創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(57)『かぶと虫の図版100選』テキスト(2)


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1970年3月20日フォルクスワーゲン・ビートルに関する2冊目の編著書の新書版『かぶと虫の図版100選』をブレーン・ブックスから上梓しました。
そのテキスト部分の転載です。

VWの広告は、車の歴史をつくり、広告の歴史をつくった


〔すばらしい広告といわれるよりも、すばらしい車---と思われたい〕というファイン氏の考えには、ぼくも同感だが、VWの広告は、そのすばらしさでも名声を高めていた。

ただ単に名声が高いだけではない。それらは、世界中の心ある広告クリエイターたちの手本にすらなっているのである。たとえば、VWの広告キャンペーンが始まって1年目には、ステファン・ベイカーという米国の広告評論コラムニストが書いた。

「今では知らない人のいないVWの広告は、自動車の歴史をつくった。小さいことを理想とする人びとに対して、この車は、生産が追いつかないぐらいの速さで売れた」


小さいことが理想

きっちりつめたら、ニューヨーク大学の18人の学生がサン・ルーフVWに乗れました。
フォルクスワーゲンは、家庭向きに考えて大きさが決められています。おかあさん、おとうさん、それに育ちざかりのこども3人というのが、 この車にふさわしい定員です。
エコノミイ・ランで、 VWは 1リットルあたり 平均21km強の記録を出しました。
あなたには、ちょっと無理な数字です。プロのドライバーは商売上のすてきな秘けつを持っているんですから。(お知りになりたい? ではVWBox #65 Englewood, N.J.へお手紙をどうぞ)。ガソリンはレギュラー、また、オイルのことは次の交換時期までお忘れください。
VWは在来の車より全長が4フィート短くできています(とはいっても、レッグ・ルームは同じくらいあります)。 ほかの車が混雑したところをぐるぐる巡りしている間に、あなたはほんの狭い場所にも駐車できるんです。
VWのスペア部品は格安です。新しいフロント・フェンダーは(VW特約店で)21.75ドル、シリンダー・ヘッドは19.95ドル、品質がよいのでめったに必要とはしませんが。
新しいフォルクスワーゲン・セダンは1,565ドル、ラジオ, サイド・ビュー・ミラーのほか、あなたがほんとうに必要なものは全部ついています。
1959年には、12万人のアメリカ人が、小さいほうが理想と考えてVWを買いました。
ここのところを考えてみてください。




Think small

18 New York University students have gotten into a sun-roof VW; a tight fit. The Volkswagen is sensibly sized for a family. Mother, father, and three growing kids suit it nicely.
In economy run, the VW averages close to 59 miles per gallon. You won't do near that; after all, professional drivers have canny trade secrets. (Want to know some? Write VW, Box #65, Englewood, N.J.) Use regular gas and forget oil between changes.
The VW is 4 feet shorter than a conventional car (Yet has much leg room up front).While other cars are doomed to roam the crowded streets, you park in tiny place.
VW spare fender (at authorized VW dealer) is $21.75. A cylinder head, $19.95. The nice thing is, they're seldom needed.
A new Volkswagen sedan is $1,565. Other than radio and side view mirror, that includes every thing you'll really need.
In 1959 about 120,000 Americans thought small and bought VWs.
Think about it.


「また、VWの広告は、広告の歴史もつくった。クライアントが称賛しただけではなく、今では、すべてのコピーライター、すべてのアートディレクターがこの広告を崇拝している」(『アートディレクション』誌 1960年8月号)

DDBによるVWの最初の広告が米国人の目に触れたのは、1959年8月1週号の『ライフ』誌からであり、最初の1年間には約10点の広告が出稿されたにすぎなかったから、ベイカー氏の称賛は常識の枠を大きくはみ出しているともいえる。

VWシリーズを『新鮮』『大胆』『高度なクリエイティブ』とするのは、もう習慣になっている。
ここには、デトロイトのタブーを無視し、あえて違うものであろうとした一つのキャンペーンがある。だれかがやってくれると、みんなが待っていた広告である。
広告をよくつくろうと熱望している多くの広告代理店では、このVWの広告の切り抜きが壁にきちんと画鋲でとめられ、それらをすぐれたものにしているものが何であるかを見つけ出すために慎重に研究された。たくさんの説明がされた。ライターやアーチストたちは、もっと興奮するように求められた」(同)

まさに、当時の米国にあって、VWの広告は。ベイカーのいうとおり、「広告の歴史の転換点」と呼ぶにふさわしいほどのショックを、人びとに与えた。
ケネディ大統領すらVWの広告のすばらしさに魅せられて、もし次の大統領選(1964年)に出馬するとしたら、VWの広告クリエイティブ・チームの協力を求めたいと考えて、ひそかにDDBへ使者を送ったという。
(注:この密約にしたがってDDBは、亡くなったケネディのあとを引き受けたリンドン・ジョンソン氏(民主党)の選挙キャンペーンを引き受け、みごとに大差で共和党候補を破った。しかし、DDBでは選挙後、「DDBが引き受けた最低の商品だった」という声がもっぱらであった)。
しかし、本稿(『VWビートルの図版100選』)はVWの広告キャンペーンのすばらしさを改めて称賛するのが目的ではない。
ねらいは、なぜ、そんなふうな広告が誕生し得たかを探求することにある。


>>(3)に続く。