創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(237)『メリー・ウェルズ物語』(12)

これほどの膨大な語録を、42年前の1966年のWRG創業時から5年間、どうやって収集したのか、はっきりとは思いだせない。掲出紙・誌を見て、広告分野のそれは講読していたから、そこからスクラップした。広告分野外の媒体については、3度のWRG訪問時に秘書のグレイス・フェルドマン夫人からコピーを貰うとか、郵送してもらっていたのであろう。フェルドマン夫人と交信していた当時のぼくの秘書に聞きただすしかないが、まあ、いまとなってはどうでもいい取材の裏話だから。いや、こうして思い出していて、当時、とんでもない見逃しをやっていたことに、いまごろ気がついた。メリーがもっとも信頼していた秘書フェルドマン夫人のジュウイッシュ姓から、彼女の夫は、DDBの才能豊かなアート・スーパバイザーのレスター・フェルドマン氏ではなかったかということを。ご主人からぼくのDDBの取材ぶりを聞いていて、ひそかに、よくしてくれたのではなかったのか---。

第11章 メリー・ウェルズ語録(その5)

▼人材と才能

「WRGには、ここで働きたいと言って来てくれる切れ目のない人材の流れがあるのよ」 (「AA」1971.4.5)
人間だれだって陽のあたる場所で働きたいものだ。そしてWRGは米国の広告界で陽のあたる場所の一つである。WRGがつくりあげたこれまでのサクセス・ストーリー、メリーのパブリシティのうまさと代理店の平均を上回るサラリー---などが人材の流れをもたらしているのである。
「私がWRGで働きたいと望む人に要求するのは、才能の好みと情報集めて使いこなせる能力が結びついた人物でてす」 (「AA」同)
こうも言っている。「WRGが求めているのは、情報に耳を傾ける人たちです。多量の情報から始めなければ何もできませんからね」(「AA」同)。メリーのこの言葉は彼女の発明ではない。
創造という仕事に関する大原則である。
DDBでは、「スポンジが水をたっぷり吸うように、資料にどっぷりつかれ」と指示しているし、バーンバック会長も「いつも自分の主題といっしょにいなくてはなりません。いつもそれを心に持て」と説いている。
だからメリーの言葉はDDBから学んだもの---というよりもバーンバックからの口移しといえる。
ふとした時に自分の口から飛び出すセリフも、気がついてみるとDDBのフィロソフィー(理念)であったとわかった時のメリーの悔しさは想像できる。
それだけメリーとしてはDDBを超えたいのであろう。しかし、WRGの社中にはっきりした雰囲気をつくり上げるためにも、メリーは話すことを止めるわけにはいかない。
「私は、社員に三つのことを要求します。当然のことですが第一に才能、次に明白で一般的な知性の豊かさ。それから他人から得られるすべての助力を十分に感謝できる謙虚さ。これらの資質をすべてまとめれば、効果が早く現われる広告をつくりだせる人物が得られるだろうと思います」(「AA」同)
メリーがいう才能とは何か。彼女自身を語った言葉の中に「コピー分野における私の最大の功績は、実際には戦略であったとおもいます。というのは、私は実際に言葉をつなげる才能よりもインフォメーションをつなぎあわせて、その商品を売る方法に達する才能のほうを持ち合わせていると思います」(「AA」同)というのがある。
つまり、戦略をつくりだす才能があるというわけだ。
別のところでは「扱っている製品に愛を捧げなさい。そして明るく陽気で気楽にかまえ、愉快に語り、気軽に仲間にはいるのです」(「AA」1967.5.29)とすすめている。
こうした発言が指しているのは、商品を売るために人びとに語りかける才能だ。
WRGの社員であることの三つの条件の中に、「謙虚さ」が加わったのは、設立時にディック・リッチが「私たちが謙虚であったら私たちは完全だつたでしょう」といった意味のラテン語を部屋の壁に掲げており、あたかもWRGの社是のように喧伝されたことへの配慮といえる。
ディックは去った。ディック的な思想はWRGから一掃されなければならない。

▼クライアントについて

「理想的なクライアントは、他の代理店との経験をいくらが持っており、流行のトリックを使わせてくれ、そして喜んでお金を使ってくれる広告主です」 (「インベスターズ・リーダー」前出)
広告代理店がどのようにすれたアイデアを持っていようとも、それをと採用してくれる広告主がなければどうしようもない。広告主なしに広告代理店は存在し得ない。「広告主の中には、良い広告というものに関して関心のない人もいます。WRGはそんな人とともにワナに落ちるのはご免です」(「AA」1968.7.1)メリーは、WRGを指名してくる広告主のうちの半分を断っているという。そして引き受ける基準について「WRGにやってくる見込みクライアントについて。私たちは冷静に評価させてもらっています。その企業が広告主ランク20位以内であり、300万ドルから400万ドルの広告費を預けるというのであれば引き受けます。しかしその広告主の広告総予算が300万ドルから400万ドルしかないならお断りします」(「AA」同)と言っている。
米国の上位20位の広告主といえば、1社で年内に、3000万ドル(約100億円)以上の広告費を使う。そのうちの10%にしか当たらない300万ドル、400万ドルだから、その広告費をWRGを引き受けて成功させれば、残りの予算もWRGに移ってくる見込みがあるわけだ。
そこのところをメリーは1970年の株主総会で「WRGは現在の手持ちクラテアントの総予算の14%しか扱っていません」と報告している。
「世間ではWRGのことを超軽っ調子の代理店のように言っておりますが、クライアント名簿を見ていただけばわかりますが、WRGは基礎のしっかりした立派な会社しか扱っていません。WRGが保険会社のように非常に保守的なアカウントを獲得したらおもしろいことになるでしょうね」(「インベストメント・リーダー」前出)
「何を広告しようかということに対して、クライアントは強い選択力を持っています。本当に利益を生むと思える製品しかプロモートしません。金づまりの時には、だれでも失敗したくないものです。広告は数年前のような愛すべき経験などではなまなってしまったのです」(同)
「私たちは、クライアントの製品をできるだけ誠実に消費者に提示するという義務をクライアントに対して負っています。高度に洗練された消費者と働いているのだということを胸にしまっておかなければなりません。一度くらい消費者の目をだますことはできるかもしれませんが、二度と買ってもらえないでしょう。こういうのは、クライアントは望まないものです」(同)


敬称略
続く >>


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