創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(56)『かぶと虫の図版100選』テキスト(1)


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1970年3月20日フォルクスワーゲン・ビートルに関する2冊目の編著書の新書版『かぶと虫の図版100選』をブレーン・ブックスから上梓しました。
最初の編著フォルクスワーゲンの広告キャンペン』 (美術出版社)から7年経っていました。
その7年間、DDBが米国VW社のために創造しつづけた広告はますます人気と効果をあげていました。
それとともに、それらから広告制作のバックボーンを学びたいという人びとも、世界中で増えつづけていました。
ぼく自身も、前編著のときと違い、実際に毎年春と秋2回ずつ、ニューヨークへDDB訪ね、VWの広告のクリエイターたちをじかに取材していました。
そうそう、同じブレーン・ブックスから、このブログの主テーマ『創造と環境』を上梓したのは、『かぶと虫の図版100選』のちょうど1年前でした。
『かぶと虫の図版100選』は、2部で構成されています。その第1部のテキスト部を、第2部の広告図版を適当には挿入しながら公開していこうとおもいます(2週間ほどの予定です)。

すばらしい広告---といわれるより、すばらしい車といわれたい


ロバート・ファイン副社長は、1枚の広告スケッチを示しながら、こういった。
「ワシントンに勤務している各国の外交官たちの間で最も人気が高い車は、かぶと虫だという事実を、私たちは知ったのです。
そう、1,200台ものかぶと虫があの人たちによって運転されていました。
そこでも私たちは、外交官たちのかぶと虫に対する高い関心を広告に利用しようと思ったのです。11月に行われる大統領選挙の時期に掲載する予定です」
ファイン氏は、ニューヨークの広告代理店DDB(ドイル・デーン・バーンバック社---世界第8位)のVWチームのアカウント(得意先)担当の総責任者である。
ファイン氏と親しく話し合うのは、1966年春についで、この時---すなわち1968年9月末が2度目、しかし、その間たびたび手紙のやりとりをして、われわれはすっかり仲よしになっていた。
白いものが目立つようになったファイン氏を、だんだんボギー(ハンフリー・ボガート)に似てきたなあ---と思いながら、説明を聞いていた。
「外交官たちがそれぞれの国へ帰任する、あるいは別の任地へおもむいたとしても、それらの国でも修理可能である---というのは、VWは世界140ヶ国で売られていますからね。
また、外交官というのは非常に頭がいいにちがいありませんから、節約---経済性という点についてもよく知っているはずで、そういう観点からVWを買うのでしようね」
ファイン氏がぼくに示したラフ・スケッチは、次の広告となって掲載された。



ワシントンD.C.での厳秘事項


ワシントンに勤務している外交官たちの間で最も人気の高い車はなんでしょう?
外交官たちにこの質問をすると、すごく外交的な答えが返ってきます。
つまり、教えてくれないのです。
そこで、私たち自身の手で調べてみました。
その結果、常識に反して、大抵の外交官が買う車は、バカげてでっかいものでも、豪華なものでも、もったいぶったものでもありませんでした。
ヒント:その車は世界140ヶ国で販売されています。
ヒント:米国では1,749ドル。
ヒント:中古価格も高い。
最後のヒント:1あたり11.5km走り、不凍液は一切不要。
合計で、1,200人以上の外交官や大使館員が、ワシントンでこの車を乗り回しているのです。
ですから、重要人物がもったいぶつた車にしか載らないという常識は、必ずしも真実ではありません。
また、一方、重要人物たちが、皆さんに、自分たちは大きいもったいぶった車にしか乗らないと信じ込ませたいとしても、それは結構。
私たちは、かばんの中からかぶと虫を出しませんからね。




The best kept secret in Washington, D.C.

What's the most popular car among diplomats in Washington, D.C.?
Put that question to a diplomat and you get a very diplomatic answer.
In other words, they don't tell.
So we did some snooping around on our own and contrary to public opinion,
the car most diplomats by is neither very big nor very fancy nor very impressive.
Hint: It con be bought and service in 140 countries throughout the world.
Hint: It costs $1749 in the U.S.A.
Hint: It has tremendous resale value.
Final hint: It get around 27 miles to the gallon and uses no antifreeze whatever.
A last count, there were over 1,200 diplomats and embassy staff members driving this little car throughout Washington.
So that story about big important people driving only big, important-looking cars may not be altogether true.
On the other hand, if big important people would rather have you believe they drive only big, important-looking cars that's all right with us.
We won't let the bug out of the bag.


7年前に『フォルクスワーゲンの広告キャンペーン』(1963.6.15)と題した本をまとめ、広告制作者やほかの人たちにけっこう読まれた。しかし、VWと広告そのものについて、その担当者から直接その話を聞くのはこの時(1968.9月末)が最初であった。
この時はファイン氏(広告代理店側のVWの総責任者)のほうから語り始めたのである。
そこでぼくも気軽に質問した。
「かぶと虫の場合の広告における強調点は、たとえば、オートマチック・トランスミッションつきが発売される時には、その一点にしぼられますね。
けれども、この10年間、経済性、外観の不変と内部の絶えざる改良、サービスの充実、空冷式リア・エンジンの利点、中古車価格の有利さ---など。
広告制作者は、それらの中から、適当に選んでいいことになっているんですか?」
ファイン「DDBでは、一つの広告では一つのポイントを強調することでうまく行くなら、それでいいとされています。あまりにも多くのポイントを強調しようとすれば、アブハチ取らずになってしまいますからね」
「質問の意味がちょっと違うのです。たとえば、あなたが示した『ワシントンDCの極秘事項』は、経済性をとりあげています。これをやろうという自由を、広告制作チームが持っているかどうか---」
ファイン「私たちは、米国VW社と密接に連絡をとりあってやっていますから。今の時点で何を強調すべきかは、お互いにわかっています。
年に一度か二度は、米国VW社の社長と公式の会合を持ちますしね。社長というのは、一般的な話しかしないんですが、会社としては今後どういう方向を目ざしているのかを示してくれます。
昨年(1967年)、つまりちょうど1年前ですが、米国VW社はわれわれに、オートマチックを発表すると知らせてくれたわけです。ですから、私たちはそれを1年間前に広告計画に組み入れることができました」
「クリエイティブ段階にはいる前の情報は?」
ファインVWというのは非常に大きな会社です。毎年、巨額の売り上げをしています。ですから、パブリック・リレーション活動なども非常に多角的に行われているわけです。
社内報もいいものが出ています。VWオーナーに対して送る資料もいろいろあります。
ですから、一般大衆向け、ディーラー向け、オーナー向け---と。いろんな情報があるんです。そこからヒントが生まれます。
しかし、もつと重要なことは、全米に14のVWディストリビューターがあり、そのうちの8つは、地元のレベルでそれぞれ広告をやっています。彼らから各地の情報がはいってきます。
つまり、私たちは下は14のディストリビューターから、上はドイツ本社の社長まで、ありとあらゆる情報パイブを持っているわけです。ですから、常に関心を払い続けることによって、多くの情報を得ることができます」


この方は、33年後にかぶと虫を手に入れました

1台目のフォルクスワーゲンを買うのに、33年間もお待ちになる方が、めったにいらっしゃらないのは、私たちにとっては幸せなことです。
けれども、A・ギリスさんはお待ちになったのです。たぶん、いつも正しい考え方をしていらっしゃったのでしょう。ギリスさんの場合、33年間、新車の必要がなかったのです。
ギリスさんと1929年A型フォードとは、お互いにうまくやってこれました。
ギリスさんは修理をご自分でなさり、夜中にタイヤを直すためにジャッキを持ちだしたこともありました。
去年、新車が必要になつた時、出かけて行ってフォルクスワーゲンをお求めになりました。
「長持ちするって聞いたので」とギリスさんは説明しました。
ギリスさんはVWが好きなんでしょうか?
「お宅の検査員はまったくよく検査しますな」ギリスさんが言ったのはこれだけ。
けれどもギリスさんは、奥さんと54回目の結婚記念日に旅行をしたとつけ加えました。
お2人は1万km走り、ガソリン代62ドル、オイル代55セントを払ったそうです。
「オイル焼けするかもしれないとは思わなかった」そうです。 




33years later, he got the bug.

We're glad the most people dosn't wait 33 years to buy their first Volkswagen.
But Albert Gillis did, and maybe he had the right idea all along.
He didn't buy a new car for 33 years because he didn't happen to need one.
He and his 1929 Model A Ford did just fine by each other.
He allways did his own repairs and even jacked it up of night to save the tires.
When he needed a new car last year, he went out and bought a Volkswagen.
"I heard they hold up," he explained.
Dose he like the VW?
Mr. Gillis is 78's justice of the Peace, and not given to hasty decisions.
"Your inspectors sure do a good job of inspecting," was far as he would go.
But he did mention that he and Mrs. Gillis took a trip for their 54th anniversary.
They drove 6,750miles and spent $62 on gas and 55¢ on oil.
"I didn't think they were supposed to burn oil," he said.

【注】このニュースもディーラーからの記事でしょうね。


「たとえば、『外交官』の例ですけれど、ワシントンDCではこういうことがあった、こういう広告をつくれ---という注文をクリエイティブ・チームへ回すのですか? それとも、クリエイティブ・チームが何かを読んでつくったのですか?」
ファイン「ある時、『風見鶏』という雑誌を、担当のあるコピーライターが読んでいて、その中でワシントンDCではVWが外交官によく売れているという記事を見つけ、それでアイデアがひらめいたのです。『風見鶏』は、VWがディーラー向けにつくっている雑誌です」
続けてファイン氏は、VWの広告予算に言及し、それぞれの強調点にどれだけの予算が割り当てられているかの計算法を説明してくれたあと、
ファイン「印刷媒体の場合、小さなスペースは効率が悪い。信頼性が薄れてしまいますからね。だから、VWの雑誌広告は1ページか見開き、写真家もできるだけ一流の人を起用します。
もちろん。広告がすばらしいといってもらうのがねらいではなく、すばらしい車だといってもらいたいのですが---」



どんなによいものにも、終わりがあります。

フォルクスワーゲンとて死にます,他のすべてのものと同様に。
それを信じようとしない人びとがいるだけです。
アラバマ州オクスフォードのC.ブルックス夫人もその1人。
彼女の'59年型のVWは100万km走りました。それもエンジンを2回取り替えただけで。
その車はもうすぐ壊れるなどと夫人に言ってごらんなさい。あなたは笑いとばされるのがオチです。
このようなオーナーの信頼は、生産時間の100%を、私たちの小さなかぶと虫をよりよく働かせるために使い、格好よくみせるためには1%だって使っていないVWの工場から生まれるのです(引用した醜い写真をごらんください)。
市場にでる前に15,397回もの検査を受けるのはこの車だけです。
決してラジエータをつけませんから、ラジエータの故障もありえません。
この車は、車体を保護するために16kgもの塗料と、腹底部を保護する鋼板を装備しています。
ですから、死にかかっているこの車を見ても、同情なさることはありません。
その車は、たぶん、あなたご自身の生活よりももっと健康な生活をおくってきたのですから。




All good things must come to an end.

Volkswagen die. Like everything also.
Only some people don't believe it.
Take Mrs.Carson Brooks of Oxford, Alabama. So far her '59 has gone over 600,000 miles. And that's with only two engine transplants.
Try telling her the end near and she'll laugh you right off the farm.
That kind of owner loyalty begins at the VW factory where 100% of production time is spent making our little bug work better and 0% is spent making it look better(see ugly picture above).
It's the only car that's put through 15,397 inspections before it's put up for sale.
It won't give you radiator problems because we never gave it a radiator.
It comes fully equipped with 35 pounds of paint to protect its top and a protective steel bottom to protect its bottom.
So when you see one that looks on its last legs, feel no pity.
Its probably led a healthier life than you have.

【注】このニュースもアラバマのディーラーからの記事でしょうね。


>>(2)に続く。