創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

03-44 君に対する非常に重大な決定


ついでですから、DDBで部下に仕事を譲る時の具体的なケースを紹介しておきましょう。これも一つの教育だと思いますので。


まず、幹部アートディレクターのシローイッツ氏の例はこうです。
「四年ほど前、バーンバック氏が私のところにきていいました。『レン。私は君に対する非常に重大な決定を下したところだ。これは私がだれかに与えることのできる最も重要な決定の一つだ』。私はそれを代理店と新たに契約した大きなアカウントに関することだと考えました。願ってもないことが始まりつつあると私は考えました。私はキャンペーンを組織し、今までには決して行われなかったような新しいアイデアに基づくブランドをつくり出すことになるだろうと考えたのです。
彼は続けました。『レン、君にヘルムート・クローンからVWのキャンペーンを引き継いでもらいたいのだ』。皆さんもご存じのように、ヘルムートはVWの導灯でありました。それは広告業界の内外で最も論議されたキャンペーンでした。どんなカクテルパーティーでも人々が広告について話しているのを聞くことができました。そしてそれは話に聞くさえ感動的な事柄でした。私が、私自身がそれを受け継がなくてはならないと知る瞬間までは。
私はこのキャンペーンの名声を継続させねばならなくなったのです。
これは私の経歴の中でも最も恐るべき経験でした」(注:1967年春チューリッヒでの講演)。


これは、シローイッツ氏がDDBに入社して四年目のことだったのです。VWのキャンペーンは、いってみればDDBの看板的広告だったのです。シローイッツ氏が「最も恐るべき経験」だったという気持もよくわかりますが、それよりも、ここではバーンバック氏の「動機づけ」のうまい言葉のほうに注目しましょう。


「私は君に対する非常に重大な決定を下したところだ。これは私がだれかに与えることのできる最も重要な決定の一つだ」


と、最高責任者からいわれてやる気にならない社員がいるでしょうか?