創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

[アンチ・マジソン街の広告代理店PKL](1)


 いまはなきPKLという広告代理店で、天才的アートディレクターのジョージ・ロイス氏と、殿堂入りした伝説的コピーライター、ジュリアン・ケーニグが15分だけ部屋へこもれば傑作の広告ができてくるという神秘めいた話---この虚実を、『アンチ・マジソン街の広告代理店PKL』(ブレーン別冊 1969.7.20)から再録します。狙いは、クリエイター・グループへわたされていた[マーケティング計画書]の全貌を明かすことです。これは、3日目の25日に。
あわせて、ビル・ケイシーがやっていた[コピーライター養成コース]とその後の発展的段階のリポート。


第4章 アカウントマンにも、コピー教育を (4−1)


ケーニグ氏の教え


chuukyuu「PKLのクリエイティブ部門の人たちが、輝かしい才能の持ち主であることはわかっていますが、アカウント(得意先担当)部門の人たちにも同様にすばらしい人たちがそろっていますか?」
レブンソン「PKLのアカウントに従事している者のほとんどが、コピーライターとしての訓練を受けています。
たとえば、この私も、学校を出て、最初の1年間は、ケーニグ社長からコピーの教育を受けました。(写真=ケーニグ氏)

はっきり数えたわけではありませんが、PKLでアカウントを担当しているる者の60%が、ときにはコピーを書いたことがあります。
実際にコピーを書いたことのない者でも、みんな良いアドマンです。コピーについての鋭い感覚を持っており、広告の基本的な知識を持っており、人間を知っており、人間を見抜く力を持ち、良いコピー、良いグラフィックスというものを理解しています。
その上、私たちは、全体的な意味でのアドマンであることを要求されています。
スペシャリスト---よりもゼネラリストという意味でのね---。アカウント部のほとんどのものが高い職業教育を受け、有名なアカウント---ゼネラル・フーヅ、プロクター&ギャンブルなど−−−の仕事の経験者です。


(インタヴューに答えるセオダー・レブンソン氏)


私とレブンソン副社長との対話は、こうして始まりました。
考えてみると、ずいぶん失礼な質問から始めてしまったものですが、私の頭の中には、なんとかしてほんとうのところを聞き出したい---お世辞や自慢話やためにする宣伝文句はご免だ---といった考えがあったのです。
とくに、クリエイティブな分野の話ならば、私もそれに従事しているものの一人ですから、誇張や虚飾を見抜くことはできますが、アカウント部や調査のこととなると虚実を見分けるのがむずかしい。
そこで、少々荒っぽいやり方だけれど、思いきってズバリとリトマス試験紙をつけてみることにしたのです。
レブンソン副社長は、それがクセの、なんとなくものうげなポーカー・フェイスといってもいいような変化のない表情で、しかも言葉だけは、実にはっきりした発音で答えてくれました。


レブンソン「PKLでは、マーケティング面の手練とクリエイティブの手練との両方が必要とされているのです。
そう、DDBとペントン&ボウルズ代理店の、ほぼ中間の線をいっているといってよいでしょう。
これを可能にしているのは、もちろん、ケーニグ、ロイス、パパートの力です。
なぜなら、彼ら自身が全方位アドマン(whole advertising man)だからです。彼らは自分たちがつくる広告を、マーケティング計画、ビジネス計画から離して見るようなことはしません。
このことが、全方位アドマンとしてのカを持ってアカウント・マネジャー部門やマーケティング部門にいる人びとが同じように仕事に貢献できること---すなわちパパート会長がよくいう、『純粋な関係(pure relationship)、対等な関係(equal relationship)』を可能にしているのです・
PKLでは、アカウント・マン、コピーライター、アートディレクター、媒体係のすべてが、みな同じように鋭いと信じています。
実際にこの4人がテーブルを囲めば、すべての仕事が進行するのです。
問題を見い出し、解決策を出し、広告という形でそれを行動に移し、クライアントの経営に役立つマーケティング計画に合わせ、広告をつくり、媒体にのせ、その結果を検討するための必要な調査を行なう---といったぐあいに、これが私たちの基本的なやり方です。
PKLは、組織的にガッチリした会社ではありません。プランズ・ボードや委員会もありません。
最少限の組織とそれを文書化して残す仕事があるだけです。
なぜって、この4者会談が最も効果的なものだと信じているからです。
この方式で、それぞれの商品を担当させることが、すばらしい仕事を生みだすことになるわけです。
それは彼らのものなのですから。
委員会は、もっと安全な仕事をするかもしれませんね。まちがいを明るみに出すかもしれませんね。
でも、私たちはまちがいを歓迎します」


この解答とも説明ともいえるレブンソン氏の言葉で、私の心をかすめたものは、3人のクリエイティブ・メンによって創立されたPKLが、わずか6年のうちに、より基礎を固めて、失敗のないクリエイティブを目ざして努力しているということでした。


それはそれとして、私は、私の興味をひいたレブンソン氏の言葉じりをとらえ、
chuukyuu「ケーニグ氏があなたにコピーを教えたとき、彼はどんな点を強調して教えましたか?」
と再質問しました。コピーライターである私としては、最も尋ねてみたい点でした。
レブンソン「彼が強調した点は、今日でも彼および私たちの導きとなっています。
それは、人びとが興味を持っている商品についての『一つのセリング・アイデア』を見つけるということです。
そして、かならず良いものを選び出すということ。それからそれをイマジナティブな方法、示唆的な方法で表現することです」


大きな期待をもって答えを待っていた私は、すこし、はぐらかされた感じを覚えました。しかし、たぶん、私がまちがっていたのです。原理や原則というものは、いつでもこの程度のものなのです。
そんなものに期待するほうがどうかしているのです。
これが大学の講義なら、得意然と述べればこと足りましょう。
しかし、広告という実践の場では・・・創造という飛躍の分野では、原理や原則なんてものは念仏程度の価値しかありません。
私は、こんな原理や原則をきいて感心するためにニューヨークくんだりまで出かけたのではなかったのです。
私は、話を具体的な問題に返すことにしました。

コンプスは信用できない


chuukyuu「昨夕、ビル・ケイシー(William Casey---当時は副社長兼コピースーパバイザー。1966年6月にPKLを退社)氏のコピーライター養成所(Copy Course---後日、報告)を見学したんですが、そこでPKLのジュニア・アートディレクターの人が、生徒たちのコピー・アイデアをもとに、ラフ・スケッチを描いてやっていました。
その人から聞いたんですが、PKLがクライアントに持参するのはこの程度のラフ・スケッチで、コンプリへンシブはほとんど出さないということでしたが---」
レブンソン「そのことに関しては、ロイス副社長がご説明すると思いますが、私からもお話しましょうか?」(写真=ロイス氏)
chuukyuu「ええ、そうお願いできれば---。それから、プロパー椅子のアカウントがまだPKLにあったころのことだと思うのですが、朝のうちにへッドラインとクレヨンで措いラフができると、それをポケットにねじこんでハーベイ・プロバー社にでかけていき、ちょっとの間おしゃべりをして、やおらラフをとり出し、しわをのばしてハ−ベイ社長といっしょにそれを検討する。ハーベイ氏は、たいていその広告を気にいってくれるから,そのアカウントマンは、ふたたびそれをポケットにねじこんでPKLに帰ってくる---といった、ひどくのどかな話をなにかで読んだことがあります」
レブンソン「そんなこともあったでしょうね。でも問題は、そんなことではなくて、あの『もし、ハーベイ・プロバーの椅子がガタガタするのなら、お宅の床を削ってください』というアイデアがどこからきたかでしょう。



ハーベイ・プロバーの椅子がガタガタするようなら、お宅の床のほうを削ってください。


マサチューセッツのフォールリバーの工場でつくっているハーベイ・プロバーの家具はすべて、テスト台に乗せて水平かどうかを確かめます。もし、あなたもお求めになったのなら、正しくこの合格品です。このために、プロバー氏はたくさんの家具をムダにしているんです。プロバー氏の家具は、サテンのように光るまで磨かれます。人間の手と呼ばれる5本の指をもったすばらしい機械で仕上げられるのです。こうした仕上げっぷりは、つくるには時間をくうけれど、使うには長もちします。ごらんの魅力的な椅子は、14本もの合わせ釘や2ヤードもの布を使わなくても、そしてもっと薄い木材なんかでもつくられましょうが、ハーベイ・プロバーは知っています。もちろん、2,3年もたたないうちに、あなたも思い知らされるでしょうが。




If your Harvey Probber chair wobbles, straighten your floor.


Every piece of furniture Harvey Probber makes at Fall River, Mass., is placed on a test platform to make sure it's on the level. If you get it, it is. Mr. Probber loses a lot of furniture this way.
Mr. Probber's furniture hasan almost luminoussatinfinish.ltis produced by a unique machine that has 5 fingers and is called the human hand. ---Ibis luminous finish takes a long time to achieve, but it lasts a long time.
The lovely chair above could be made with 14 less dowels, 2 yards less webbing, thinner woods and so forth. You wouldn't know the difference, but Harvey Probber would. Of course, in a few years you would know too.


あの場合、工場へ見学に行ったことでアイデアが生まれたんです。工場で水平テスト台を見て、それがこの工場にしかない特殊なものであることを知り、ケーニグがヘッドラインをつくり、ロイスが椅子の下にマッチ箱を置くことを考えたんです。それらがいっしょになって、あの広告ができたんです」


chuukyuu「コンプスについてのあなたのお考えを---」
レブンソン「そうでしたね。簡単なレイアウトは、2つの利点を持っています、1つは私たちのため。もう1つはクライアントのため。
PKLのライターやアートディレクターには、考えることが必要だとされています。美しいレイアウトでつまらない貧弱なアイデアを覆いかくすことはできません。もし、レイアウトがシンブルなら、アイデアはよいものでなければなりません。
これは、クライアントがよい広告を買うための助けとなることでもあります。美しいコンプスを見せたら、クライアントは『美しい』というかもしれませんが、言葉がそれに伴っていなければ、それはレイアウトだけのことになってしまいます。
レイアウトがアイデアをうち出したものであれば、どんな写真にしたらいいかというようなこともすぐにわかります。
じじつ、ジョージ・ロイスや他のアートディレクターたちが写真を撮りに行くことになった場合、彼らは自分たちが望むものをすっかり理解しているわけです。
他の広告代理店だったら、2〜3日かかるでしょう。アイデアがないんですから。それが食品の写真だとした場合、ただ美しく皿に盛られただけの写真を数百枚も撮り、その中でいちばん良いものを選ぶという方法をとるでしょうからね。
これがロイスだと、どういう写真にしたらよいかのはっきりしたアイデアがあるから、半日で終わってしまうでょう」
アカウント部門の人からこんな話を聞こうとは、私は予想していませんでした。確かに、レブンソン氏の話はいちいちもっともです。


しかし、私の心配は別のことでした。


chuukyuu「ラフ・スケッチを持っていくのでは、アカウント・マンとして困ることはありませんか?」
レブンソン「ほとんど、コンプスは持っていきませんよ。ラフばかりです、ただし、専門外の人----重役などに見せるときにはコンプスを持っていきますがね。
とにかく、コンプスを出すことはいい広告をつくらず、かえって悪いものにしてしまいます。クライアントは、コンプスを見て美しいというだけ。アイデアのないものになりやすいですね」


私はこのとき、DDBのアソシエイト・コピー・チーフであるローゼンフェルド(Ron Rosenfeld)副社長が私に日本料理店「吉兆」で昼食をおごってくれたあとで五番街を散歩しながら、 「DDBのアカウント・マンはだらしがない。DDBには、良いコピーライターがそろっている。良いアートディレクターもそろっている。けれど、良いアカウント・マンが少ない。クライアントをつなぎとめているのは、アカウント・マンではなくて、われわれクリエイティブ部門の人間なんだ」ともらしたのを思い出しました。
そのとき、43丁目への信号が青に変わったので、それきり、私たちは、その問題について話し合うのをやめたのでした。
しかし、ローゼンフェルド氏のその言葉は、私の心に小さなシコリのようになって残ってしまいました。
ですから、DDBのコピー・スーパバイザーであるパーカー(Rore Parker)夫人が休暇を日本で過ごすために来日したとき、「ロンがこう言ったけど、どう思う?」って尋ねてみました。
パーカー夫人は、ちょっと困ったような表情を浮かべながら、「良いアカウントマンと組むと、私たちすごく助かるわね。私にも経験が幾度かあるけれど---」と答えました。


私は、レブンソン氏の答弁、PKLの雰囲気などから、PKLとDDBの気風の違いとして、PKLのアカウント部はクリエイティブ部門をすごく助けているように感じました。


レブンソン「アカウントマンは、2つのことに貢献します。1つは、良い広告をつくること。もう1つは、その広告を有効に働かせること。

前者では、クリエイティブ部の人たちに、調査の結果に基づぐ情報や、自らの創造的思考による洞察を報告するわけです。
広告をうまく働かせるためには、マーケティングの他の要素が広告を助けているか、阻害していないかなどに注意します。
たとえば、ある商品の流通面に限界があるときには、ある額の広告費はムダになってしまいます。そういうときには、商品の流通面を改良すれば広告がよく働くというわけです。
パッケージング、価格、プロモーション、その他についても同じです」
こういったアカウント・マンの役割についての細目は、別に目新しいことではないでしょう。問題は、文章化することではなくて、広告というビジネスの場で、アカウント・マンがすすんで創造に参加しようという情熱に燃えているかどうかなのです。
クリエイティブ部門の人たちは、アカウント・マンを無能者呼ばわりし、二枚舌のウソつきで、お金と模倣だけが特技とばかりにののしりがちなものです(いいえ、日本の話ではありません)。
しかし、無能者呼ばわりされてのちに偉大さを発揮したのは芝居の中の大星由良之助だけです。
PKLでは、違うようです、ですから私は、アカウント・マンと喧嘩しなくなったロイス筆頭副社長のことを、 しつこくレブンソン氏に尋ねたのです。
chuukyuu「アカウント部の組織を説明してください」
レブンソン「3人のアカウント・マネジャーの下に、6人のアウント・スーパバイザーと、15人のアカウント・エグゼキュティブがいます。このほかに少数のジュニアAEがいます。
そして、だいたい1人が1社を担当していること、1人のアカウントマンの扱い高は年額4〜500万ドルであること<ジュニアAEは100万ドルぐらいのアカウントから始めて、それがこなせたら、150万ドル、200万ドルと昇格させていく」---などと話してくれました>


chuukyuu「見込みクライアントへの働きかけはどうしていますか?」
レブンソン「PKLの場合は、先方からやってくるのであって、私たちのほうから働きかけることはしません」
chuukyuu「では、競争ということはないのですか?」
レプンソン氏「ある意味では、すべての広告代理店は競争しているといえますね。しかし、ある広告主が数社の候補代理店をあげ、その中にPKLがはいっている場合でも、こちらから働きかけはしません。
仕事をみて、先方からやってきます。こちらから働きかけますと、良くない結果をもたらしますからね」
なぜか私は 「広告主は、どうしてPKLのことを知るのでしょうね?」と質問するのをためらってしまいました。
「いい広告をつくっているからですよ」というきまりきった答えが返ってきそうな気がしたからかもしれません。


明日は、[PKLの作業手順]と[マーケティング・プロファイル]を。