創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(490)パーカー夫人のスピーチ(4)


手持ちの『DDB News』10年分ほどの中で、編集部は2度同じ企画をしている。「戻って来てほんとによかった」---つまり、給料の不満とかポストの向上とかの理由でDDBを辞め、別の代理店へ転出したものの、やっぱり、DDBのクリエイティブの自由(?)というか、作品の質の高さが恋しくなっての出戻り組の発言特集です。特集ができるほどの数がいるということなんです。


他の代理店とDDBのクリエイティブについての考え方の違いも明らかになります。


そろそろ、給料のことも考えて---とひそかに思っているDDBerに対して「ちょっと待て。考えなおせ」的な狙いもあったかもしれません。


come back歴保持者の第1号がパーカー夫人なんです。彼女はDDB創立4年目にコピーライターとして入社(別の代理店で秘書をしながらコピーを勉強)、2年後にもっと高い給料を求めてほかの代理店へ移ったが、そこが我慢ならないような代理店と合併したので退職。ところが次の代理店もまたも合併(1950年代後半期の代理店の合併は、1970年代の雨後の筍的新しい代理店の誕生と同じくらい日常茶飯事のことでいた)。
パーカー夫人は、3年後の1959年---DDBにVWが入ってきて令名が不動のものとなった年---に戻ってき、以後ずっとDDBでクリエイティビティを発揮しました。


DDBのクリエイティビティの秘密(4)



講演者:ローリー・パーカー夫人
DDB 副社長兼 コピー・スーパバイザー(当時


クライアントのOKをとるまで


それでは、アカウント・エグゼクティブ(AE)の発言権はどの程度のものか、知りになりたいでしょう。
AEはキャンペーンを却下できるのでしょうか? 
もちろん、できます。
もし、キャンペーンが、商品のマーケティング上の目的に合致しないならば、です。
しかし、 「ぼくの考えに一致しないから」という理由では、却下することはできません。
数年前、ビル・バーンバックとネッド・ドイルの2人が共同で、クリエイティブ・グループとアカウント・グループ両者の責任を規定した、有名なメモを出したことがあります。
アカウント・グループの人間は、何をいうべきかを規定すべきであり、クリエイティブ側の人間は、それをどうやって表現するか完全な自由を持つべきなのです。


アカウント・グループとクリエイティブ・グループの両者の意見が対立して暗礁に乗りあげる場合も数多くあります。


その場合、問題解決の道はただ一つあるだけです。
ビル・バーンバックに決断を仰ぎに行きます。
この点については、後ほどふれることにしましょう。


次の問題は、クライアントのいい分をどこで認めるかです。
「どうもキャンぺーンがぼくにはピンとこないよ」ということができるのでしょうか?
実際には、このようなことは、あなた方がお考えになるほど起こるものではありません。
というのは、わが社のクライアントは---わが社を自分たちのエイジェンシーとして特に選んで採用した---という理由から、我々の仕事にたいへん同情的だからです。


しかし、クライアントもキャンペーンをボツにします。
その場合、私たちは、そのキャンペーンで気に入らぬ点がどこにあるかを問いつめます。
納得できるものであれば、社に帰って別のキャンぺーンを考え出します。
もし、クライアントのいい分が納得できないものであれば、私たちの考え方を納得させるよう努力します。
しかし、キャンペーンを2案、3案、あるいは1/2ダースも提出して、クライアントのほうで好きなのを選んでいただくということは、決していたしません。2案も3案もキャンペーン案を提出するのは、患者に「みどり色」の錠剤や「青」「むらさき」の錠剤を見せて、どれでも好きなのを飲みなさいとすす、めるヤブ医者のようなものだと考えます。
クライアントのほうからは、もちろん、どこが悪いか言っもらわねはなりません。
しかし、私たちは診断を下し、処方箋を書く専門家なのです。
もし、使った治療法が患者に合わないとしたら、他の方法をやってみます。
しかし、選択の重荷を患者に負わせるのは、私たちの責任を回避することになると考えます。


テレビCMの制作


次にテレビCMの場合、プロデューサーの権限をどの程度まで認めるかの問題です。
DDBでのプロデューサーの役割に関して、残念ながら誤解があるのではないでしょうか。
世間一般の考えによると、DDBのプロデューサーで幸福なのは才能のない者だということです。
その理由は、アートディレクターとコピーライターがどうしたらいいか、正確に指示してくれるからだというのです。
この考えは、完全に間違っていると思います。プロデューサーは、クリエイティブ・チームの一員です。
CMをよくするのも悪くするのも、彼次第です。
プロデューサーの割わりは、アートディレクターとコピーライターの任命が行なわれるのとほぼ時を同じくして、テレビ制作部長ドン・トレバーが行ないます。



参照DDBのテレビ・ラジオ制作部クリック
ドン・トレバー(Don Trevor)/プロダクション ディレクター


TVCM案は、アカウント・グループに見せる前に、プロデューサーと打合わせが行なわれます。
プロデューサーの側から問題点を指摘し、そのCM案をオクラにしてしまう場合もありますし、あるいはプロデューサーの意見に基いて、CMがよりよくなる場合もあります。
何はともあれ、CMが良くなるかならないかは、プロデューサーによって大いに左右されるもので、彼はいわば赤ん坊を取り出すおサンバさんといったところです。
プロデューサーのする仕事は、見積を各プロダクションから取り、プロダクションを決め、配役・小道具・セットデザインを監督し、制作日程を出し、その他あらゆることに気を配ります。


このようにして、実際の撮影の段階になりますと、DDBの2名のクリエイティブ・チームは、3名のチームに拡大されます。
プロデューサー、コピーライター、アートディレクターの3名はいわば古代ローマ三頭政治のシステムのように、お互いに相談し、提案したり、批評し合いながら、密接に協力し合いながら、作業を進めます。
この3者の代表(スポークスマン)はプロデューサーで、たいていカメラマンのすぐ後に立うており、このプロデューサーにコピーライターとアートディレクターの2人が何やらかんやら注文をつけるという具合です。
注文をつけるのはプロデューサーで、しばしば演出家の立場で行動します。
社外のCMディレクターをやとうことは、殆んどありません。
3名のチームのほうが、お互いに何を望んでいるか、よく知っているからです。


コピーライターとアートディレクターの2人は、もちろん撮影の現場に立合います。このクリエイティブ・チームに最後の最後までの責任があるわけで、多分、これに対して社外の演出家が反対するのでしょう。
しかし、DDBのCMプロデューサーはこのようにして作業を進め、他のどこの広告代理店のCMプロデューサーよりも獲得した賞の数が多いのです。
すぐれたクリエイティブ・チームといっしょに仕事ができるというのは、どのプロデューサーにとってもプラスになることと思います。


参照
ロール・パーカー夫人とのインタヴュー
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