創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(191)[ビートルの広告](93)


明けまして、おめでとうございます。
ことしも、ごいっしょに愉しんでくださいますように---。 


昨年末、拙編著『クルマの広告』(ロング新書 2008.12.10)を編みました。これまでのビートル関連の4冊とくらべて、より分かりやすく(?)、より充実しており(?)、より挑戦的(!)で、より安価(!!)に仕上がりました。とはいえ、ページ数の関係とか、分類枠におさまりきらないとかの理由で、積み残したものがいくつかありました。それを、大晦日から仕事始めの日までに、このブログで追補してみるすることにしました。


いまからだと、60年近い昔の1949年---2台のビートルが米国へ初めて渡った年---を、1971年5月17日号の『スポーツ・イラストレイテッド』誌で懐古したのが、[1940年代には物笑い物だった2つの機械]です。とはいえ、1952年に関西の某電機メーカーに勤め、初任給1万2000円だったぼくにとって、ビートルの軽ともいえたスバルは38万円、白黒テレビ受像機は40数万円で、高峰の花でした。さいわい、テレビ工場長が、「宣伝部員なら、必要だろう」といって、自宅へこっそりとどけてくださいました(時効だから告白)。この広告を目にして、当時の日米貧富物語をおもいしらされた感じです。



1940年代には物笑い物だった2つの機械。


テレビジョンが現われたとき世間の人は嘲笑しました。
はるかかなた1000kmも離れたところから送ってくる写真を見せる箱? とんでもねえ。
けれど、フォルクスワーゲンが現われたとき、世間はアッと驚きました。
後部にエンジンがある車だ? トランクは前部だって? ラジエーターは前部にも後部にも、ない?
まさか---と思われたようでした。
でも時は流れました。
テレビジョンは成功しました。
フォルクスワーゲンは懸命でした。
世間はガソリンを湯水のように使わない車を歓迎していました。オイルを水のように使わない車を。
できるならば、その水さえ必要としない車を。
一部の変わった人びとは、この変わった考え方が気に入りさえしました。
事実、デトロイトの自動車メーカーは、今日VWのこの考え方を踏襲して、VW式の車の製造にさえふみきりました。
まあ、同類の小型車があたらしく増えても、わがビートルの運命は以前と同様に安泰です。
今年はほかの同類小型車にとっては第一年目です。
一方、私たちには23年にもおよぶ伝統がありますからね。先手必勝。




Two ridiculous gimmicks of the 1940's.


Everyone laughed when they came out with the television.
A box that could show pictures from 3,000 miles away? Absurd.
But everyone really cracked up when we came out with the Volkswagen.
A car with its engine in the back? Its trunk in the front? And its radiator in neither the front nor the back?
It even looked like a joke.
But time marched on.
The television clicked.
The Volkswagen accelerated.
People liked the idea of a car that didn't drink gas like water. Or oil like water.
Or, for that matter, didn't even drink water.
Some strange people even liked the idea that it was strange looking.
In fact, Detroit car makers now like the idea of the VW so much that they have decided to make their own.
But even with all those new small cars around, the fate of the bug is still as secure as ever. I
This is the nrst year for all of the others.
We've had twenty-three years of re-runs.

英国の美術評論家がファッションについて、30年経ったものは「かっこいい」、50年前のものは「すてき!」と思えると定義していましたが、クルマには、どうやら、あてはまらないのかもしれませんね。いや、あなたが、どう、お感じになったかは問いませんが---。1970年7月20日号『ニューズ・ウイーク』誌。 上右から時計まわりに、49 Packard、49 Studbaker、49Hudson、49 V0lkswagen 49De Soto、49 Tucker


栄光の彼らは、いま、いずこ?


さあ、私たちと彼らの過ぎ去りし栄光の日々をふり返ってみましょう。
時は1949年。自動車はどんどん長く、低く、そして野生的になっていきました。
重々しいバンパーが大ヒット。尾びれもつきました。「時代が変わってもこの流行はすたれない」と誰もが確信していました。
ところが、時代は変わりました。
重々しいバンパーも尾びれも姿を消しました。そう、上の写真の車は、すべて姿を消してしまいました。フォルクスワーゲンを除いて。
なぜ?
ご覧のように、他の人たちが車の見栄えの改良ばかりに気をつかっていた1949年の昔から、私たちは車の性能を改良することに気をくだいてきたからです。
ご存じでしょうか?
あれから2,200ヶ所も改良したというのに、今だに私たちは当時と同じことに気をくだいているのです。

コピー・ブロツクの右のシミは、心ない編集者による粘着テープがつけたもの




Where are they now?


Return with us now to those wondrous days of yesteryear.
It's 1949 and automobiles are getting longer, lower and wilder.
Massive bumpers are a big hit. Fins are in. And everyone's promising to "keep in style witb the times."
But then, times changed.
Massive bumpers and fins went out. And so did every other car shown above, except the Volkswagen.
Why?
Well you see, back in '49, when all those other guys were worrying about how to improve the way their cars looked, we were worrying about how to improve the way our car worked.
And you know whaf?
2,200 improvements later, we still worry about the same thing.