創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

03-19 DDBをとても尊いところと考えていた

確かにロビンソン夫人のいうとおり、DDBには、外部から訪問した者にもそれとわかる明るさがあります。
私のケースは特別かもしれませんが、DDBを訪問していた数週間、重苦しい気分に襲われたことは一回もありませんでした。
それは、DDBの人たちの自信が、フランクな雰囲気をつくっているのではないかとも思えました。
chuukyuu「この雰囲気をこわさないでおくために、どんな努力を払っていらっしゃいますか?」
ロビンソン「私たちは、いつも、この雰囲気の中にいる自分を意識していました。
そして、この雰囲気をこわさないでおくための努力を惜しみませんでした。
この雰囲気をこわさないでおくことができたのは、私たちが注意深くそうしたことも理由にあげられると思います。
私たちは、これをとても尊いところと考え、決してこわしてはならないと思っていました。
そして、築き上げたものをこわしてしまう一人よがりや自己満足や気まぐれは、絶対にいけないことだと・・・。
もちろん、私たちを軽蔑の目で見る外部の人たちもいました。
私たちの失敗を夢見る人たちもいました。
彼らは、往々にして自分はとても賢いと思い込んだ予言者気取りの人々で、こんなこともいったんですよ。『とてもいい雰囲気には違いなかろうが、小さい会社だからうまく行くんだよ。肝心なのは、いつまで続くかさ』
とにかく、こういった人たちの注視の的だったことも、私たちに慎重な行動を取らせました。
この環境を保って行くための努力を払わせた理由になっていたと思います。
それから、バーンバックさんの努力も忘れてはなりません。
若い人々を鼓舞する福音伝道者であり、激励演説をするコーチであり、とてもタフで優秀なディレクターであり、先生であるのです。
彼は、決して一人よがりを許しませんでした。この代理店が成功したのも、もとを正せば、彼一人の力によるところが大きいのですが、そのための彼の努力は口ではいい表すことができないぐらいです」
ロビンソン夫人の口調は、まるで、ソロモン王によって建立されたイスラエルの神殿が破壊されるのを恐れているような響きすらありました。
もろもろの宗教は、数多くの場所で礼拝しますが、ユダヤ教は、ただ一つの聖所しか持たないのだそうです。
そういった感じすら、ロビンソン夫人の言葉にはありました。
創造の聖所・・・DDBでしょうか。
けれども、私の関心は別のところにあります。アメリカ式の合理主義とは違う、精神主義の強い感じを、彼女をはじめ、DDBの人たちの言葉から受けたのです。バーンバック氏の思想は、もしかすると、アジア的なのではないのでしょうか。