創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

02-23 ペア・チームの会話の見学はできない

DDB社への訪問者の中には、私たちの仕事ぶりを見るために、アートとコピーのやりとりを腰をすえて見学される方があります。
腰をおろして、すばらしいアイデアがひらめく『不思議な瞬間』がいつくるか、お待ちになるというわけです。
しかし、少々失望することになります。
多分、こういった人たちが期待しているのは、私たちが夢うつつの状態で静かに座りつづけ、突然、頭の上のランプがつき、ベルがなり出すという状態ではないでしょうか。
見学者が目にするのは、程度の高い会話をしているたった二人の人間です。
キャンペーン・アイデアというものは、静かに徐々に形づくられてきます。
運がよければ、2〜3時間ででき上がるかもしれませんが、たいていは数日、数週間、ときには数ヶ月もかかります」(注:前出『クリエイティビティ』
日本の広告界の制作部門の人の中には、なんとかしてDDBにもぐり込み、1日でも、1週間でも、コピーライターとアートディレクターのペア・チームがアイデアをつくり出している現場の横に座って、彼らのやり方をこの目で見たい…と思っている人が多いようです。
私すらが、そのような紹介の労をとってくれと、何回となく頼まれました。
しかし、それはむだというものでしょう。
彼らが、見せ物になることをきらうことは当然として、パーカー夫人がいうとおり、「程度の高い会話」が交わされているのを見せられるだけなんですから。
幹部アートディレクターのシローイッツ氏も、チューリッヒでの講演で、こう話しています。
「もしあなたがクリエイティブ・セッションを見学しようとDDB社を訪れたとして、何が見られるとお考えでしょうか。
アートディレクターとコピーライターが働いているところを見るためにある部屋を訪れたとしても、あなたは何も見ることはできないでしょう。
それらのチームは、たいがい、一室にひっそり閉じ込もった2人の人間という形で動いているので、あなたがその制作過程に侵入した瞬間に、仕事をやめてしまうのです」(注:1967年チューリッヒでの講演)

私自身の体験を話せば、3度の渡米で延べ日数にして3週間ばかりもDDBに滞在し、十数人の幹部コピーライターや幹部アートディレクターの部屋に招かれましたが、ほとんどの場合ペア・チームによるアート=コピー会議の最中でした。
しかし彼らは、私が入室すると即座に会談を中止し、そのまま私の応接にはいりました。
ですから、彼らの隣に座って見学したい…という希望は、およそ、ナンセンスです。