(307) ボルボの広告(1)
先日、書庫を整理していたら、『日米コピーサービス』299号('76年6月10日)[特集VOLVO]がでてきた。ぼくは6月9日生まれだから、35年前---43歳になった翌日の号で、ずいぶん、生意気な口をたたいていた。いまなら、もっと謙虚なはずだが---。そのおしゃべりを引用しながら、人との出会い、クリエイティビティ、製品と環境などを考えみたい。
まず、229号の、生意気な談話筆記から。
1点の広告が,私をスウェーデンまで出向かせた
ご存じない方のほうが多いと思うけど、私は今(1976年)から8年ほど前(1968年)に『ボルボ』という新書版の本を上梓しているんです。
ええ、誠文堂新光社のブレーンブックスの1冊として---奥付をみますと、昭和43年7月20日発行---となっています。
部数は、確かなことは忘れましたが、ブレーンブックスとしては異例の、1万2,000部だったように思います。ふつうは、3,000〜5,000部でしたね、あのシリーズは---。
『ボルボ』って表題のほかに、副題がついていましてね。
「スウェーデンの雪と悪路が生んだ名車」
ってのがそれです。
編集部がつけた売りこみ文は、
「(品質quality)(安全性safety)(経済性economy)で、世界の安全車となったボルボの歴史を現地に取材」
そうなんですよ。ほんとうに、1967年に現地取材をしたんです。どうしてそんなことをしたか----同書からちょっと引用してみましょうか。
「スウェーデンまで来てしまった」
昭和42年10月17日---私は、ゴーテボーグ(スウェーデン流にいえばイェーテボイ)空港に降り立った。
雨まじりの強風が横なぐりに吹きつけてきて、午前11時だというのに、外は薄暗かった。
ついにスウェーデンまで来てしまった---私は、私のもの好きさに自分でもすこしあきれてしまって、税関待合室の窓からのぞける空港ビル前の黒い岩肌をながめながら、そう思った。
私のもの好き旅行は、いまに始まったことではない。
ドイル・デーン・バーンバック(DDB)広告代理店を見たくて、ニューヨークへ何回も出向いたり、トミ・アンゲラーというイラストレイターの生母を取材するために、北フランスのストラスプールへ行ったりしてきた。
そして今度は、ボルボという自動車のことが調べてみたくなったのだ。
ボルボはスウェーデンの車である。だから、スウェーデンまで来てしまったわけ。
実をいうと、日本を発つ1ヶ月前まで、私は、イェーテボイがスウェーデンのどこにあるのかさえ知らなかった。
ボルボの工場がイェーテボイにあろうとどこにあろうと、出掛ける決心に変わりはなかった。イェーテボイがスウェーデン第二の、人口42万の都会であり、貴重な不凍港であり、コペンハーゲンから飛行機で約1時間の距離にあり、さらに1時間20分でストックホルムへ行ける---などという事実を知らなかっとしても、私は気軽に出発したはずだ。そんな知識は、飛行機の中で旅行案内書を読めばわかることなのだから---」
「程度のいい中古のVWをお捜しなら」
私の興味をボルボに向けさせてしまったのは、1966年3月25日号のライフに載った広告だったといっていいです。
程度のいい中古のフォルクスワーゲンをお捜しなら、
ボルボのディーラーへお越しください。
前からボルボを持っている人を除いて、フォルクスワーゲンに乗っていらっしゃった人が、一番多くボルボを買ってらっしゃることを知ったときの、私たちの最初の言葉は、「そいつはすてきだ」でした。
その次の言葉も「そいつは、すごくすてきだ」
フォルクスワーゲンの堅実性については、ほとんどのメーカーが認めています。
そして、そのオーナーが小型のエコノミーカーの段階からもうすこし大きい車に乗り替えようと考えたときに、まず、ボルボ販売店へお越しになるということは、十分に意味のあることです。
私たちは、こう言い続けてきました。ボルボは、ハイウェーに速度制限がなく、未舗装の道路が7万マイル以上もあり、ドライブが市民の娯楽となっているスウェーデソで、平均11年間も乗られているコンパクトカーです---と。
私たちは、ボルボのタフさについて、自分の口から語るのはひかえましょう。
代わりに『カー&ドライバー』誌の記事を引用します。
「ボルボは、最も美しい車とも言いかねるし、最も速い車とも言いかねる車として知られている。
しかし、最も丈夫な車---と言えるかも知れない。たぶん、戦車の性能試験場の外では最もタフな車であろう。そして、ボルボの特長をすすんで証明してくれる所有者の数は、次第に増えつつある」
確実性に加えてボルボは、かつてフォルクスワーゲンの所有者であった人たちに示しうる2つの別の利点を持っています。
ボルボは、自動変速機付のものでも、リッターあたり10.6km走ります。ボルボはこのクラスのいかなる車よりも速く加速します。そして、このクラス以上のいくつかの車よりも高い最高速度を秘めています。
もちろん、ボルボとフォルクスワーゲンの所有者だけがボルボを速く走り、修理費が安く、値段よりも長期間使える車だと正しく理解なさっているわけではありません。
フォードやシボレーの愛好者の多くもボルボに買い替えていらっしゃいます。私たちは、これも意味のあることだと考えています。これらの車は、ボルボと同じ価格クラスにあるのですから。
昨年、69台のキャデラックがボルボに乗り替えられました。あなたはどうお考えですか。
If you'd like a good used Volkswagen.
see your Volvo dealer.
When we discovered that former Volkswagen owners buy more Volvos than anybody except
former Volvo owners, our first reaction was "That's nice."
Our second reaction was "Thars very nice."
Volkswagen has a reputation for reliability that most car makers would give their eye-teeth for. And when a VW owner has to step out of his little economy car into a bigger car, it's significant that he so often steps into a Volvo.
Volvo, we keep saying, is the compact that lasts an average of eleven years in Sweden where there are no speed limits on the highways, where there are over 70,000 miles of unpaved roads, where driving is virtually a national pastime.
And when we're not boasting about Volvo's toughness in our own words, we use other
people's words. Like what Car & Driver magazinewrote: "Volvo is not the prettiest car known to man, nor is it the fastest. But it may be the strongcst... possibly the toughest vehicle anywhere this side of the Aberdeen Proving Grounds (that's
where the Army tests tanks) and there is a growing legion of happy owners in the United States who will be glad to verify the point."
Besides reliability. Volvo has a couple of other virtues that appeal to former Volkswagen owners. Volvas deliver over 25 miles to the gallon, even with autmatic trasmission.
Volvos out-accelate eyery other compact in their class, and run from a few cars that are out of their Class.
Of course, Volvo and Volkswagen owners aren't the only people who appreciatca car thatgoes fast, costs little to operate, and lasts longer than the payment book.Ai A lot of Fords and Ghevy' are traded in on Volvos, too. We figure that makes sensc. They're jn Volvo's price range.
69 Cadillacs were also traded in on Volvo last vear.You figure that one out.
LIFE, March 25, 1966
もちろん、のちほど説明する事情から、いくらかの関心はありました。けれど、それを決定的にしたのは、この「程度のいい中古のVW をお捜しなら、ボルボのディーラーに越しください」という見出しの、 米国ボルボ社が米国市場へ向けて出した広告です。要するに、私にはオッチョコチョイの性癖があるのですね。一つの広告をみたくらいでジェット機に飛びのってしまうなんてこと、賢い人ならやりませんよね。
しかも、すべて自費なんですから---。
そうですね。あの時のスウェーデン取材でいくら便いましたっけ。旅費・通訳料が60万円、帰国後の資料整理費に30万円。これ、完全な出費です。
本を書きあげるために要した時間は4ヶ月(もちろん、夜と土日だけ) だったと思いますが、これは計算外。
『ボルボ』の定価は350円。印税はたしか8%だったと思います。
1冊につき28円。その1万2000部。ざっと32万円ですか。
でもね、私はこれまで(1976年)に33冊ばかり本をだしてきましたが、初版の印税は自著でいただいて配ってしまいますから、実際には1円も手にしないのです。
『ボルボ』の場合は、初版きりでしたから1円も入らず---といったほうがいいのかな。取材費の90万円は完全持ちだし---9年前(今日からだと40年前)の90万円はいまの150万円くらいの値打ちがありましょうかね。もっとでしょうね。
いや、話がみみっちくなりました。でもね、私はこう思うのですよ。
自分を鍛えるためのカネを措しんじゃいけないって。
それにしても、あの頃はよかった、1点の広告で、私をスウェーデンくんだりまで駆りたてる力のある広告があったんですから。
そうそう、忘れないうちに書き加えておきますとね、当時、日本には車に対して「安全性」なんてコンセプトはありませんでしたよ。トヨタやニッサンの車が、安全性の点で米国でその欠陥を指摘されたのは、この『ボルボ』の本がでてから1年後でしたものね。
つまり、私は、先走りすぎていたのですな。ですから、ボルボも1万2000部を売るのがやっと。再版なし。
ところが、妙ですねえ。5年後、8年後の現在になって、『ボルボ』の本が求められているんですって。絶版ですから古書店にしかないわけですが、その古書店にもでないのですね。お持ちの人、高く売れますよ。(笑)