創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(499)『広告界の殺し屋』第6章 クリエイティブ生活(4)


あの会議は私で終わりだった。
「本当にやったのかい?」といつも聞かれた。
「もちろんやったさ」
この話はクリエイティブ部門全体に知れ渡った。
クリエイティブ部門の誰もがやったぜベイビー。風向きが良くなりそうだぜ!」と感じていた。
クリエイティブでない自称クリエイティブの専門家によってやっつけられてきた者にとって、これは勝利にも値したのだった。
検閲委員会ほどはっきりはしていないが、クリェイティブ・マンにかかる圧力は他にもある。


恐怖のエベレストと呼ばれていた男がいる代理店で働いたことがある。
その男はデビッド副社長の下にいた。
当時私はまだ若くて、25歳を過ぎていなかったと思う。広告を見せに部屋に入ってゆくと、デビッドはいつも「良くないね」と言ってイライラさせた。
「……だから良くないよ」
とは言わず、ただ「良くないね」
そこで私は「さあ、デビッド、気に入らない理由があるでしょう。気に入らない個所を指摘してくれなくちゃ」デビッドは首をふって言うのだ。「ジェリー、とにかくこれじゃ合格しないんだ」
そしてつけ加えるのだった。「よろしい。それを証明してやろう。エベレストを呼んで、彼が気に入るかどうかみてみようじゃないか」
エベレストは信頼されていた。
ハゲタカのように広告のまわりをまわる。
その広告を気に入っているかどうかを、エベレストにそっと伝える秘密の方法をデビッドは持っていた。


私にはとんとわからずじまいだったが、エべレストには、デビッドのサインが読めた。
「この広告をどう思う?」と言うデビッドの顔色をすぐに読みとって言うのだった。
「君が正しいよ、デビッド。こんなのじゃ役に立たない」
デビッドはこうも言った。「これはどうかね、君?」
エベレストは、電光石火、サインを読みとると言う。
「こいつはすごい広告じゃないか、デビッド!」
するとデビッドは私の方を向くなり、
「ほら、ジェリー、言ったとおりだ。すごい広告だとよ」


私はある広告をデビッドに見せた日、彼は気に入らず、例によってエベレストを呼び寄せた。
だがどうしたことかサインを出すのを忘れてしまった。目をピクピクさせるはずだったのかもしれないが、この時はすっかり忘れていた。
そしてエベレストにどう思うか尋ねた。
サインがうかがわれた。デビッドは立ちつくしたままである。
エベレストはサインを読みとろうと懸命だが、サインが出ない。
「デビッド……」とエベレストは口を切りかけたが止めてしまった。
デビッドもイライラして「どうだ?」をくりかえしていた。
エベレストは「もう一度見出しを読ませてくれ」と言い、再度サインが出ないかと目をこらした。
私はこの男が死にそうになっている様を見るに忍びなくなり、ついに口をはさんだ。
「デビッドはこの広告が気にいらないんだ。ひどい代物だと言うんだ」
溺れかけている者を救うような気持だった。
すると彼はやっと行動に移った。
「もちろん、この広告の問題はレイアウトと……」
彼はデビッドがその広告をどう思っているかを知りさえすれば、それで飛べるのだった。


クリエイティブ・マンは、代理店の気まぐれで仕事を失うことなど恐れてはいない。
だが一つだけ彼らを飛びあがらせるようなものがおる。
才能や能力を失うかもしれないという恐怖である。


私の知っている男たちは揃ってこういった圧力を感じている。
この能力というのは魔法みたいなのだろうか? 
いつかは消え去ってしまうものなのか? 
とにかく書けなくなるのだ。言葉も出なくなって……。