創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(444)デラ・フェミナ著『広告界の殺し屋たち』(8)

原題『真珠湾をくれたすばらしい民族から』)の抜粋 誠文堂新光社 西尾忠久・栗原純子訳 1971.4.30)


第2章 「スピーディー・アルカ・セルツァー」の死(8)


聡明で若い代理店でもガソリソのような場合は息づまるようなこともあるだろうが、変わった方法でアプローチしようとする。

スミス&グリーンランドという小さな代理店がフライイングAというガソリソの撮影をしたが、とてもすぐれた仕事をやった。
彼らの言い分は、ガソリンを田舎の交通向けではなく、都心の交通向けにデザインしたというのだった。

そして、リング・アイランド高速道路で交通渋滞にあって困っている男の姿を見せた。


ガソリンのコマーシャルでは、これまで誰一人として交通渋滞にあっている場面を見せたことはなかった。


車が1台もいない道路を時速90マイル(144km)でてぶっ飛ばしていく男が現われるだけだった。
交通渋滞にまきこまれることもあるということを、チラッとでもみせたものはまったくなかったのである。


このキャンペーンは立派であった。


彼らは都心での運転は発進、停止の連続だと言い、フライイングAはそういった情況に最適のガソリソだと言ったのである。


小さな広告代理店がガソリンの仕事をするチャンスに恵まれたのはこれが最初であるが、私は実にすばらしい仕事であると思う(1970年1月にこのアカウソトはスミス&グリーンランドからDKG(デルハンティ・カーニット・ゲラー社)
へ移った。
このキャンペーンを思いついたコピーライターが、スミス&グリーンランドからDKGへ移ったからだと思う)。



もちろん中には変わった理由で、うまくいかないキャンペーンもある。

ニューヨークのある大代理店が中西部の非常に大きなアカウソトをまさに失おうとしている。

誰も語ろうとしないが、実は、その代理店の男がアカウソトの社長夫人とおかしくなってしまったのだ。
コトが発覚し、代理店は男をその町から追い出してニューヨーク・オフイスの社長にすえた。
私に言わせたら最高の昇進である。代理店がこの男を町から追い出したにもかかわらず、この代理店はそのアカウソトを失いつつある。ことがばれるとアカウントを失うことになるという教訓である。



この章は終了。
第6章[クリエイティブ生活]を日をあらためて紹介します