創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(48)DDBのチーム・プレイを語る(1)

        DDB副社長兼コピースーパバイザー ジョン・ノブル
        DDB副社長兼ア−トスーパバイザー ロイ・グレイス 


これは、『DDBニュース』1970年2月号に載ったインタヴューを、ご本人たちの許可を得て、拙編『DDBドキュメント』(ブレーン・ブックス 1970.11.10)に翻訳・転載したものです。

よくない広告をよくするほうが楽


「クリエイティブ・チームとしては、すでに完成されてしまっているキャンペーンに配属されたほうがいいですか、それともまずい広告しかされたことのない商品に取り掛かるほうがいいですか?」


ノブル「どっちが好きかっていうことになると話は別ですが、VWビートルのキャンペーンを担当して、それをもっといいものにするよりも、よくないものをよくするほうが楽ですよ。
でも、ぼくたちとしては、VWのキャンペーンをよりよいものにできたと思いますが、これは大変な苦労でした」


「それでは、アルカ・セルツァー(制酸薬)がきた時、このアカウントにクリエイティブ・ピープルが殺到しましたか?」


グレイス「すぐれた広告の雰囲気の中には、ある種のチャンスというものが存在しています。アルカ・セルツァーの場合は、広告主がよい水準の仕事に慣れているということをぼくたちは知っていました。だれでもそういった種類のチャンスというものを欲します。テレビ・コマーシャルもたくさんつくりますし、みんなテレビをやりたがります」


問いフォルクスワーゲンの時のようにですか?」


グレイス「そのとおり。まったく同じことです。
両方ともあるレベル以上の仕事にそれまで接してきています。アカウントの規模も重要な意味を持ってきます。アカウントが大きければ、たくさんの量の仕事をするチャンスに恵まれ、よりたくさん掲載されることにもなります」

困難なのは、常によい広告をつくりつづけること


ノブル「でも、DDBの人間なら、だれでもすぐれたVWビートルの広告あるいはコマーシャルを一点ぐらいならつくることができます。
アルカ・セルツァーの場合も同じです。
しかし、維持するとなると、大変なわけです」


グレイス「VWの平凡な広告をつくって、それで終わってしまうことも簡単にできます。というのは、その広告を見た人びとは『ほら、ここにVWの広告が出ているよ。きっといい広告に違いないね』というでしょうからね。
重要なのは、時々利発さをひらめかすことではなく、それを常にやるということです。
最初の質問にもどりますが、すでに完成されたキャンペーンを維持して行くということよりも、以前にはひどい広告だったものを担当して、立派なのをつくるということのほうが、たぶん、ずっと報いが大きいと思いますね」


問い「VWの広告をつくるのにあきませんか?」


グレイス「そうですね。ぼくはいま、主としてアルカ・セルツァーをやっています。
ジョンとVWのためのコマーシャルもやっていますが、ワゴンのものだけです。先月、かぶと虫のチームとしては、ぼくたちは解散してしまいました」


ノブル「ぼくはVWにはあきあきしてしまいました。
でも、VWのほかにはやりたいと思うものは見あたりませんね。
このアカウントを引き継ぐ人は大変だと思います。人びとが目にしないような仕事もたくさんありますからね。
VWのグループには、アートディレクターが6人、コピーライターが7人いて、人びとが目にしないような小スペースとか、観光パンフレットとかを含めて、毎年すくなくても400から500点の仕事をしています。ライフ誌だとかテレビの『ジョーンズ氏とクランプラー氏』などはだれでも見ますが、そのほかにも恐ろしいほどたくさんの仕事はあるのですからね」

フォルクスワーゲンのTV-CM
「ジョーンズ氏とクランプラー氏」


建売住宅らしい2軒の家。
左がジョーンズ家、右がクランプラー家。
朝、2人は挨拶をかわして徒歩で左右にわかれる。
やがて、ジョーンズ氏がフォーらしい車で帰ってくる。
ところが、クランプラー家に、ステレオラジオ、テレビ、洗濯機、冷蔵庫などが次々と運びこまれ、クランプラー氏がVWに乗って帰ってくる。


アナ「ジョーンズ氏とクランプラー氏はお隣同士です。2人とも3,000ドルずつ持っています。
ジョーンズ氏は、そのお金で3,000ドルの車を買いました。
ランプラー氏は、そのお金で、新しい冷蔵庫とガス・レンジ、新しい洗濯機、新しい乾燥機、新しいステレオ、新しいテレビ2台と、新しいフォルクスワーゲンを買いました。
そこでジョーンズさんは、今、お隣さんの生活水準に合わせなくちゃならないという問題を抱え込こんでいます」



映画監督の羽仁 進さんは、このコマーシャルを見てうなりました。
やや高めにカメラを据えっぱなしにして2軒の家を俯瞰ぎみに写しているから、見ている側は心理的に、客観的に比較している気分になる。
つまり、広告と思わないで、社会時評のような感じで見てしまう。
うまいカメラ・アングルをとったものだと。

まあ、ストーリーはお伽話的で、アナウンサーの口調も子どもに絵本を読んでやっているようなのですが、それをカメラ・ポジションでリアル化しているんですね。
続く >>