創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(270)ダヴィッド・オグルビー氏とのインタヴュー(4)

ふと、おもったのだが---「たらし」という尊称にも卑称にも使える言葉がある。「女たらし」といったら、たらされているあいだはご当人はいい気分のものなんだろうが、世間では、眉をひそめがちだ。「人たらし」はたしか、司馬遼太郎さんが木下藤吉郎につけたようにおもう。まあ、司馬さんの主人公は、だいだい「人たらし」だが。バーンバックさんをこの「たらし」にあてはめると「クリエイターたらし」であり「知的コンシューマーたらし」。オグルビー氏は「経営者たらし」か。広告クリエイターにとっては、両方とも必要な気質のようにおもうえるのだが---。
これからの章はC.E社の制作プロデューサー水口さんと黒木さんの志願による入力です。感謝。


>>ダヴィッド・オグルビー氏のインタヴュー 目次


 あなたの方法、コピーのスタイルは、広告以外のことから影響を受けましたか? さきほど「文学的な気取った見方」といわれましたが。
オグルビー それは、若かったころのことです。
 小説や詩から影響を受けましたか?
オグルビー いいえ。他の人は受けたかもしれませんが、私は違います。私は詩を読むのは嫌いですし、このところ小説も読みませんね。読むのは他のものですが、読む本は私のコピーにたいして影響がないと思います。
自分ではいまは優れたライターだと思いませんが、優れたエディターではあると信じています。自分もふくめて、だれのコピーでも手直しできます。だから私は書いてから何回も何回も、これならイケルと思うまでなおします。骨の折れる仕事です。もっと筆が立って楽々と書きこなし、そのまま通るライターがいることも知っていますが、私はそんな風にできません。スローペースです。一つのコピーを他のライターに見せる前に、19回書き直したこともあります。
先週、シアーズ・ローバックの仕事で37通りのヘッド・ラインを書きましたが、そのうち3つは、他のライターに見せて批評してもらう価値があるほどの出来ばえだったと思います。
書くことは、私にとってやさしいことではありません。
 商品によって、他の商品よりも書きやすいということはありますか?
オグルビー 個人的なインタレストを感じさせるものは、書きやすいですね。
 たとえばロールス・ロイスは、インタレストを感じさせたというわけですか?
オグルビー そうです。このアカウントを取った理由は、私が子どものころからロールス・ロイスに関心をもっていて、ぜひ書きたいと思ったからです。しかし、関心がなくて、うまく書けない商品もあります。
>>ロールス・ロイスの広告
 たとえば?
オグルビー 化学には関心なしです。
シェル・ケミカルのアカウントをもっているので、こんなことをいうべきではありませんが・・・しかし、私たちの代理店には化学に関心をもっているライターが2,3人いるのでやっていけるわけです。私がオクスフォード大学を中退したのは、もっとも初歩的な化学の試験に落第したからです。興味がないので、ぜんぜん弱いのです。哲学も興味ありませんから、それについて書くことはできません。国家を発展させることには関心があります。たとえば、プエルト・リコです。
 あなたがいままでやった仕事のうちで、プエルト・リコのコピーがいちばん気に入っているそうですね?
オグルビー そうです。あれはいい広告だと思います。
すごくハードワークの仕事でした。本もたくさん読みました。家に10日も閉じこもって、あのコピーだけ書いていました。派手なところのない、コピーの多い広告です。
たしかヘッド・ラインは、「プエルト・リコは新興産業に100パーセント免税」だったと思います。そして、ビアズリー・ラムルのことばとして、長いサブ・ヘッドを付けたのです。あの仕事には、私のハートをこめてあります。理屈の上でも、気持の上でも、全身でぶつかったからです。

chuukyuu注】じつは、オグルビー氏が一番好きだというプエルト・リコの企業優遇誘致の広告の実物をスクラップしていない。内容からいって、経営専門誌に掲載されたのではあるまいか。ぼくが30〜40年前に定期購読で米国から直送させていたのは『ニューヨーカー』『ライフ』『マコールス』といった一般誌、女性誌だった。それらから何千という気になった広告とエディトリアル・ページをスクラップしていた。オグルビー氏のプエルト・リコの文字だらけの広告を見ても、きっと、スクラップしなかったとおもう。企業進出して免税という特典(メリット)は、小さな広告制作プロダクションを創設したばかりのぼくには、興味のもちようがなかったから。いや、プロダクションの分社をプエルト・リコにオープンする意志があったら、切り抜いたであろう。
(つづく)