創造と環境

コピーライター西尾忠久の1960年代を中心としたアメリカ広告のアーカイブ

03-35 気に入らない理由をいってくれるクライアント


それにもかかわらず、不幸な事態は起こるようです。パーカー夫人は電通でこう話しました。
「しかし、クライアントもキャンペーンをボツにいたします。その場合、私たちは、そのキャンペーンで気に入らぬ点がどこにあるかを問いつめます。納得できるものであれば、社に持ち帰って他のキャンペーンを考え出します。もし、クライアントのいうことが納得できないものであれば、私たちの考え方を納得させるよう努力します」(同)


同じことを、幹部コピーライターの一人、ディロン氏も話してくれました。


「確かに、DDBのクライアントでもDDBがつくった広告にボツを出すこともあります。そういう場合には、私たちは引き返して他のをつくりにかかります。でも、自分たちのつくったのがいいと信じている場合には、アカウント部門の人がそのためにクライアントと戦ってくれますよ。それがこの代理店でのアカウントマンの仕事なのです。
それと多くの代理店と違うもう一つの点は、もしクライアントが私たちのつくった広告を気に入らない場合、彼らはその理由をいってくれますから、私たちは引き返して、他のをつくる算段にかかります。決して、こうしろああしろなどとはいわせませんよ。
他の代理店からきたライターやアートディレクターにとって、こういったことは救いになるでしょうね。今までの代理店と比較することができますからね」。


これらの言葉から判断して、クリエイティブ部門の人たちをくさらせるのは、彼らがつくったものが不採用になることではなくて、理由もいわず、抗弁もできないままに不採用になることのようです。つまり、彼らは無用の憶測をとめどなくしなければならない手探りの海へ飛び込まなくてもすむわけです。


それは、クライアントに対するDDB側のやり方の中にも見られます。パーカー夫人のこの言葉はそれを示唆しています。
「キャンペーンを二案、三案、あるいは半ダースも提出して、お得意のほうで好きなのを選んでいただくということは、決していたしません。二案も三案も提出するのは、患者に「みどり色」の錠剤や「青」、「むらさき」の錠剤を見せて、どれでも好きなのを飲みなさいといって、すすめるヤブ医者のようなものだと考えます。お得意のほうからは、もちろん、どこが悪いかいってもらわねばなりません。しかし、私たちは治療法が患者に合わないとしたら、他の方法をやってみます。しかし、選択の重荷を患者に負わせるのは、私たちの責任を回避することになると考えます」(注:前出「クリエイティビティ」)