創造と環境

コピーライター西尾忠久の1960年代を中心としたアメリカ広告のアーカイブ

(574)クリエイティブ・フリーダムの結晶地

"DDB NEWS" on October issue, 1969



『DDBニュース』1969年10月号(ディレクターズ・スタジオ社特集号)表紙



【抄訳】

Creative Freedomの結晶(決勝)地
−−DDB傘下のディレクターズ・スタジオ社−−


「DDB自慢の〔クリエイティブ・フリーダム〕が120%生かされたか否かがきまるのは、ここ、ディクレクターズ・スタジオにおいてでしょうね」
「ニューヨークで、最高、最善のスタジオ機能を備えているのが゛ここですから」
「当市でコンセプトのある最高のアイデアを生み出す広告代理店がDDBでしょ?」
「だったら、DDBのククリエイターたちは、その卓越したアイデアをきちんと受けとめてコマーシャルに結晶させるスタッフを選んで、いっしょに創造にはげむべきですからね」
最良のもの?「いうまでもなく、反応しあっていっしょなに創造していく人材あってのことです」
ディレクターズ・スタジオのヒュー・ブラニガン総支配人は、満面に笑みをうかべながに説明をつづける。それだけの理由があってのことである。
新組織になってまだ4ヶ月も経っていないのに、DDBからの発注コマーシャルは60本にも達しているし、DDB以外のところのCM撮影のためのスタジオ貸しも順当に推移しているからである。
「ほかの広告代理店にスタジオ貸しをして、機密漏洩の恐れはないのかな?」「撮影クルーごとにスタジオを遮断するように出来ているから、その心配は、まず、ないといっていいでしょう。けれど、スタジオ貸しの余裕なしにまでDDBからの発注でうまることのほうがベターです」
「そう、DDBのコマーシャル全発注量の1/3をうちにふりむけてもらえば、他所貸しなんかしなくてすむんです」
というわけで、ディレクターズ・スタジオは、先週の昼休み時間中、DDBのクリエイターたちへの、スタジオのオープン・ハウス(自由見学)を開いた。まさに、食べて、飲んで、談笑しあっての新スタジオめぐりのひとときとなっていた。いや、スタジオにかぎらず、4階建ての中のミキシング設備や編集室、調理室、化粧室、各階に設けられた浴室も開放され、親しく見てもらえたという(入浴中の女性モデルはセットされていなかったが)。



クレアロールのコマーシャルに出演を前に、最後の演技上の注意をうけるモード・アダムス



ジレットの新製品の撮影風景。ディレクター:ハーブ・ストラウス、カメラ:ジョージ・シラノ