創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(431)ジェリー・デラ・フェミナ氏とのインタヴュー(3)


【用法】「何をお釣りになります?」カースルが訊いた。
ニジマスかヒメマスだ」パーシヴァル博士は答えた。(少略)
「どちらの釣りがお好みです」
「それは実際のところ、味の好き嫌いの問題でない。わたしはただ、釣りそのものを楽しんでいる。----蚊針釣りだがね。ヒメマスにはニジマスほどの敏捷さはない。だからといって釣りやすいわけでもなく、要するに、それぞれにテクニックの相違のあるところが面白い。ヒメマスは闘士(ファイター)で、力つきるまい゛闘いぬくんだよ」
ニジマスのほうは?」
「あれは魚類の王様だ。非常に用心深くて、靴の底の釘とかステッキの先とかが音をたてても逃げてしまう。だから、釣り師はまず、蚊針を正しい位置にすえねばならぬ。---」
グレアム・グリーン『ヒューマン・ファクター』宇野利泰訳 ハヤカワ文庫


(chuukyuu:相手はそれぞれに違うのを知ることからはじめないと---)





デラ・フェミナ トラビサノ&パートナーズ代理店
社長当時


<<ジェリー・デラ・フェミナ氏とのインタヴュー(1)


環境でかわることも多い才能の発揮


chuukyuu 「才能ある人が、居心地のよい楽しい環境の職場で働くのと、居心地のよくない環境の職場で働くのとでは、何か大きな違いがありますか?」


フェミナ氏「すべてがまったく違ってきます。
実際、この町のある代理店にいたライターで、偉大な人物と信じられていた人が、環境の悪い他の代理店に移たとたんに、彼の才能はどこかへ行ってしまったのではないかと人が考えるほど、役に立たないライターになってしまったという例が幾っもあります。
この場合、彼は才能を失ったと同時に仕事への喜びも失ったのです。
ですから、確かに環境には大きく左右されるのです。
もしあなたが、ともに働く人たちがみんなすぼらしい人ばかりだから、なんでも自分はやれると感じているなち、きっとあなたはなんでもやってみられるでしょう。
逆にもしあなたが、彼らは、必ずあなたのつくったものにストップをかけるだろう、制約を加えるだろう、変えてしまうだろうと感じたり、あるいは、どうもその環境が気に入らない、面白くない、みんながみんな年寄りじみていて進歩のないところだ、などと感じるなら、きっとあなたにはやりたいものは何もないでしょうし、じじつ、何かやったとしても結果は目に見えています。
環境は、必ずしも動かしがたいものではないのです。貧しいなら貧しいなりに幸せな代理店をっくることができるのです。
幸福になるか不幸になるかは、人それぞれの心の持ちようなのです。
人はだれだってほんとうにやってみたいものならなんだってできるはずです。
また、こんなこともあります。
コピーライターが自分の仕事に不満を持ったからといって、それを解消するのに十分なお金を持っている代理店など、この町のどこをさがしてもありません。
たまたまそんな時、たとえば私が前に働いていたテッド・ベイツ社が数百万ドルのお金を積んで誘いにきたとしても、決して首を縦にふることはないでしょう。あそこはあまり感心できる代理店とはいえませんからね。
これぽっかりは、お金で解決できる問題ではないのです」


フェミナ氏は、デラ・フェミナ・トラビサノ&パートナー代理店の社長---というよりも、マジソン街で今(1970年当時)、いちばんの論客として知られています。
新しい論点----たとえば抗議広告など---には、必ず発言し、新しい傾向をつくり出しています。
頭はウスくなっていますが、まだ30代前半の若さで、早くも一家をなしており、マジソン街のヤング・ゼネレーションの代表選手といえましょう。


広告代理店は広告をつくるところで人間を形成するところではない


1970年4月のニューヨーク滞在中、多くの広告人の友人たちから『ニューヨーク』誌に載っているデラ・フェミナ氏のエッセイを読んだか? と聞かれました。


(その後『真珠湾を贈ってくれたすてきな民族から』のタイトルで出版された。邦題『広告界の殺し屋たち』(西尾・栗原 共訳 誠文堂新光社)
内容は、いわゆる内幕ものですが、みんな面白がって読んでいたようでした。


chuukyuu「この代理店の雰囲気を話してください」


フェミナ氏「クラブといった感じがたぶんに強いですね。
夕方5時きっかりに、秘書から電話交換手に至る社員全部が仕事を中断してアルコールでのどを潤します。
毎日欠かさずにです。
みんなが1ヶ所に集まってグラスを傾けるのです。
そうすることで、その日一日を無事に過ごしたことを確かめ合うのです。
それが終わると、またそれぞれの職場に散っていくのですが、とにかくみんなが一度手を休めて集まってくるのです。
小さなパーティを思わせますよ。
毎日開かれるこのパーティを知っていただければ、おのずとこの環境も知れようというものです。
『チェッ、また週末か。家に帰りたくないなあ』という言葉をよく耳にします。
というのは、いつも、いつもここにはパーティの雰囲気があるからでしょう。
音楽あり、楽しみあり、喜びもまたあるのです。
それから、ここにいるみんながそれぞれを愛しているということも知っておいていただかなくてはならない大切なことです」


chuukyuu「この雰囲気をここにいる人びとに知ってもらうために、どんな努力を払っているのですか?」


フェミナ氏 「いつも彼らに正直であるように努めています。彼らは、偽善、恩着せがましくされること、子どものように扱われることを極端に嫌います。
彼らは自分たちがこの代理店には欠かせない人物でありたい、ここで行なわれているものには必ずなんらかの関係を持っていたいと希望するのです。
私たちは、彼らがはたして満足のいく給料を受けているかどうかをはっきり知るように努める一方、これはここの環境を形づくる小さな要因にすぎません。
が、彼らにも私たちがいかに彼らに正直であるか、彼らが広告をつくるからなにがしかのお金を支払っているという事実、といったもろもろのことを知ってもらうように努めています。
とくに私たちが努力しているのは、彼らにとってここがほとんど家庭と同じであるということを知ってもらうことです。
たまにラジオが消えたままということがありますが、そんな時は私は進んでスイッチを入れます。
陰気くさい雰囲気なんて大嫌いです。
ラジオをつけてもっと景気をつけるのです」


chuukyuu「この代理店にいる有能なコピーライターを失うことをあなたは恐れますか?」


フェミナ氏 「良い環境の代理店であるなら、つぎにやってくるライターも必ず有能であると信じていますから。
ここにいるのはいい人ばかりですから。
なんといっても失いたくありませんね。
私はよくこんなことをいいます。
ここで働く人はみんな、私の親しい友だちではあるが、ここは広告をつくる場であって人間を形成する場ではない、と。
これはDDBについてもいえることです。
DDBは人の出入りの多いところですが、それでもなお良い広告をどんどん世に送り出すことができるのは、その環境が汚れないものであるからなのです。
それまでいた代理店ではあまりパッとしなかったのに、ほかへ移ったらどんどん良い広告がつくれるようになったという人がいますが、これは環境がかなりものをいっている証拠なのです」


chuukyuu「仮にこの代理店の規模がもっと大きくなったとして、どうしたら現在の雰囲気のままにしておくことができるでしょうか?」


フェミナ氏「いつもそのことでは頭を痛めています。
ほんとうですよ。
でも実際には、どうやったらいいのかわからないんです。
結局この問題は、まず会社の上役、つまり社長や副社長が最初に検討し、さらにメール・ルーム・ボーイに至るあらゆる人びとの意見を聞くことによって、より良い解決策を編み出すことになるでしょう。
とはいえ、きっとみんなの意見は現状椎持にかたまるでしょう。
つまり、ここをものすごく大きな代理店にしたいとはだれも思っていないのです」


>>(4)「もしゴリラがアイデアを持っていたら、コピーライターとして雇うだろう」