創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(482)軽いスコッチ、シーヴァス


当ブログ2009年6月5日シーヴァス・リーガルの広告(15)]クリックで、翻訳ミステリー1700編27万レコードの森羅万象データ・ベースつくっていたことがあるから、シーヴァスの広告に影響された探偵を報告したいと約束していました。旧稿をあらためていたら、15年ほど前に、テレビ朝日のPR誌「コピーライターの眼」という通しタイトルのエッセイの1篇に[軽いスコッチ、シーヴァス]と題して、こんなことを書いていたので、報告に代えます。


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「シーヴァス・リーガルの瓶を変えるなんて間抜けをやったのは?」


ニューヨーカー誌に載っていた逆張りの見出しの広告に目をとめたのは、30年よりもっと昔(執筆時)のように記憶している。
シーヴァスを意識しはじめたのはこの広告がきっかけだった。


「シーヴァス・リーガルの社員は、最近、瓶を変えたことで、なんらかの抗議がくるものと覚悟していました。
こてんぱんのお叱りの言葉も、甘んじて受けるつもりでいました。
たしかに、最初は無茶なことのように思えました。
どうして由緒ありげな瓶を変えるのか?
暗緑色の瓶は威厳さえただよわせていましたからね。
それに(エジンバラ生まれの作家ウォルター・スコット卿時代からのものらしい古いラベルも---」


ガラスを透明にし、ラペルの色を明るくしたのは、シーヴァスが「軽い」……口あたりのいいスコッチであることを視覚的にも強調したかったからと。


もっとも、「軽い」ということと「薄められた」ということとは違うし、色も「淡く」はない。「軽い」とは、水のようにすーっと喉を降りていくことであり、「くちびるのかみしめ」もなく「身ぶるい」もおきないということ。 


この「軽い」ウィスキーを熟成させるために、相変わらずスペインから法外な価格のシェリーの古樽を買っている(30年以上前で1樽35ポンド……当時の為替レートで4万円前後)。


こうしてできたシーヴァスの琥珀色をじっくりと見てもらうために瓶を透明にしたわけだから、「まんざら間抜けともいえませんね」


つづいて日本での広告にも使われた、瓶に酒が半分入っている写真を置き、


「客はまだ半分あるといい、もてなし側はもう半分しか残っていないという」


酒好きの心理をくすぐった上で、真に味わいのあるウイスキーとはどのようなウイキーのことかを知っている人のためのシーヴァス……と差別化を試みたわけだ。


シーヴァスの価値を知っている人は、無理強いも無駄注ぎもしないことを言外ににおわせる。


ある意味では、気持ちの片隅ではちょっぴりケチな酒好きを想定しているともいえる。


広告の究極の目的は、企業や製品にあたかも生きている人間であるような性格を与えることなのだ。


広告の一連の訴求にもっとも早く応じたのは、C・ウールリッチ。


『夜の闇の中へ』(1960年代)で、女主人公マデリンが、プラチナの丸型で文字盤をダイヤが縁どっているパテック・フィリップの高級時計を写真家のスタジオにわざと忘れて帰る。

写真家のヘリックがホテルの彼女に届けた。

マデリンがお礼のしるしに1杯飲んでいってほしいと頼む。


「なにをお飲みになりますか」
「スコッチの水割り」
「スコッチは?」
「シーヴァス・リーガル」


で、彼女はその銘柄のダブルとシングルを一つずつルーム・サーヴィスに伝える。
写真家は酒飲みではなく、つきあいで軽く一杯やる程度の男なのだが、どうせ一杯なら高級なシーヴァスと決めているのだ。


この部分はL・ブロックの補綴ではないから、アルコール中毒症でもあったウールリッチの酒の好みだったのかも。


趣味がよく暮らしぶりも裕福な主人公の一人が、ニューヨーク16分署の署長マックス・カウフマン警視だ。
50代前半で登場した。


マンハッタンでもっとも高級な住宅地区といわれているイースト・サイドのサットン・プレイス・サウス31番地に建つ高層アパートの16階に14も部屋をもっていて、どの部屋の窓からもイースト川と川中島であるルーズヴェルト島が望める……ということは、窓の外に四季があるということだ。
マンハッタンでは最高の住居環境といえる。
 
豊かな生活ができるのは、アパレル関係の会社を創業した祖父からゆずられた資産を巧みに運用しているから。

警察の給与なんかはあてにしていない。
毎年ロンドンヘ出かけてサヴィル・ロウで洋服を仕立て、ジャーミン街のターンブル&アッサーでワイシャツをあつらえている。


ニューヨークでもロンドンでも、アパレル産業はユダヤ系の一つ。


カウフマンも、姓から想像がつくとおり、ユダヤ系(ドイツ系の改革派?)。
ハーヴァードを優秀な成績で出て警察入り。


19歳の長男もハーヴァード(この名門大学の学生の半数近くはユダヤ系といわれているのもうなずける)。
13歳の娘はドールトン高校の生徒。


作者T・チャステインは、アパートの広間の食品棚の常備酒がシーヴァス・リーガルだとして、カウフマン警視の好みのよさをさりげなく説明したつもり。


オンザロックか濃い目の水割りで飲む。
警視はたしか、自前で改造した16分署の署長室にも、自宅から数ブロック南のピークマン・プレイスに住んでいる恋人キャサリン・デヴルーのアパートにもシーヴァスを買い置きしているはずだ。


ついでに蛇足を。


第1話『パンドラの匝(はこ)』(1974)では、シャネル・スーツの似合うベル夫人が、エリザベス・アーデン社経営のアリゾナ州メイン・チャンスの上流婦人のための美と健康のリゾート・クラブ「メイン・チャンス」へ出かける設定。
E・アーデンの名前やマンハッタン5番街505番地の美容室レッド・ドアー(赤い扉)のことは知っていても、「メイン・チャンス」はさすがにほとんど知られていない。
で、そこで保養中のエリザペス・アーデン女史に会いにいくという、珍妙な訳になっている。
E・アーデン女史の逝去は1966年だから、ベル夫人が会いにいくとしたら天国だろう。


シーヴァスを自宅に常置しているもう1人の主人公がJ・ケラーマンによるロスの小児精神科医アレックス・デラウェア。第1話『大きな枝が折れる時』(1985)では、アレックスがホモの刑事マイロと、リトル・トーキョーの《オーマサ(大政)?》、ウェスト署前の喫茶店《アンジェラス》で飲むが、第2話『歪んだ果実』(1986)ではアレックス医師が自宅で口にしている。


もっとも第3話『グラス・キャニオン』(1987)では、医師の酒棚にはスコッチ・シングル・モルトのザ・グレンリヴェットリヴェット川の渓谷の意味)も入っていることになっている。


そういえばシーヴァス社は、ザ・グレンリヴェット蒸留所のすぐ南のブレイズ・オブ・グレンリヴェットでシーヴァス・リーガル用の繊細で香りは芳しく軽めのシングル・モルトを蒸留・熟成させていると、M・ジャクソン『世界のウイスキー』(鎌倉書房)にある。


アレックス医師も資金を不動産に投資、そのあがりでゆうゆうと生活できるので、33歳でさっさと退職……といった設定だ。
もちろん、ほとんどの精神科医がそうであるように、彼もユダヤ系(東欧系の保守派?


ニューヨーク州の大富豪の謎の生涯と、当世風に写真家として自立しているその一人娘の生き方をみごとに描いたL・フォズバ
ーグ『オールド・マネー』(1983)を、ぼくはとてもおもしろく読んだが、そのなかで、屋敷の管理人が、飲んでいる酒の瓶を大富豪の娘の写真家に示して、いう。


「シーヴァス・リーガルですよ。あなたの家の人たちに教わったんです。最高のものに限る、ということを……」 


ちなみにL・フォズバーグもジャーナリスト出身のユダヤ系の女性のようだ。
米国のジャーナリストや作家にはユダヤ系の人がとりわけ多い。
資格制限がうるさい国家試験のない職業のせいだとか。


ねじれた表現をしている作家もいる。
才気煥発、壮大でむなしい財テク競争を描いてみせたR・ビアドウッド『100万ドルゲーム連盟』(1978)だ。
ウォーターフォード製のカットグラスのデカンターから、年代もののポートワインを注ぎながら、
「これこそ、アラブが絶対手をつけることのないイギリスの財産ですよ。彼らはだいたいが酒はやらない主義ですからね。なかには飲む連中もいますが、まだシーヴァス・リーガル程度のものを、最高の通が飲む酒と思ってありがたがっている段階ですよ」
 

シカゴの元気印の女探偵といえば、サラ・パレツキーの手になるヴィク・ウォーショースキー。
愛飲しているのは黒ラベル


第2話『レイクサイド・ストーリー』(1984)では、変死した従兄弟の部屋の戸棚にある酒を見つけ、シーヴァスを注いでいいわけをする。
「スコッチのなかでわたしの一番好きな銘柄ではないが、黒ラベルの代用品としてはまずまずといったところだ」
そのくせ、つぎにその部屋へいったときには真っ先にシーヴァスを飲んでいる。


第3話『センチメンタル・シカゴ』(1985)でも、しのびこんだ事務所の経営者の引きだしで見つけたシーヴァスも盗み酒する。
この女探偵、いい酒に関しては道義心に目かくしをする癖がある。


シーヴァス・リーガルの10年間のキャンペーンを『ニューヨーカー・アーカイブ』から、atsushi さんが探してくださいました。
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