創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

[効果的なコピー作法](6-2)


金融危機時のウォール街人士でなく、わが世の春時代のWall streetersを思い浮かべてください。好不況はいつの時代にもあります。しかし、ニューヨーク・アートディレクターズ・クラブが「コンセプト・アド」一辺倒になったのは1960年代前半でした。VWビートルを軸とするDDBのやり方が賛成・波及したのです。
この文章は、その流れを業界専門誌などよりも早く日本に報せる結果となりました。いまだから告白できますが、アートディレクター優位論に拠っていたために旧世代となってしまった当時の権威者たちから白い目でみられました。いや、いまもそうかな。



第6章 セリング・ポインツ(2)


レジスター賞(つづき)


ウェストチェスターから、
パーニイ経由、
ウォール街へ。


成功したたいていの証券マンがそうであるように、この人はブルー・チップ(優良株)に大きな信頼を寄せています。だから、洋服を求める時には、ブルー・チップとして40銘柄を選定しているバーニイズへいらっしゃいます。ニューヨーク証券取引所の上場銘柄数を20倍してもなお、バーニイズのフロアーの方が数多く揃っているのです。初めて私たちの店へいらっしゃった方の中には、少し弱気な方もあります。非常に重大な問題---たとえば、体にぴったり合うかどうかという点における投機の勝敗がどの程度のものであるか心配していらっしゃるのです。しかし、私たちのマスター・テイラー(76人います)がお仕立ての最後の一針を縫い上げた時には、さしもの疑い深い人びとはきまって、私たちへのもっとも強気な熱中者になってしまわれるのです。私たちは法外な配当は出さないことにしています。しかし、バーニイズでお買い物をなさるのは公社債の確定利子をお受けとりになるのに似ているかも。

【注】ウェストチェスターは、マンハッタンから50kmばかりのところにある高所得者たちが住む町。




WESTCHESTER
TO WALL STREET
...VIA BARNEY'S


Like most successful Wall Streeters, he relies mainly on blue chips. Hence a periodic visit to Barney's when he's in the market for clothing. Barney's specializes in the blue chips of America's clothing industry... forty distinguished brands in all. With over twenty times as many individual items as the New York Stock Exchange lists. business on the block-long floor at Barney's is rather brisk. Newcomers sometimes approach us a little bearishly. They fear a degree of speculation in such vital matters as, for example, fit. But by the time our masters−we have 76 of them−complete the final custom touches, the skeptics invariablybecome our most bullish enthusiasts. We'll repress the obvious remarks about dividents. But shopping at Barney's a little like clipping coupons.


一方この広告の解説をしたステピンズ氏は「ニューヨーク・アートディレクターズ・クラブは、例の気どった賞を与えようなどとは、とうていすまいと私は思う」と独断していますが、

ウェストチェスターから、バー二イ経由で、ウォール街

はニューヨーク・アートディレクターズ・クラブ第40回展で部門賞を獲得しています。
なるほど部門、賞を得たのは「サイズ39番」ではありません。
けれど、トピアス制作部長の言葉にもあるとおりの基本ポリシーによって生まれた、いわば双生児のような広告であるハズです。それが一方は受賞し、一方はニューヨーク・アートディレクターズ・クラブ賞とは正反対の性格をもったステピンズ氏の独創になる「レジスター賞」を与えられるというのは、妙ではありませんか?
しかもステピンズ氏は、つづいてこういっているのです。
「だれの目にも了解できるほどのプリミティブなコンセプトとできばえ」。
コンセプトという用語については、第4章で「哲学用語としては『概念』という意味ですが、クリエイターたちが使っている場合は、その広告をしっかりと支えているメッセージ・アイデアといった意味のようです」と書いておきました。
『アート・ディレクション』誌(1962年3月号)にエドワード・ゴットシャル編集長はこう書いています。


ここ数年来、広告とクリエイティブにおける主要な傾向の一つは、「コンセプト・アド」への急激な移行であり、それは、セールズ・アイデアがグラフィックの人びとにたいしてさえ 主要な考えであり、グラフィックのテクニックはそれに従属する---そういう広告である。
これはグラフィックの完璧さとか、クリエイティビティが不要だというわけではない。
グラフィックだけの広告が不要なのだ。
つまり、グラフィックは、セールズ・ボインツに注意深く歯車を合わせており、たんなるストッパーや背景の要素とかに終わっていないという意味である。


こうした考えは、ニューヨーク・アートディレクターズ・クラブでも大きな傾向としてとり上げられていると、第4章の「コピーの視覚化」でも紹介しておきました。
ニューヨーク・アートディレクターズ・クラブは変わったのです。
ステピンズ氏の「コンセプト」と、ゴットシャル氏の「コンセプト・アド」とは同じ次元のものです。
ニューヨーク・アートディレクターズ・クラブ賞か、 レジスター賞か、といった問題設定はナンセソスです。二者択一的ないい方は、3〜4年前の話です。これこそ、ステピンズ氏の一徹趣味です。
いや、ステピンズ氏だけではありません、日本の広告人の中にも、こういった、二者択一的な考え方の人がいます。
(もっとも、40年前の話です。今のこのブログの読み手の中にはいらっしゃらないでしょうが---)。
新しい広告の評価基準は、この,二者択一主義をぶち破るところから、はじめられなければならないのです。
話がワキ道にそれました。


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