創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(81)『かぶと虫の図版100選』テキスト(了)


<<『かぶと虫の図版100選』目次


1970年3月20日フォルクスワーゲン・ビートルに関する2冊目の編著書の新書版『かぶと虫の図版100選』誠文堂新光社 ブレーン・ブックスから上梓しました。そのテキスト部分の転載です。

VWキャンペーンは、心ある広告主をDDBへ引きつけた

VWビートルの広告キャンペーンが、有能な人材をDDBへ引きつける一方、このシリーズは、心ある広告主にDDBの存在を知らせ、彼らはDDBのクライアント(依頼主)にした。
掲示しているのは、『エスカイヤ』誌の1963年6月号に載ったDDBそのものの広告である。
(注:なぜ、『エスカイヤ』誌に---との疑問は、多くの広告をまわしてもらっている同誌のDDBへの誌面提供ではないかと類推)。

「あなたが車をつくっていたとして、こんな広告をお出しになりますか?」と問いかけて、「正しいアイデアを持つ広告代理店は、正しい広告主を引きつけるものだ」と、信念を披露している。


あなたが車をつくっていたとして、こんな広告をお出しになりますか?

ほとんどの自動車メーカー---というよりも、この場合は、ほとんどの広告主---は、こんな広告には近寄すぎる。
フォルクスワーゲンは、そうは考えなかったのです。
彼らは、工場での検査についての話を人びとが読み、そして信じるようにするための、かなり驚くべき要素をこの広告が持っているとの私たちの考えに、同意したのです。
単なるトリックやギミックではない、話そのものから何かがにじみ出てくること。
ご覧のとおり、その何かを、私たちは出すことができました。
この広告の成功とは別に---それから全般的なフォルクスワーゲンの広告とも別に---こういう考え方もあるのです。
正しいアイデアを持つ広告代理店は、正しいクライアントを引きつけるものだと。


エスカイヤ』1963年6月号




If you made cars, would you run this ad?

Most car makers---most advertisers, for that matter---wouldn't go near an ad like this.
Too negative. Too daring.
Volkswagen didn't think so.
They agreed with us it would take something pretty startling to get poeple to read---and believe---a story on factory inspection.
Not just a trick or gimmick. But something coming out of the story itself.
As you can see, we came up with that something.
Apart from the ad's siccess---and the saccess of Volkswagen advertising in general---there's another point here.
An advertising agency with the right ideas attracts the right clients.

Doyle Dane Bernbach Inc.


Esquire, June, 1963


このDDBの広告に引用されている[Lemon 不良品]という見出しを持ったVWビートルの広告は、「Think small 小さいことが理想]とともにも、VWの代表的広告として、10年後の今日でもなお話題に出るほどのものである。なんの変哲もないVWビートルの写真を出して、「不良品」ときめつけて見手に挑戦した本文は、こう書かれている。

「このVWは船積みされませんでした。車体の1ヶ所のクロームがはがれ、しみになっているので取替えなければならないからです。およそ目につくことがないと思われほどのものですが---クルト・クローナーという検査員が発見したのです。
当社のウルフスブルグの工場では、3,389人が一つの作業にあたっています。VWを生産工程ごとに検査するために、です(日産3,000台のVWがつくられています。だから、車より検査員のほうが多いのです)。
あらゆるショック・アブソーバーがテストされます(抜き取り検査ではダメなのです)。
ウィンドーシールドも全車が検査されます。何台ものVWが、とうてい肉眼では見えないような外装のかすり疵のために不合格となりました。
最終検査がまたすごい! VWの検査員は1台ずつ車検台まで走らせていって、189のチェック・ポイントを引っぱり回し、自動ブレーキスタンドへ向けて放ちます。それで50台に1台のVWに対して”No"をいうのです。
この細部にわたる準備が他の車よりもVWを長持ちさせ、維持費を少なくさせるのです。
(中古VWが他の車に比べて高価なわけもこれです)。
私たちは不良品をもぎとります。
あなたはお値打ち品をどうぞ」




This Volkswagen missed the boat.
The chrome strip on the glove compartment is blemished and must be replaced. Chances are you wouldn't have noticed it; Inspector Kurt Kroner did.
There are 3,389 men at our Wolfsburg factory with only one job: to inspect Volkswagens at each stage of production. (3000 Volkswagens are produced daily; there are more inspectors than cars.)
Every shock absorber is tested (spot checking won't do), every windshield is scanned.
VWs have been rejected for surface scratches barely visible to the eye.
Final inspection is really something! VW inspectors run each car off the line onto the Funktionsprufstand (car test stand), tote up 189 check points, gun ahead to the automatic brake stand, and say "no" to one VW out of fifty.
This preoccupation with detail means the VW lasts longer and requires less maintenance, by and large, than other cars. (It also means a used VW depreciates less than any other car.)
We pluck the lemons; you get the plums.


:この「不良品」という衝撃的な見出しは、じつは、最初からついていたのではなかったという秘話が、『ヘルムート・クローンの本 クリエイティブ革命』に記されていた。当初の見出しは、「このVWは船積みされませんでした」という、ボデイ・コピーの最初の1行にまわされたフレーズだったと。
そのフレーズを見出しに配置したラフ・スケッチをクローン氏は個室の壁にピンナップして数日間、検討を加えていた。
そこへ、担当コピーライター・ケーニグ氏の旧友で、同じくコピーライターのミズ・リタ・ワーグナーが入ってきて、ラフ・スケッチを瞥見し、「Lemon ね」とつぶやいた。
クローン氏にひらめいた。
「このVWは船積み----」よりも、「レモン 不良品」の1語のほうが衝撃力がはるかに強いと。
たえず、問題解決の道をさがしていると、かすかなつぶやきもヒラメキの発火点になる好例)。

確かに、VWの広告は、故ケネディ大統領やソニーの盛田会長をはじめ、多くの広告主の足をDDBへ運ばせるだけの力を発揮した。
しかし、それは別の物語として書かれるべきである。(了)。