創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(427)ヘルムート・クローン氏のスピーチ(了)


【用法】 ある人物を評価するに際して最も簡単で確実な方法は、その人物がどのような人々とつきあっているかを見ることである。
なぜなら、親しくつきあっている人々に影響されないですむ人など、ほとんど皆無と言ってよいからである。 (塩野七生マキャヴェッリ語録』新潮文庫

(chuukyuu補:クリエイターの場合は、これに加えて、だれの創作物を範とし、学んでいるかであろう。)




<<ヘルムート・クローン氏のスピーチ(1)


ヘルムート・クローン氏のスピーチ(了)
DDB 副社長兼アソシエイト・チーフ・アートディレクター
当時/写真左



新しい広告表現(了)
1963年のニューヨーク・アートディレクターズ・クラブで


もう一つ考えたいと思うことは、コマーシャルの始めや終りに、大事なことをもってこないというのはいい考えだということです。
始めと終りのそれぞれ15秒は、そのコマーシャルがどこから続きどこへ行くかというメッセージをクッションさせるべきです。

【chuukyuu注】このスピーチがおこなわれた1963年ごろは、60秒、90秒が基本であった。


また私たちは、ハリウッド映画のセットの貴族趣味を避けるべきだと思います。とくにディレクターはそうです。
そんな人には映画を監督させなさい。
私たちはTVの広告をつくっているのです。
ティール(印刷媒体用の一枚写真)を撮るのと、コマーシャルを撮るのとの間には何も違ったところはありません。
あるとすれば、広告のためのスティールをとる方がむずかしいということぐらいです。


一枚の写真の中であなたはストーリー全部を語らなければならないからです。
皆さんも私も、もう何年もスティールを演出してきたではありませんか。


以上の考えはレブンソンと私のオフィスでの会話を基にしたものですが、私たちは別にこれを規則にしてしまっているわけではありません。


あなた方は私たちが数多くの試みをするのを見ているわけですから、ほかの人よりはいくぶんよいかも知れません。


しかし私たちがいつもしようとしていることはたった一つ、なんらかの形で目立つということです。


私は議長ならびにこの会議のみなさんに感謝して、もしVWの広告の上の部分に写真がなかったら、あるいは、私たちがVWのために考え出した体裁が写真を全然含まないものであったら(あるいはおそらくもっと小さい写真であったら)、 私たちはここへ講演に招かれなかっただろうと思います。
コピー・クラブも招いてはくれなかったでしょう。


小さことが理想。


10年前、最初の2台のフォルクスワーゲンが米国へ輸入されました。
ビートルに似た、その奇妙な形の小さな車は、まあ、無名といってもよいほどでした。
やがて、リッターあたり13.5kmも走ることが認められました(レギュラー・ガソリン、ふつうの運転で)。
さらに、一日中時速100kmで走ってもビクともしないアルミ製空冷式エンジン、ファミリー・サイズの適切さ、手ごろな値段も認められてきました。
フォルクスワーゲンは、ビ−トル並みに増殖し、1954年には、米国への輸入車のトップに立ち、以後、ずっとその地位を堅持しています。1959年には15万台のフォルクスワーゲンが売れました(うち3万台はステーション・ワゴンとトラックでしたが)。
ずんぐり鼻のフォルクスワーゲンは、いまでは米国名物のりんごストルーデル(デザート菓子)同様、50州すべてで見かけられますが、その鉄鋼はピッツバーグ製でシカゴでプレスされています(工場の動力源すら米国からの輸入石炭です)。
どのフォルクスワーゲンのオーナーにお聞きになっても、そのサービスのすばらしさとどこへ行ってもうけられる充実ぶりについては、褒め言葉ばかりでしょう。フォルクスワーゲンの成功は、決して小さくはありません。部品も常備されてい、しかも安価です(一例をあげると、新品のフェンダーはたったの21.75ドルです)。フォルクスワーゲンの成功の要因は決して小さいとは言えませんね。
今日、米国ほか119の国々でフォルクスワーゲンは着荷するなり売り切れていて、生産が追いつかない状態です。小さな車に全力を注いでいるフォルクスワーゲンの生産規模は世界で5番目に大きいんですよ。もっと多くの人びとに、小ささを理想としていただきたいものです。




Think small.


Ten years ago, the first Volkswagens were imported into the United States.
These strange little cars with there beetle shapes were almost unknown.
All they had to recommend them was 32 miles to the gallon(regular gas, reguiar driving), an alminumm mair-cooled rear engine that would go 70 mph all day without strain, sensible size for a family and a sensible price-tag too.
Beetles multiply: so do Volkswagens. By 1954, VW was the best-selling imported car in America. It has held that rank each year since. In 1959, over 150,000 Volkswagens were sold, including 30,000 station wagons and trucks.
Volkswagen's snub nose is now familiar in fifty states of the Union: as America as apple strudel, in fact, your VW may well be made with Pittsburgh steel stamped out on Chicago presses (even the power for the Volkswagen plant is supplied by coal from the U.S.A).
As any VW owner tell you, Volkswagen serviice is excellant and it is everywere. Parts are pientiful, price low. (A new fender, for example, is only $21.75.) No small factor in Volkswagen's success.
Today, in U.S.A, and 119 other countries, Volkswagens are sold faster than they can be mads. Volkswagen has become the world's fifth largest automotive manufactur by thinking small. More and more people are thinking the same.



金子秀之氏のコレクションより
映像と音声にズレがありましたが、調整しました。


→28日の映像も調整しました。


ですから、クラブをアートディレクターだけで構成するというのは、ちょっとおかしいと私は思います。
その広告の背後にあるアイデアが、何よりもいちばん大切なものであるのですから、ビジュアル・フォームとコピーを分けることはできません。
最近私がある地方のアートディレクターズ・クラブの審査員をつとめたとき、『ニューヨーカー』誌に載ったイーグル・シャーツのためのウェイナー氏とゴーセージ氏のキャンぺーンが金賞を受けました。


10数年前、広告に背をむけようと決心したとき、切り抜いて置いたイーグル・シャツの色刷りの広告をすべて処分してしまったので、残っているのは『みごとなコピーライター』に収録したこのモノクロに還元したこれだけ。陳謝・自省。




[イーグル・ファーストのもう一つの製品:ボタンなしのボタンダウン
1935年のバンド・リーダーの小粋をご希望なら、チャンスです!


羽根ボタン・落っこちのヒントはクリーニング店です! でも、そうしたら、とてもシンプルで美しいのです。シンプルってすてきですね。そこで私たちは、わが社のすてきなボタン・ダウンの襟羽根からボタンを取り去ってみました。なぜ?って、イーグルのスナッフ・ストライプのボタンレス・ボタン・ダウンは、カラー・ピンをすると最高ににイカして見えるからです。パティ、クレイ、パール、バックなど、その他のすてきなアースカラーの最近よみがえったグレイト・ギャツビー風のギャバジンスーツにとても映えるのです。(以下少略)


それは明らかにそのショーに出品されたものの中で、最も新鮮で最もおもしろい新アプローチでした。
そのイーグルの広告はコピーに重きをおいています。
幸いなことに、その審査員陣にアートディレクターと同数ぐらいのライターがいました。
アートディレクターたちは、それがアート・キャンペーンではなくコピー・キャンペーンであるということをタテにとって反対を唱えました。
しかし彼らもその新鮮さという点では異議がありませんでした。
私はライターたちと共に投票をし、そ紅が賞を左右したのです。
私は、ライターとアートディレクター半分ずつめクラブ---すなわちクリエイティブ・マンの広告クラブといったものがあれば、今日の広告界における真のアップ・ツー ・デイトなもの、チーム効果を発揮することができるだろうと思います。
そのようなクラブによって与えられる賞は、もっとクライアントの間で尊重されるだろうと思います。
特に「私にアートディレクター賞を与えないでください。何か売れるものをください」というような人には。


参照
VWビートルの "Think small" の〔誕生秘話〕クリック


〔サンフランシスコのソクラテス〕と崇拝されたコピーライター---
〔ハワード・ゴーセイジ氏とのインタヴュー〕クリック