創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(239)『メリー・ウェルズ物語』(14)


ほんの数年間に発せられたメリーの語録を、喜んで広めたメディアは数多い。広告業界紙・誌はとうぜんとして、一般紙・誌、ビジネス紙・誌にまでおよんでいる。ここには収録できなかったが、テレビ・メディアへの露出も相当の頻度だったろう---メリー自身もテレビへの出演を好んでいたフシがある。話題の再生産が彼女の真の目的であったとしても、その底では、幼いときから演技訓練を受けてスポットライトがあたたったときの興奮と陶酔を感じていたのだとおもう。そうなんだ、広告の一流クリエイターには、話題づくりの才能が必要だということを、彼女ほどみごとに実践してみせた女性は少ない。それを裏で演出していたのが、経営のスペシャリストの夫・ハーディング・ロレンスであった。彼女の語録の中に、経営者的なものが多いのはそのせいであろう。80歳の彼女が新たに登場したブログを読んでおもったのは「スズメ百まで踊りを忘れず」だった。嬉しいではないですか。

第11章 メリー・ウェルズ語録(了)

▼広告の目的

「WRGの社員は、自分あるいは仲間の誰かがすごく魅力的だと感じるコマーシャルをつくり出したという満足感よりも、結果として売り上げが上がったかどうかのほうに興味をもっています」 (「AA」1971.4.5)
メリーはコーシャルの娯楽性を強調する。広告自体が話題になることによって広告の効果も高まり、商品への注意もよりひきつけることになるからである。
それにもかかわらず、「WRGは美術館に買い上げられたり、コマーシャルのためのコマーシャルをつくることに興味を持っているのではありません」(「株主への報告」前出)とか、「広告代理店は広告制作者のための画廊を経営しているのではありません。クライアントの製品を売る仕事をしているのです」(「AA」1968.7.1)と繰り返し強調している理由は、敵に対する煙幕であろう。敵はしっこく、WRGのスキャンダラスなコマーシャルに攻撃をしかけている。敵とは凡百の広告しかつくれない凡百の広告代理店であり、老人たちである。
「私には、情報を集め、製品を見つめ、マーケットを見て、これらすべてのものをまとめて、私たちが言わなければならないことと、その要点にいきつくことができるという私独特の能力があります」(「AA」同)
こう言ってメリーは、敵たちと自分との区別をはっきりさせる。
「会計士からすぐれた広告解決策が生まれるとは思いません」(「講演」前出)と別の区分もしてみせている。
「たいていの広告代理店は2つに分類できます。正しい作戦を立てることはできても、効果的な方法でそれを実施できない代理店、もう一つは、制作面では効果的にでも適切な方向に目標を置いていない広告代理店です。WRGは、前者については適切に、後者についてはすてきでありたいと努力しています」(「AA」1968.7.1)
他と異なること、他に先んじるためには単に一歩先へ出るだけでなく、背後から矢を射る者への攻撃余力も持っていなければならないことを、メリーのこの言葉が示している。
それでもメリーが広告をつくりつづけるのは「広告のように刺激があってすごくおもしろい仕事はほかにありません」 (「AA」1971.4.5)からであり、「私は広告は世界一楽しい仕事だと思っています。世界中に出かけて行きます。重要な問題を解決する機会を持っています。たくさんの人に会えます」(「AA」1966.4.18)からである。
「私の人生で最も価値のあるのは、仕事です」(「カレント・バイオグラフィ」)前出)(この章・了)
(敬称略)


明日からは、>>第6章 もっとセクシーな車を---(入力には、アド・エンジニアーズの安田さん(コピーライター)・浅利さん(コピーライター)・桑島さん(デザイナー)・小林さん(プロデューサー)のお力を借ります)


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