創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(73)『かぶと虫の図版100選』テキスト(18)


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1970年3月20日フォルクスワーゲン・ビートルに関する2冊目の編著書の新書版『かぶと虫の図版100選』をブレーン・ブックスから上梓しました。そのテキスト部分の転載です。

広告している製品を茶化すだけの勇気がユーモアを生む(つづきのつづき)

(17)に掲載した「フォルクスワーゲンは不格好でしようか?」のコピーを書いたのはジュリアン・ケーニグ氏ではない。氏がDDBを去って約半年後にこの広告はつくられている。
しかし、こうしたものの言い方の伝統をDDBへ持ちこんたのが、ケーニグ氏なのである。
ケーニグ氏は、なぜ、こんな表現方法を採用したのであろうか? 氏自身がユーモリストであった---というのでは説明にならない。

ケーニグ氏は、「よい趣味はよいビジネスになる」ということを。早くから信じていた。米国の多くの広告人たちは、「大衆とは、俗悪で、無学で、趣味が悪いもの」と決めこんで、醜く、誇大表現に満ちた広告を氾濫させていた。(注:VWビートルの広告が出現した以前、48年以上も前の時代のことである)。
それに対し、ケーニグ氏は、消費者の知性と趣味を信じ、彼らの趣味をさらに広告で向上させようと思ったのである。
ケーニグ氏のこうした信念が、VWの広告を大人の読み物にした。
こんな広告もある。
フォルクスワーゲンについてのジョークを最近、お聞きになりましたか?」
VWの広告に刺激された人びとが、パーティ・ジョークをさかんに飛ばしあっていたのだ。


フォルクスワーゲンについてのジョークを最近、お聞きになりましたか?

ボンネットを開け、エンジンを盗まれている!---と早合点なさったご婦人を覚えていらっしゃいますか?
ガソリンや冷却水をどこに注入していいのか分からなかったガソリン・スタンドマンの話もありましたっけ。
今日では、ガソリン・スタンドの従業員は、ガソリン注入口が前にあることぐらいは、だれでも知っています。冷却水を調べようとしたり、不凍液を入れようとして、あなたを困らせはしなくなりました。
(つまり、VWのエンジンは後部にあり、水ではなくて空気で冷やすということが、分かりすぎるぐらい、たくさんのVWを見たわけですね)。
要するに、世間の人が私たちの車をおかしく思うよりも、今では、みんながこの車で楽しんでいるのです。
このことは、私たちのジョークのファイルがあんまり厚くならなくなったことを物語っいます。そこで、もしあなたがVWについての気の利いた一口噺や諺やジョークをお聞きになったら、私たちに送ってください。
米国フォルクスワーゲン社のジョン・スタンレイ宛てに一筆お送りください。彼が、それらを公開してくれるハズです。
とはいっても、VWについてのうまいジョークは、だれよりも私たちがいちばん楽しむことになるわけですがね。




Heard any Volkswagen jokes lately?

Remember the one about the lady who looked under her front hood and thought somebody stole her engine?
Or the one about the guy at the gas station who didn't know where gas went? Or the water.
Today, the gas station attendants know enough to put the gas in front.And they don't bother checking tour water or trying to sell you some anti-freeze.
(After all, they've seen enough VWs to know that our engine's in the rear: and that it's cooled by air, not water.)
The point is this: People used to make fun of our car, now they have fun with it.
Which helps explain why our joke file's been getting a bit low. So, if you've heard any good VW quips or sayings or jokes, why not send them on?
Just write to John Stanley, Volkswagen of America, Englewood Cliffs, N.J. He'll start them on their round.
After all, nobody enjoys a good VW joke better than we do.


ジョークとユーモアを混同しているとお叱りを受けるかもしれない。
確かに、河盛好蔵氏『エスプリとユーモア』(岩波新書)によれば、ユーモアには文学史的な面からのさまざまな定義がなされている。が、結局は、人間の精神や情念の動きを解体され、日常化されているといってよいであろう。
ただ、「機知が常に意図的であるのに対して、ユーモアは常に非意図的」であるという指摘には注目したい。非意図的であるためには、常に精神を自由にしておかねばならない。
しかし、ここではこれ以上言及するのはやめて、実際にこれから掲出するVWの広告群で判定していただきたい。


>>(19)に続く。