえされる莫大な金のかかった検査システム……。ビートルが信じられないくらい安い値段ですばらしい機能と品質をもつ車であることを理解した。主題の発見である。
経済的な車である……それがけっして壊してはならないビートルらしさだ。
そして、何をひきだすか? どう広告企画を組み立てていくか?
物を作り企画していく時に通ってみるといい過程がある。
針小棒大″という過程。
針の大きさのものを棒のように大きく膨らましてみる。工場見学で仕入れたネタの数々、そのひとつひとつが材料だ。たとえば、ビートルが誇るエンジンのパワーはレーシング・カーにだって使える。もっと思いきり極端に膨らませてみよう。ビートルのエンジンで飛行機をとばすことだってできるんじやないか。一つの性質を伸ばしてみると、まったく別のものに変身させることも可能だ。ビートルを飛行機に変身させることができるのだ。
 逆に棒のような大きな物を小さくしてみたらどうだろう。
「小さいことが理想」………
「広告の理想」とまでうたわれた名作はこうして生まれた。″車はステイタス・シンボル″としている米国人の通念への挑戦であり、「VWの広告キャンペーン」神話のはじまりであった。
この発想の方式が、一七年間、一〇〇人以上の人間の手によって制作されたにもかかわらず、一貫したコンセプト(注:基本的な考え方)をもちつづけ、そして、その会社らしさ、製品らしさを壊すことなく、斬新な企画を展開させていった原点なのである。
(なお本書は、昭和五十五年に刊行した『VWビートル』を改題、増補したものです)。


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