創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(196)ロン・ホランド氏とのインタヴュー(2)

Lois Holland Callaway Inc. Executive Vice-President, Secretary


アイスクリーム売りからコピーライターになったいきさつ

chuukyuu 「あなたがトラックの運転手をしていらっしゃったことは、先ほどのお話でわかりましたが、あなたがPKLに第一歩を踏み入れたのは、ピールス・ビールのためのテレビ・コマーシャルのアイデアを売り込んだためというのはほんとうですか?」
ホランド 「前にもお話したように、私は、アイスクリームのトラックの運転手でしたが、PKL出勤した最初の日にこのトラックは売り払ってしまいまた、ピールス・ビールのコマーシャルの件については、別に私のアイデアを売り込むといったようなことはやりませんでしたよ。その当時は、飲みもしなかったんですよ。今では、そのうめ合わせをしていると言われるくらい飲んでいますが(笑)」
chuukyuu 「簡単でいいから、あなたのこれまでの経歴を話してくださいませんか?」
ホランド 「生まれたのはコネチカット州ボケカタックという町で、コネチカット州立大学に入学が決まった20歳の時までそこで過ごしました。
4年間の大学生活の最後の年に徴兵検査を受けさせられ<そのまま陸軍に人隊が決まりました。陸軍では殺し屋の訓練を受けました。これが何であるかと訊かれてもちよっと話すわけにはいきません。というのは、これは軍の最高機密に碍するもので、これを話したら、私は後であなたの舌を引かなくてはならなくなりますからね。
除隊後は、コンソリデイテッド・インターナショナル・エレクトリック・コンストラクション社というえらく長い名前のついた会社に職を見つけました。どうやらこの会社は、できるだけ社名を長くしようとしたらしく、どこから寄せ集めたのか、この四つの単語をくっつけ合わせて社名にしたらしいのです。
当時この会社は、パナマ運河の底に沈めてある25サイクルの電線を60サイクルに取り替える仕事を請け負っていたのですが、入社して6カ月が過ぎようとしているある日、これを監督する仕事が私にまわってきました。これは、パナマ運河の底に電線がしっかりと埋め込まれたかどうかを確認する役目だったのです。
いよいよ現場での仕事が始まったのですが、そんなある日、この仕事の担当者であり、私の偉大な友であったボブ・ルパインがべドロ・ミゲル・ロックスにいる船はどうなっている」と声をかけました。「べドロ・ミゲル・ロックスというのはパナマ運河の第1水門のことなのですが、私は様子をうかがって、今度はケーブル・ラインをとり上げて技術主任に向かってこう報告したのです。『ミラー(これは主任の名前ですが)、ロン・ホランドが万事OKといっているから、パナマ運河の水門を全部締めていいぜ』と。
これが間違いだったんです。私の注意力が足りなくてOKなどといってしまったことで、次の日、私はさっさとこの会社をやめてしまいました。こういった仕事はどうやら私には向いていなかったようです。
それから今度は、自分でアイスクリーム・トラックを買って、3年間アイスクリーム屋をやっていました。その後はお話ししたとおり、アイスクリーム屋から足を洗ってPKLで働くようになったわけです」


コピーライティングを指導してくれた4人

chuukyuu 「PKL時代に、あなたにコピーライティングを指導してくれた人は?」
ホランド 「はい、4人ほどいました。まず、ジュリアン・ケ一ニグがその一人で、私は彼をこの世界のもっともすぐれたコピーライターであると信じていました。もちろん今もその気特は変わりませんが、また彼は、私がそれまでに出会った中でもっともすてきな人でした。
それから、フレッド・パパートもそうでした。彼の書くコピーは、私がそれまでに読んだどの広告よりも優雅なものでしたし、現在のものもそうです。
ジョージ・ロイス---彼もまたすばらしいコピーライターです。もう一人忘れてはならないのは、モンティ・ガートラー。彼はすばらしいコピーを書きます。まったくラクにですよ。
PKL時代は最高に幸せな時でしたね」
chuukyuu 「どんな方法で?」
ホランド 「『君の書いたコピーを読んでみて、もしそれが君の気に入らない、嫌気をもよおさせるようなものであるなら、それはおそらく質の悪いコピーじゃないのかい?』これがジュリアン・ケ一二グのやり方でした。
フレッド・パパートは、『真実を伝えなさい。だからといって、面白味のないものにしてはならない』といってくれました。
また、モンティ・ガートラーは, 『そいつはよくないね。もう一度机に向かってよいの書いてごらん」と、ただ一言。みんなすばらしい先生ばかりでした」
chuukyuu 「ということは、コピーライティングは練習を重ねることで上達するものではなくて、むしろ能力しだいということになるのですね?」
ホランド 「そうですね。コピーライティングをマスターするための方法といものはないと思います。コピーライティングに関するいくつかのルールを学ぶ方法はあると思いますよ。しかし、かつて、ジュリアン・ケーニグはよくこんなことをいっていました。『たとえば、君がバーで一杯やっていたとしよう。そこへまったく知らない人が近づいてきて、君のところで扱っている商品について説明を求めたとしょう。さて、君はどうするか? たぷん、あれこれと細かに話してやるだろう』と。これこそまさしくコピーライティングなのです。つまり、こうやって説明すること自体、すでに明解な、鋭得のある的を得たコピーを書いていることなのですから」
chuukyuu 「PKL時代と、今こうしてご自分の代理店を持った時では、広告をつくる上での違いといったものを何かお感じになりますか?」
ホランド 「長いことこの仕事をやっているのですから、すこしでもベターなライターになっていたら、と願います。技術を向上させるという点では一所懸命に努力してきたつもりですが、自分の代理店を持つようになり、したがってそだけ責任がふえてくると自信の持てる作品をつくろうと、よりいっそうの努力を惜しみません。これは大いに結構なことだろうと思うのですが、そうした責任感は、私をより仕事熱心にしますし、商品をいかにして売り込んだらいいか、どういった形で持っていったらいいのか、どのようにして売りつづけるか、という問題に正面から向かわせるのです」