創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(244)『メリー・ウェルズ物語』(19)

WRG社から、創業者の一人---ディック・リッチ氏が去っていったのは、メリーとの会社の規模に対する意見の相違といわれいました。メリーは自然に成長していくものは止めようがないという見解。リッチ氏はある程度の規模で止めておかないと、いい仕事ができない---と主張したと。まあ、組織が大きくなると大企業病にもかかやすくなるかもしれません。しかし、一方にはDDBという、クリエイティブ組織を運営していく手本もあったわけです。去っていったリッチ氏に、「ほんとうのところはなんだったの?」って電話したら、「親友のchuukyuuといえども、それは話せない」と断られたことをいまだにはっきりと覚えています。個人と組織は永遠のテーマかも。(この章の入力には、アド・エンジニアーズの原田さん(コピーライター)・染川さん(コピーライター)・林さん(デザイナー)・稲毛さん(デザイナー)・鍋田さん(デザイナー)のお力を借りています。感謝。)

第6章 もっとセクシーな車を・・・(5)

▼ メリーの経営法


才能ある従業員が自己の能力を最大限に発揮して働ける環境ーそれがメリーが考えているWRGであるといえよう。
彼らが精いっぱい働けば人員は少なくてすみ、高給をもって報いることができる。
参考までに広告代理店の経理を簡単に紹介してみよう。
代理店の売り上げをおおざっぱにわけると、扱い高と呼ばれている媒体料と、新聞広告原稿やテレビ・コマーシャルの制作料で構成されている。媒体料のうち15%が手数料といって代理店の取り分(いわゆる粗利益)だから、扱い高100万ドル(3億6,000万円)の場合の取り分は15万ドル(5,4000万円)にしかならない。
制作料のほうもほとんどが外注費として支払われる性質のもので、社内制作実費を除けば外注費に17.65%をかけたものが代理店の収入になるにすぎない。
一方、人間だけが財産と呼ばれている広告代理業では、荒利益の50%以上を人件費として計上している。
だから、従業員を効果的に働かせるための配慮が十分になされていなければ、よい広告代理店とはいえないわけである。
そこのところを1970年の株主総会でメリーは、
「わが社は1億ドル(360億円)の扱い高を330人の従業員でこなしています、業界平均は600人でやっているのに……」
と自慢している。
ということは、WRGの従業員は、業界の人びとの2倍の生産性をあげており、給与も2倍近いものを受けているといえよう。
そのために、才能のある人材、訓練を完全に終えた人間、すぐに第一線で働けるタレントだけを採用していることはすでに記した。
メリーの言葉をそのまま紹介すると、
「クライアントに際立った解決策を提出するためには、代理店は最高のタレントを雇い、彼らを刺激しなければならないというのがわが社の信条です。タレントを引きつけるために、わが社は平均以上の給与を払っており、それが成功につながっています。しかしスタッフを少数にとどめることにより全体的な経費をコントロールしています」
DDBの秘蔵っ子的コピーライター、ロン・ローゼンフェルド(写真)に将来の社長の椅子を約束して声をかけたのも、ロンなら3人前、5人前の働きをしてくれると判断したからであろう。
メリーの説得にもかかわらず、結局ロンはDDBを辞めなかった。メリーの説得が不首尾に終わったのはもしかするとあとにも先にもこのロンの件だけかもしれない。ロンは、メリーとともにデトロイトに行ってアメリカン・モーターズの幹部たちに会ったが、どうしたわけか気が変わってしまった。


(A・M側との会合に出たローゼンフェルド氏=左手前。チャピン会長=中央。メリー=右奥)


そしてそれから1年後、DDBを辞めて世界最大の広告代理店J・Wトンプソン社に移った。しかしそこも1年で辞めて、DDBでの親友のレン・シローイッツとともにハーパー・ローゼンフェルド・シローイッツ社を設立した。そして6ヶ月後にはハーパーをも追放してしまった。
ハーパーはメリーが最初に勤めた広告代理店マッキャン・エリクソンの親会社……インターパブリックの社長だったマリオン・ハーパーその人だから、人生のめぐりあわせというのは不思議なものだ)。

そういうわけで、コピーライターにはチャールス・モスが起用されたのである。

▼挑戦広告に集まった非難


ムスタング(に似せてつくった車)をぶっこわすコマーシャルや「ムスタングとジャベリンの不公平な比較」広告のように、他社製品をひきあいに出すやり方は、多くの広告人たちからは「汚いやり口」と非難された。
広告人ばかりでなく挑戦の矢面に立たされたフォードのリー・アイアコーカ副社長もライフ誌(1967年10月27日号)の記者に、
「彼女は結局は負けるでしょう。いかなる場合でも、汚い手を使う人間はいつかは敗れるのです。たとえ一時的に利を得ることがあったとしてもです。メリーがやったアプローチが成功するには、大衆は利巧すぎます」
と無愛想に語ったという。
メリーにしてみれば、そのような批判は覚悟の上であった。むしろ喜んでいるふしさえあった。
話題になることが彼女のねらいだったのだから。メリーは集まってきた記者たちにはっきりと言った。
「貧しく小さなアメリカン・モーターズは、再起しようと必死なのです。そんなことをすればビッグ3がすぐにお金にものをいわせて徹底的に追い打ちをかけてくるでしょうが……」
つまり既存の勢力にたたかれればたたかれるほど弱者アメリカン・モーターズに対する同情心をそそるきっかけが生まれる……とメリーは割り切っていたのである。
もちろん、アメリカン・モーターズのチャピン会長も、名誉毀損のことを懸念していなかったわけではない。
しかしメリーの、
「こっちの車がどれだけ良いかを示すために勝利車を例に挙げるだけで、彼らの弱味を暴露するわけではないのです。あっちもいいけど、こっちのほうがもっといいと教えるだけなのですわ」
という言葉に、
「決して相手の立場を否定しないように……」
と不承々々に首をタテにふった。


敬称略
続く >>

 [不公平な比較]シリーズ第2弾。


フェアレーンとレベルの不公平な比較。

右側のスポーティ・レベル550ハードトップが、左側のスポーティ・フェアレーン・ハードトップに劣るという比較です。
どこが、大いに不公平なのでしょう。
ご説明しましょう。
レベルはフェアレーンよりもドライバーのヘッドルーム、 レッグルーム、ショルダールーム、 ヒップルームなどに余裕があります、フェアレーンの115馬力に比べて、レベルは実に145馬力で6気筒。さらにトランク、燃料タンク、バッテリーでもレベルはフェアレーン以上です。
レベルは最小回転半径が44フィートも小さいので、曲れる、駐車する、機敏に走る---すべてフェアレーンを問題にしません。
レベルは、だれにもぴったりするリクライニングシートを持っていますがもフェアレーンにはありません。
レベルはコイルスプリングのシートであるがフェアレーンはそうではありません。
レベルはコイルスプリングの四輪独立懸架ですが、フェアレーンは装備せず。
レベルは細部にさえ多大の注意が払われています。たとえばセラミック仕上げの排気システム、防音設計されたグラスファイバーの天井、全く突き出ていないドアハンドル、そして重くて頑丈なバンパー。
不公平になってはいけないので、 フェアレーンの驚異のオプション、手動も可能な男女性用自動変速装置を認めなければなりません。
レベルも文句なしに認めます。
でも、レベルの自慢のタネは尽きませんよ。

TV-CMでは、【自動車教習所



(指導員)さあ、まずやることは---いや、それではない。いいですか、そのあたりにあるはずですよ。
アナ)どんなに手荒く扱っても、レーベルなら、めったに壊れません。自動車教習所でも、この車は抜群です。
生徒2)どうですか?
指導員)昨日よりもずっといいです。左にまがって---。
生徒3)見られていると、できませんわ。
指導員)オーケー、左に曲がって(騒音。警笛)急ブレーキ。
指導員)どうですか、初めて往来に出た感想は? モスさん、モスさん---モスさん!
chuukyuu注】モス氏がWRGのアメリカン・モーターズ制作チームのボスなので、からかって遊んでいるのです。ただし、モスはユダヤ系の姓。
指導員)あのトラック、気をつけて。
生徒4)トラックって?
指導員)バスの後ろの---
生徒4)バスって?
アナ)地上最低のドライバーを向こうにまわしてもレーベルはみごとに面目を保っています。
(生徒5)ワイパーを動かしましょうか?
アナ)この調子では、指導員よりレーベルのほうが長持ちしそうですね。