創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(592)東京コピーライターズクラブ・ハウスでのスピーチ(2)

昨日のつづき

インカム革命の流れで、DDB出身のクリエイター、
メリー・ウェルズの話題に。


広告界きっての美人といわれていたメリー・ウェルズです。
彼女はDDBから出て行って、ジャック・ディンカーという
会社に行って大成功して独立し、
ウェルズ・リッチ・グリーンという会社をつくった。
つくったとほとんど同時に株を公開しましたね。
それで、ものすごいお金を儲けた。
それと同時に、アートディレクターの夫と別れて、
ブラニフ航空の社長と結婚したんです。


ブラニフ航空がコングロマリッドに買収され、
インター・パブリックの子会社でジャック・ディンカー
という、企画だけする会社にアイデアを求めたら、
ものすごいことを考えてくれたんです。
スチュワーデスの制服を変えちゃうとか、
座席のシートの色も変えるとか。
そして飛行機のドテッ腹を
1機ずつ色が違う7色に塗っちゃうとか---です。
今日はどの色に乗りますか、という感じです。
それと同じように、コーヒーについてるシュガーの
包み紙も7色。どの色をお選びになりますか、とね。


コップから何から全部変えていった。
全部で17,000箇所変えたとかいってました。
スチュワーデスの服はエミリオ・プッチがデザイン。
  (chuukyuu注)当時はまだスチュワーデス。数年後に
  アテンダント。日本語では客室乗務員。


エアー・ストリップという空港用語があります。
それは空港の滑走路の真ん中に引かれている線です。
この線に沿って上がっていけという線。それをもじって
スチュワーデスの制服を1枚ずつ脱いでいくということ
にしたんですね。
空中ストリップ。男性客は喜んで乗りました。
それで冗談みたいに言うわけです。
「ニューヨークからダラスまで乗って、ブラウスまで見たよ、
あと、どこまで乗ったらったらブラウス脱ぐのかね」
ってなことを訊きながら降りていくんだそうです。
(これ、ブラニフ側---つまりはメリー・ウェルズが
つくった報道用ゴシップなんですが)
そういう話題をつくるアイデアも出している。


それをジャック・ディンカーでやって成功したものですから、
自分たちの会社をつくって儲けたということです。


ただひとつだけ言っておきますと、バーンバックさんは
DDBのクリエイティブ責任者のひとりですが、
The Son of DDBの人たちが会社をつくったら
必ずオープニング・パーティに行き、祝辞をのべていたのに
メリー・ウェルズのところだけは行かなかった。
そのくらい頭にきていた。


メリー・ウェルズのところが、もうソフト・セルはダメよって
言い出したんですね。DDBみたいなやり方はもうダメだと。
ハード・セルでなきゃダメと。
何がハード・セルだ、同じことやってるのにと
思いますが、先に言った者が勝ちなんですね。
だから、バーンバックさんが行かなかった理由もよく分かるんですが、
ただ、バーンバックさんにしてみると、
彼女のところはちょっと違うという気もあったと思います。


参照メリー・ウェルズ物語


続いて、DDBのクライアントとの関係とビジネスの考え方が
表現されている企業広告「Do This or Die」について。






これをするか、さもなくば死になさい。


この広告を脅しとみますか?
違います。しかし、そうなったかもしれないのです。
そして、米国のビジネスにとって、するか死かの別れ道でもあるのです。
広告を通じて、私たちはクライアントとともに、
人びとをトリックにかけるすべての力と技を持っています。
あるいは持っていると考えています。
しかし、私たちは間違っているのです。私たちはいついかなる時でも、
いついかなる人をも、だますことなど出来ないのです。
実際、この国の6歳の子どもは、12歳並みの知力を持っています。
そう、私たちは、知的水準の高い国民です。
そして、ほとんどの広告が知的な人びとを無視しているがゆえに、
ほとんどの知的な人びとがほとんどの広告を無視してしまうということになるのです。
そこで私たちは、仲間うちでの話をするのです。
媒体とメッセージについてとどまるところを知らない議論がそれです。ナンセンスです。
広告のメッセージはそれ自身がメッセージなのですから。
何も書いてない紙面にしても、何も写していないテレビのスクリーンにしても、同じことです。
そしてとりわけ、私たちがそれらの誌面やテレビの画面にのせるメッセージは、真実でなければなりません。
もし、真実を曲げて伝えれば、私たちには死が待っているのです。
さて、コインのもう一面についてお話ししましょう。
それは、製品について真実を述べるには、真実を述べるに足るだけの製品が必要だということです。
ところが悲しいことに、多くの製品はそうではないのです。
あまりにも多くの製品が、改良の努力を怠っています。特長もありません.
それに製品が長持ちしないものもあります.
あるいは、なくてもいいような性能がつけられています。
もし私たちがこのトリックを用いるなら、死ななければなりません。
なぜなら、広告というものは、悪い製品が早くダメになっていくのを一層促進するものだからです。
どんなロバだって永久に人参を追いかけてはいません。
事態がのみこめれば、追いかけるのをやめます。
これは覚えておいてよいことです。
もしそうしなければ、死を待つばかりです。
もし改革がないならば、そのうちに、消費者の無関心という大波が、
広告され、製造されているたわごとの山を襲うでしょう。
その日こそ、私たちの最後です。
私たちは私たちの市場で死ぬのです。私たちの商品棚の上で、
空虚な約束を記した美しいパッケージの中で。
物音もなく、すすり泣きもされず。
しかし、それは私たち自身のきたない手が引き起こしたことなのです。


先ほどお配りしたDDB自身の広告を帰ってから読んでみてください。
「やるか、さもなくば」というコピーの広告です。
これは『タイム』という雑誌に載せたものです。


DDBは多くのクライアントの広告枠を『タイム』から買っており、
ある程度出稿したときに、マイレージみたいなもので、
1ページをぽんと広告代理店にくれるんでしょうね。
そのスペースを使ってこの広告を出しました。
このあいだ、某大代理店から、最近の若いコピーライターは
DDBを知らないから来て話してくれないかというお話がありました。
もうDDBはいいと思っているから、クリエイティブの
マネジメントのことだったら話してもいいと返事しました。
じゃあ、それで---となりました。
クリエイティブ部門のお偉いさんだけの集まりですから、
DDBのクリエイティブ・マネジメントについて話したんです。


そのときにもこの広告を配ったのですが、
ある方からあとで手紙をいただきました。
わが社が忘れていたのはこれだったと。


お帰りになってから読んでみてください。
勝手なこと言ってるわとお思いになってもいいですら。


日本の広告とアメリカのDDBがつくった広告の違いについて。
明日につづく