創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(248)『メリー・ウェルズ物語』(23)

左の絵は、なにをかくそう、サガン原作『悲しみよこんにちは』(新潮文庫)が映画化された時、巨匠ソール・バス(Saul Bass)氏が描いたポスターを、わが盟友・内山正さんが、ぼくの著書『ヴィトン読本』のために模写してくれたイラストである。サガンの小説の富裕な一人がヴィトン製品をつかっていたためである。メリーたちが議論したのは、映画『悲しみよこんにちわ』のヒロインを演じたジーン・セバーグにセックス・アピールがあるかどうか、だった。『卒業』のVTRかDVDのケースの写真でもあればよかったのだが。いまは、幸せな時代だ。DVDのおかげで、40年前の映画の話を若い世代と共有できる。(この章の入力には、女性対象の製品なので、アド・エンジニアーズの有能な女性デザイナーたち---H.英子さん、O.歌織さん、K.明子さんのお力を借りています。感謝)

第8章 化粧品は「ラヴ」の2文字(2)

▼新しい銘柄を創造しよう


メンJの社長ピーター・ゴッドフレーが化粧品業界への進出案をもってメリーを訪ねたのは、1968年の4月であった。
ゴッドフレー社長は、化粧品業界がさほど技術的熟練を要しない業界であること、たとえばほんとうの意味での新製品といえるものはほとんどなく、香料とパッケージの改良ですんでいるのが実態であり、さらにコンタックのような一般に市販することを許されている薬品の伸びは年間6%であるのに、化粧品は12%と成長性が高いこと、しかもドラッグストアでの伸びが大きく、そのドラッグストアに対するメンJの販売力はコンタックなどを通じて完備している---といった点をあげて、メリーに協力を求めたのである。
たしかにアメリカの化粧品業界は「参入しやすい」分野である。
景気が下降している時代でも化粧品の売り上げは伸びてきた実績があり、それだけ消費者のほうも銘柄に対する執着心があまり強くなく、目新しい商品が現れると簡単に手を伸ばす傾向があるといえる。
それだけ広告が効果をあげるともいえるわけで、そのためにぜひともメリーの才能を借りたい・・・というのが、ゴッドフレー社長の考えであった。彼はメリーに言った。
「それで、実際に化粧品を手がけるということになると、どこかの化粧品会社を買収することになりますが、どの銘柄を手に入れればよいか、それについてもあなたのお知恵をお借りしたいわけです」
「ゴッドフレーさん。お話はよくわかりました。もちろん、喜んでお手伝いいたします。しかし、それには二つの条件があります。
その一つは、既存の銘柄を買おうなんてお考えをお捨てになって、メンJ自身の新しい銘柄名を創造なさるとお約束いただきたいのです。理由は簡単です。この10年間の市場で生まれたものよりも、今日のマーケット向けに考えられたもののほうが価値があり、今日の消費者に受け入れられるからです。もちろん、古い有名銘柄のほうが成功する業種もあります。
しかし、化粧品という商品は違います。この市場の中心になっているのは18歳から25歳の女性です。消費者は年々新しく誕生しているのです。新しい消費者には新しい商品を供給すべきですわ」
「なるほど。で、二つめの条件は?」
「新しくつくられる銘柄の名前からパッケージング、製品特性まで、私たちに参加させていただきたいのです。私たちは、新しい消費者の好みや欲求を知っています。彼女たちの考えを理解しています」
このメリーの申し出は、ゴッドフレー社長を喜ばせた。メリーが製品化計画にまで手をそめてくれるというのだから、願ったりかなったりであった。

▼モーレツな映画女優論議


こうして、WRGの中に、メンJ-Xグループが誕生した。このグループが「ラブ」グループと呼ばれるようになったのは、それから3ヶ月後であった。Xグループの最初の仕事は、ドラッグストアの調査と若い女性がどんな化粧をしたがっているかを調べることであった。
しかし、そうした市場分析とは別に、メリーとコピーライターのボブ・シェルマン、アートディレクターのトム・ヘックのクリエーティブ・グループは連日ホテルにつめきって、ネーミングとパッケージングのアイデアを検討していた。しかも、この時のメリーのやり方は、いつもの彼女のそれとはすこし違っていた。
映画女優の話ばかりを毎日つづけていたのである。
どんな女優がその時代を代表したかについて、3人は各自の見解を述べあった。
ヒッチコックの『ハリー災難』でデビューしたシャーリー・マックレーンの庶民性、親近感について論議したかと思うと、『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーンがその時代に与えた影響を検討しているうちに一日が終わるといった調子であった。
【注】映画『ローマの休日』ウィキペディア
ある日は、『悲しみよこんにちは』のジーン・セバーグの評価をめぐって、ボブとトムがとっくみあいを演じた。
【注】女優ジーン・セバーグについてのウィキペティア
ボブがジーンにはセックス・アピールがないといったのが喧嘩の原因であった。
男同士のいさかいを黙って見ていたメリーが問いかけた
「ねぇ、『卒業』のキャサリン・ロスって娘をどう思って? 私には天与の美しさ、真実のラヴを持った女優って感じがするんだけれど---」
【注】映画『卒業』ウィキペディア
「真実のラヴって?」
喧嘩をやめたボブが聞きかえした。
「どう説明したらいいかしら---そう、つまり、演技じゃなくって、地のままで学生らしい雰囲気がかもしだせる娘---とでもいえばいいかしら?」
「わかった。ハリウッド的じゃなく、ニューヨーク的なラヴ
とトム。それを受けたボブが、
「ニューヨーク的なラヴ---今日的なラヴだな」
それから彼らは映画が描きつづけてきたラヴのスタイルについて、また延々と話しあうのであった。
彼らにはもうわかっていた。新しい化粧品の名前は「ラヴ」以外にないってことが---。
そして、その広告には「真実のラヴ」「今日的なラヴ」が表現できる女優を起用しなければならないということが---。
たとえば、つぎのようなコマーシャルが考えだされた。体にベーシック・モイスチャーを塗っている恋人を見た男がこう言う。
「おかげで、彼女に内面からの美しさがでてきた。だからぼくたちの関係は100パーセント向上した。」
まさに『卒業』の1シーンを思わせるコマーシャルである。
そのことをあとで記者団に質問されたメリーはこう答えている。
「そうです。『ラヴ』の広告やコマーシャルに登場する女性は、キャサリン・ロスのようにしゃれていなければなりません。私が演劇学校で受けたような演技は、もう今では受け入れられないのです。私にはよくわかります」
【注】女優キャサリン・ロスについてのウィキペディア


続く >>
敬称略