創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(126)『コピーライターの歴史』(4)【再録】

今日こそ、8年前、引退を機に、集めていた広告分野の書籍をすべて、T美術大学図書館へ寄贈してしまったことを残念におもったことはありません。後悔ではありません。そうなんです、今日のテキストにあるケープルス(John Caples)の歴史的傑作広告---「私がピアノの前に座ったとき、みんなが笑いました。しかし私が弾き始めると!」(音楽教室のためのもの)の図版をここへ入れられたらなあ---と思ったからです。イラストはたしかに古風ですが、広告全体からはオーラが感じられるのです。『The 100 Greatest Advertisements』に収録されていたはず。まあ、インターネットによるブログですから、志のある方が「ほら。これでしょう?」と図版を送ってくださることを期待しましょう。そうなった時こそ、こんなブログをつづけている理由の一つかも。かつてコネクタ・メーカーのために、「英知をつなげる小さな会社」ってスローガンをつくりました。ブログでも「善意の英知をつなげたい」。この章の入力はコピーライター・赤星 薫さんのお力を借りました。このことも「善意の英知をつなげるブログ」の1サンプル。赤星さんに感謝。

【翌日の前文】昨日、ケープルスがつくった歴史的名作広告---「「私がピアノの前に座ったとき、みんなが笑いました。しかし私が弾き始めると!」のオリジナル図版を志のある方から「ほら。これだろう?」と差し出していただけるだろう---と書いておいたら、早速、atsushiさんが、「それはここにあるよ」 http://www.passaicparc.com/killer/caples.html 
『The 100 Greatest Advertisements』と、あり場所をURLを教えてくださった。ボティ・コピーまでテキスト化してくださっている奇篤な方が米国にもいるんですね。こんどは、英語に堪能な日本人(コピーライターにかぎらない)の方が、こんな内容で、こんなふうなうまいい言い回しをしている---と訳して書き込んでくださるのを期待。
その後、atsushiさんはコンビニの弁当を1食節約して、『The 100 Greatest Advertisements』(写真)を購入(840円)し、貸してくださった。



『コピーライターの歴史』(4)
 ケープルス、ヘッドラインを強調


ジョン・ケープルス(John Caples)の名も、「コピーライターの歴史」の中では、相当大きなページを占めます。
ケープルスの名は、『テストされた広告法 Tested Advertising Methods』(殖栗文夫訳・実業之日本社・1954年。のち「効果のわかる広告法」と改題)という1932年に出版され、1947年に改訂版が出た本とともに私たち日本の広告界に知られています。
彼は、1927年にBBDO代理店に入り、以後ずっと同社の共同経営者のひとりとして今日にいたっていますが、同僚のブルース・バートンは、この本の序文で、つぎのようにいっています。

「この25年間、私の同僚ジョン・ケープルスは、ヘッドライン(見出し)の効果を主として、各種の広告についての資料を集めてきた。(中略)思慮のある若い広告人によって行なわれているこの種の研究は、広告の、勘でやっている部分をせばめつつある。
われわれは、昔よりずっと無駄なく仕事ができる。
われわれは日々これ学んでいるのである」

ケープルス自身は、
「この本の目的は、『勘』をのぞくことによって、広告主が、広告からもっと利益を得るようにすることである。
本書には数百万ドルかけてやった広告効果調査の結果がのせてある。
広告主はこの経験を取り上げればそれを自分のものとして使うことができる」

ケープルスは、この16章あるこの本のうち、4章をヘッドラインにあてて、ヘッドラインが広告の中でもっとも重要な単一の要素であることを強調しています。
と同時に、彼は「鍵つき広告」のチャンピオンでもあります。
「鍵つき広告」というものは、広告の中に読者からの反応をとるための仕掛けを入れている広告のことです。
それはカタログ、説明書、その他の景品類です。
ホプキンスは言います。

「公衆に訴えるのが仕事の3種の人に(1)俳優(2)セールスマン(3)コピーライターがある」が、俳優、セールスマンは直接に相手からの反応に接することができるのでコピーライターよりも有利である」

したがって、コピーライターは広告に「鍵」をつけて、その広告がどの程度読まれたかどうかを判断する手がかりにしようというわけです。
これはホプキンスいらいのやり方であり、米国のコピーライターの歴史的主流である通信販売的テスト法であることはいうまでもありません。
ちなみにケープルスの傑作といまなお言われているヘッドラインには、彼が25歳のときに書いた、
「私がピアノの前に座ったとき、みんなが笑いました。しかし私が弾き始めると!」 (1925年に音楽教室のために書かれた)

給仕が私にフランス語で話しかけたとき、彼らは苦笑いしました。しかし私が答えると、彼らの笑いは驚きに変わりました」 (フランス語通信講座のためのもの)
などがあり、彼自身は、広告界のもっともおもしろいライターのひとりと呼ばれており、その文章は、短いことば、短い文、短い文節、そして人間的興味にみちているのが特徴です。
また、彼の著作には『テストされた広告法』のほかに、1936年に出版された『直接販売のための広告、Advertising for Immediate Sales』、1938年に出版された『広告アイデア Advertising Ideas』、1957年に出版された『ものいう広告 Making Ads Pay』(殖栗文夫訳・ダイヤモンド社・1964年)などがあります。
しかし、ケープルスはコピー原則の発見のほとんどを広範囲にわたる通信販売広告とその問い合わせテストによっていますので、彼の公式がすべてのタイプのコピーに適用できるとはいいきれません。

参照DDBのコピーライターきっての名文家といわれていたロン・ローゼンフェルドが男性の白髪染めを通信販売タイプのコピー作法で書いたと自称しているのは、 インタビュー(了)


>>『コピーライターの歴史』目次