創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(488)パーカー夫人のスピーチ(2)

DDBのクリエイティビティの秘密(2)



講演者:ローリー・パーカー夫人
DDB 副社長兼 コピー・スーパバイザー(1966年当時


クリエティブ・チームとアカウント


アカウントの割当は、非常に民主的な方法で行なわれます。
副社長の肩書きをもっているアート・スーパーバイザーが、ぺいぺいのコピーライターと組んで仕事を行なうこともありますし、逆に、アソシエイト・コピー・チーフが何の肩書もないアートディレクターと組むこともあります。


組合わせを決定するにあたり、考慮されることは、誰がその仕事に適しており、その仕事を行なう余裕があるかどうかということだけです。


アカウントがあるチームにいったん割り振られますと、もうそのアカウントは完全にそのチームのものになります。そのチームの責任になります。


広告代理店の中には、クリエティブ・スタッフの一群を一つの問題に割り振り、それぞれを競争させることによって、いい作品を生み出そうとしているところも数多くあります。
これは、「自分の考えたキャンペーンが採用される見込みはどうせ薄いのだから、一生懸命になって仕事に打ち込む必要があるのだろうか」という態度を持たせてしまいます。


DDBのクリエイターは、一人一人が任かされたアカウントに責任を取るのは自分だけだという責任感にあふれています。
この場合、アカウントというのは、アカウントの広告活動に使う媒体すべて--- 印刷媒体、テレビ、屋外広告物--- のことを指しています。
印刷媒体担当のコピーライターとか、テレビCMのコピーライターという区別はありません。
もし、あるアカウントが大きすぎて1チームの手に負えないという場合には、製品によってチームを分けます。
一例をあげますと、VWのステーションワーゴンはVWのセダンとは別のクリエティブ・チームが担当してます。
このように、私たちの担当はすべてであり、媒体別ではありません。


古典的撫作ユチカビール


実際の仕事振りはどうなのでしょうか?
コピーライターとアートディターが向いあって坐り、作品を創り出すのでしょうか?
まだまだです。
まず第1に担当の商品やお得意、市場、訴求対象、広告によって解決しようとしている問題点や、広告目的について知る必要があります。


エスビス・レンタカーの「私たちは業界で2位なのです。だから一所懸命にやっています」というキャンペーンなどは、クリエティブ・チームの人たちがエイビスの業界での地位や、1位のハーツとの競合状態を熟知していなければ、とうてい達成することはなかったでしょう。


ですから、クリエティブ・チームがクライアントを訪門し、マーケティング担当者や製造責任者、販売部長と話し合い、工場を見学することもあります。


クリエテイブ・チームはDDBへ戻り、社のマーケティング担当者や調査担当者とディスカッションを重ね、担当の商品に関し、もうこれ以上知る必要がないというまで調べ上げます。


私個人のことになりますが、商品を取りまく状況を完全に理解するまでは、キャンペーン・アイデアのひとかけも心に浮ばさないように、きつくいましめます。
というのは、そうしないと、事実に適したキャンペーンを考えるというより、キャンペーンに事実を合わせてしまう弊に陥るからです。


ときによっては、クライアントの口からキャンペーン・アイデアがそのまま完全なコトバになって出てくることがあります。


ユチカビールのアカウントをはじめて獲得した時のことです。
クライアント側の代表は、創業者一族の後継者だった人ですが、昔ながらの時間をかけたビールの製法---これで、たいへんコクのあるビールができ上るのですが--- の説明をしておりました。
この説明会には、ビル・バーンバックもちょうど出席していたのです。
クライアントが、ふと、「これほどまでにしてビールを作って、ひき合うのかどうか、ときどき不思議に思うことがある」と嘆いたのです。


その言葉を聞くと、ビル・バーンバックは手を叩いて、「それこそがヘッドラインです」と声をあげました。


で、ユチカビールの一番最初の広告には---後に広告の古典的傑作の一つになったのですが---ユチカビールの社長の写真と長文のボディコピーを使ったもので 「ときどき私は、こうやってビールをつくって引き合うのが不思議に思うことがあります」というへッドラインを置きました。電通刊 『季刊クリエイティビティ』6号より 山田正冶氏訳)







chuukyuu注】ユチカ・クラブ・ビールの、この時にできた広告のことを、バーンバックさん自身が、1966年5月10日の日経ホールでのスピーチで、以下のように語っています。(『日経広告手帖』1966.5.15号より)


信憑(ぴょう)性が重要


次に申しあげたいことは、広告の原則のなかの非常に重要な部分についてです。
それは信憑性です。
前にもお話ししましたが自分のところの製品は他のよりもいい、最優秀だ---とばかり言っても、人びとは信じてくれません。
人びとが信じてくれるようには、どうすれば到達できるでしょう。
その例として投映するのが、ユチカ・クラブというビールの広告です。
このクライアントから話があったときに、この会社へ行っていろいろ話しあいました。
これは当然のことで、新しいクライアントと取引き契約を結ぶときには、必ずそこのビジネスについて知れることをなるべく聞きたいわけです。
ユチカ・クラブ・ビール醸造所の社長は非常な老人で、ションボリした感じを受けました。
なぜなら、過去5年間にビジネスが落ちていたからです。


彼は、いろいろなことを言いました。
ドイツから最優秀な製造設備を持ってきて、原料も最良のホップを使い、経験の豊富な職人を使っていながら、方々のビール会社がいろんなトリックを使って売り上げを上げているのに、うちは落ちている。
ビールをこんなつくり方をして、ほんとうに儲かるのだろうか---彼のこの言い方には怒りがこもっていました。
これを、大衆に対して使えば非常にいい広告になる。
そこで私どもは、「これほどまでにしてビールを作って、ひき合うのかどうか、ときどき不思議に思うことがある」というのをそのまま使いました。
つまり、大衆に向かって、彼の怒りをぶつけたわけです。
そして本文をつくり、そのなかにいろいろなことを書き、創業者である彼の父、またその同僚の写真を入れ、そしてまた、「このような倫理的なビジネスをやっていては、米国ではもうダメなんだろうか」といった怒りをうんと入れ、最後に彼にサインさせました。
これが信憑性というものなんです。
彼は怒りを大衆にぶつけることによって、結果として、信憑性が出てきたわけです。


そして、ビールの売り上けがあがりはじめ、ほうぼうから手紙がきました。
「どうぞ、破産しないで、ビールづくりを続けてください。米国には、あなたのような正直な実業家が必要なんですから---」


5年連続で落ちていた売り上げが、創業60年以来、初めて繁栄に入り、どんどん上がってきました。
人びとは、自己満足の、自分のところはこんなによいのだといった広告を聞きあきています。
消費者は子どもでないから、そんなことで長くだまされないわけです。
この広告が出た直後に別の手紙がきました。その人は、広告コピーを社長が書いたとおもったのでしょうね、
「これで社長さん、あなたはマジソン街の連中のハナをあかせましたね」(会場、笑声)。一部、文体を替えています。


参照】 「ときどき私は、こうやってビールをつくって引き合うのが不思議に思うことがあります」につづくこの時代のビールのうまさの秘密は?(←クリック)のボディ・コピーで、メッセージ内容をご想像ください。




>>(3)「アートディレクターとコピーライターの関係」「バーンバックのOKをとるまで」