創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(243)『メリー・ウェルズ物語』(18)


創業日の3人。前=ディック・リッチ(コピーライター)、後左=スチュー・グリーン(アートディレクター)。それからみるみる従業員がふえていった。(この章の入力には、アド・エンジニアーズの原田さん(コピーライター)・染川さん(コピーライター)・林さん(デザイナー)・稲毛さん(デザイナー)・鍋田さん(デザイナー)のお力を借りています。感謝。文芸評論家・小林秀雄さんが「若き小説家志望者へ」と題するエッセイで、うまくなるコツは、1.たくさん読むこと。2.よいと思ったものを繰り返し読むこと。3.これはという小説を原稿用紙に写して、作家の息づかいまで読み取れ---と書いています。入力をしてもらっているのは、クリエイティブの一流の考え方を身につけてもらうためでもあります。ぼくも、DDBなどの世界的水準の広告を選びスクラップし、クリエイターを調べること、コピーを翻訳することで勉強しました)

第6章 もっとセクシーな車を・・・(4)

▼セクシーな車を!


アメリカン・モーターズの乗用車群ーーーアンバサダー、レベル、マーリン、アメリカン、そして1967年9月から市場に導入されることになっていたジャベリンを詳細に調べたメリーは、アメリカン・モーターズのマクニーリー重役にこう告げた。
「困りましたわ。私たちの車にはライバル車よりもセクシーな点がまるでないんですもの」
温厚なマクニーリー氏は、美人のメリーから「セクシー」という言葉をささやかれるとどぎまぎして、
「セクシー……といいますと?」
「そう、セクシーです。こう、私たちの車を愛さずにはいられなくなるような小さな魅力……といいかえたらおわかりになりますかしら? 人びとがふれてみたくなるような人間味……といってもよろしいですわ。とにかくこのままでは、人びとはビッグ3の車を買うでしょうね」
「ふーむ」
マクニーリー氏は考え込んでしまった。
車というものがスピードによってセックスの代償をしているというぐらいのことは長年の経験で知っていたが、メリーの言葉が暗示しているものはそれとはちょっと違うようであった。
「ウェルズさん。すみませんがもうすこし具体的におっしゃってくださいませんか?」
「たとえば、こんど新発表のジャベリンですが、スポーティカーをよりスポーティカーに見せるためのほんのちょっとした工夫です。そう、ホイールキャップのかわりにもっとスポーティに見えるホィールディスクに替えることを考えてみる、なんてことです」
そういうメリー自身にもアイデアがあったわけではなかった。
ただマクニーリーはメリーの言葉に貴重なヒントを感得するだけの能力の持ち主であった。
彼は社に帰るや、設計部の人たちを呼びつけて人気車ムスタングにない外見上の差異をジャベリンに付け加えるように指示した。
それは三角窓の取っ払いとかより大きなバンパーとかになって実現した。
それがメリーの創造力に火をつけた。
メリーはアメリカン・モーターズを担当したコピーライターのチャールズ・モス(写真)に言った。
「ねえチャーリー。ジャベリンをムスタングと並べてみてはどうかしらねえ?」
ムスタングと? それはあまりにも身のほど知らずというものですよ」
「不公平かしら」
「そうですよ。不公平な比較ですよ」
「不公平な比較……そのアイデアはどう? 不公平な比較! アメリカン・モーターズは弱い立場にいるのだから強い者に噛みつく権利ぐらいあるんじゃなくって?」

参照チャールズ・モス氏とのインタヴュー1/2/3/4

ムスタングをぶっこわす

メリーという女性の偉大さの一つは、彼女の言葉には聞く人の想像力を刺激する力が潜んでいるということである。
「不公平な比較」というアイデアの卵と「デトロイトの標準広告とはまったく異なる何かを得てくるように」とのメリーの命令を持って、チャーリーとアートディレクターのスタン・ドラゴッティは6日間ホテルに閉じこもった。
1週間後に2人がホテルから持ち帰ったアイデアは、まったく強烈なヤツであった。
それはフォードの人気車ムスタング(に似せてつくった車)をぶっこわすコマーシャル(写真)として語られている。
すなわち、数人の男たちがムスタング(に似せてつくられた車)を引きだしてきて「もし、スポーティカーをこんなアイデアでつくったら……。バンパーをもっと重厚にし、ノーベントのウインドをもっと広くし、バケットシートをもっとぜいたくにし、オール・シンクロメッシュの変速機にし、木目調のハンドルにしたら……」
とつぎつぎにそれらの部分をハンマーでこわしたりナイフで裂いたりしながら、
「フットルームとヘッドルームをもっとひろげ、バックシートをひろくし、トランクを大きくしたら……みんなが買うとお考えになりますか?」
とダイナマイトでムスタング(に似せてつくった車)を爆破した白煙の中からアメリカン・モーターズのスポーティカー、ジャベリンが現れるという人を食ったコマーシャルであった。


chuukyuu注】 (このコマーシャル・フィルムは、モス氏からついに貰えなかった。フォード側からのあまりに強い抗議があって数回で放送を控えたからだとおもう。そのことは、新聞や雑誌で繰り返しとりあげられて、米国中にあまねく知れ渡ってしまった。モス氏は、代わりに、街ののチンピラがジャベリンのポイントをしゃべるCMをあげてくれました)


どうしてこんな不敵なアイデアが生まれたか?
チャーリーがスタンに説明した言葉を引用することでご想像いただこう。
「いいかい。アメリカン・モーターズがかかえている問題点は、人びとがこの自動車会社のことをほとんど知らないということだ。アメリカン・モーターズにどんな車があるかを知らない人が多すぎるんだよ。
つまり、ぼくたちがいまやらなければならないことは、アメリカン・モーターズが市場に置かれている位置をはっきりさせることなのさ。たとえばジャベリンという車はムスタングと戦っている車だということをはっきり人々に知らせることが、ぼくたちの仕事なんだよ」

同じアイデアでつくられたひどく挑戦的雑誌広告



ムスタングとジャベリンの不公平な比較
私たちは、同じ条件の下で両車の写真を撮ってほしいと、プロの写真家に頼みました。
その結果は、ムスタングが割を食うことになってしまったのです。
私たちのジャベリンはしっかりした輪郭のバンパーを備えています。
ムスタングに不利だというのは、薄くて扁平なバンパーは写真映りがよくないからです。
私たちのジャベリンは高価なガラスを使っており、三角窓なんかでサイド・ビューを損なってはおりません。
不公平だと断ったのは、ムスタングはそうではないからです。
私たちのジャベリンはムスタングよりもはるかに豊かで洗練された外観をしています。
ルーフの継ぎ目は手で仕上げられています。
ムスタングのほうは、機械仕上げで安あがりにつくられているというと、公平さを欠きますかな。
ジャベリンのスタンダードの6気筒エンジンは、ムスタングよりも排気量が大きく馬力も大きいし、スタンダードV-8のほうも排気量はムスタングよりずっと大きくなっています。
公平ではありませんね。
ジャベリンのフットルーフ、ヘッドルーフともにずっと広く、バックシートも5インチも広いのです。
不公平ですね。
私たちのジャベリンは、ムスタングよりも大きなガソリン・タンクとトランクルームを備え、強力なバッテリーを積んでいます。
不公平ですね。
私たちのジャベリンは、精巧な(フロー・スチール方式の)ベンチレーション機構、ホイールディスク、リクライニング式のバケットシート、木目のハンドルを備えています。
とりわけ不公平なのは、私たちのジャベリンの登録台数は、ムスタングほど多くはないって点です。
以上の比較は、新車の発表がこの広告の印刷に間に合わなかったという理由だけで1968年型ジャベリンSSTと1967年型ムスタングハードトップとの間でやりました。
実際、1968年型ムスタングを入手しようと試みてはみたのですよ。




An unfair comparison between the Mustang and the Javelin.


We asked a professional photographer to take a picture of both cars under identical conditions.
Thereby putting the Mustang at a disadvantage.
Our Javelin is equipped with massive contour bumpers.
Unfair to Mustang, because thin blade bumpers don't photograph as well.
Our Javelin is endowed with yards of costly glass. Side windows are all one piece, without vents to break up the line.
Unfair, becaise Mustang isn't neary so generous.
Our Javelin has a richer, more polished lool. Roof joints are hand-finished.
Unfair. because itiis cheaper to make roof joints by madhine.
Our Javejlin has bigger displacement and more horsepower in its standard 6-cylinder engine, bigger displacement in its standard V-8.
Unfair.
Our Javelin has more leg room, morehead room, the backetseat is a good 5 inches wider.
Unfair.
Our Javelin has a bigger gas tank, a roomer trunk, a more powerful battery.
Unfair.
Our Javelin comes with a sophisticated (flow-through) ventilation system, wheel discs, reclining bucket seats and a woodgrain steering wheel.
And, unfairest of all, our Javelin lists for no more than the Mustang.
The preceding comparison was made between a 1968 Javelin SST and 1967 Mustang Hardtop, only because this year's model was not availsable from the manufacturer in time for this printing. We really tried to get one.


これらの広告をチェックしたメリーは微笑しただけで何もいわなかった。
それがメリーのやり方であった。まかせたら一切まかせきる……やり方である。
実際、WRGが扱っている商品の数もふえ、メリー自ら手をくだして広告を制作することは不可能になっていた。そこでメリーは優秀な社員たちにヒントだけ与えて、あとは彼らの創造力に期待するというやり方をとっていた。
メリーから信頼されていると感じた社員たちは、そのことによっていっそう張り切る。

その後のジャベリンのTV−CM
「不公平な比較」シリーズが使命むを果たして終わったあと、モスし氏自選の「小僧っ子たち」というCM(現物が帰ってこないので、コマ割でご容赦を)


ジャベリンの囲りに集まったチンピラ若者たち「このジャペリンって奴は、いちばん安いスポーツカーだってことを、テディー、知ってるか? こういうのもなんだが、俺様がジャベリン通だってことは、みんなも知ってるよな---バンバーがすげえ。三角窓をとっ払って、けっこうな見通し」「ポンネットの中は?」「ゆとり十分のシート。俺たちが待ってた車ってわけさ」


敬称略
続く >>


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