創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

[6分間の道草](562)ジャック・ディロンの小説『アド-マン』(1)

on "DDB NEWS” November issue, 1972

ジャック・ディロンの新作小説『アド-マン』


数ヶ月前に、DDBの重鎮コピーライター---ジャック・ディロンが新しい作品を上梓、アッという間にマジソン街でもっとも最上位の読み物にランクされました。そこで、編集部は、DDBの副社長でクリエイティブ・マネジメントスーパバイザーである氏をインタヴュー。本邦初訳


 ほかにも何冊かお出しになっていますが、こんどのが一番、反響が大きかったのでは?


ディロン氏 そうなんですが、内容によるのかなと、思っています。
前に書いたのは、ウェスタンもの、それから1954年に、質の高い純文学ものです。
それから、いまでも自信作なのは、白人と黒人の融和もののハード・カヴァー---社会運動としてうんぬんされる前に発表しました。けっこう、評価はされましたが、売れ行きはさっぱりでした。以後、ぼくは、黒い靴ばかり履いているんですよ。
つぎに、「死ぬためのすばらしい日」と呼ばれるペーパーバック・スリラーを書きました。

次が、これ。ハード・カヴァーにしていい内容ですよね。
あなたがスリラーよりシリアスな主題をあつかっているとおっしゃるのでしたら、やはり、舞台がコンテンポラリーだからだろうと思います。


 でも、広告業界を扱ったものは数ありますが、これほど話題になったものはないように思いますが---。


ディロン氏 ぼくは、広告業界を舞台にした小説は、『ハックスター(行商人)』しかなかったといいたですね。
『グレイ・フラノの屍衣』(注;ヘンリイ・スレッサー 1959 ハヤカワ・ミステリ文庫)ほど有名ではありませんかがね。この『グレイ・フラノ〜』は、広告代理店というより、PR業界の話だったように記憶しているんですが---。
『ハックスター』も、広告代理店をリアルには描いていませんでしたね。


 意外です。広告代理店にはコピーライターがいっぱいいるものと---


ディロン氏 広告代理店の業務に即した小説を書く人は多くはないんです。広告の仕事に、気をそそられないんでしょうね。


 でも、ずいぶん書評でとりあげらていたじゃないですか。書評家の心を捉える何があったんだとと思いますよ。


ディロン氏 幾人かの書評家は、好みじゃないけど、手にとったと言っていましたね。ぼくのじゃなく、マジソン街を書いた小説のことを。


 でも、ディロンさんのご本にはこんなにたくさんの書評が---。


ディロン氏 そうかなあ。だって、ふつうの人びとは、広告界って、ケリー・グラント(映画『北北西に進路をとれ』)とかトニー・ランドール(注;映画『Lover Come Back』の主人公)が広告人だとおもっていますよ(現実からはほど遠いですが--)。
まあ、これまで、マジソン街を描いて幾冊かの小説のせいでもありますが。
とにかく、知的な書評家は、広告を軽蔑する傾向があることは否めません。
ぼくの小説で、アド-マンの真の姿を知って驚いているところだとおもいますよ。マティーニの氷をチリンチリンといわせて飲みながらアイデアをおもいついてたりはしていないことだけはわかったみたいですね。
いくらかは、認識を新たにしてくれたんじゃ、ないですか。


忙しくなった日常


 ジョニー・カーソン流の質問をあなたにさせてください。
この小説が上梓されてから、生活はどんなふうに変化しましたか?


ディロン氏 ものすごく忙しくなりました。
出版社がセット・アップしたさまざまなインタビューを、こなさなければならなくなりました。
これには、きつい緊張を強いられます。
ぼくは、書き手であって、話し手ではありませんからね。
しかも、つっこんでくるのは、勤め先のバーンバック会長とか、ジョー・ダリー社長の反応なんかですよ。さしさわりのないように答えるために、最善をつくしてはいるつもりですがね。


 どんなつっこみの質問なんですか?


ディロン氏 一例をあげると、DDBのアカウント(広告扱い先)のアルカ・セルツァー(注;制酸剤入りの家庭消化薬)まわりの質問です。これは、ビジネスかかわりのことであって、クリエイティブにはあまり関係のない話ですからね。ぼくが推測しているところでは、コマーシャルなどの大好評にもかかわらず、アルカ・セルツァーの売り上げが6000万ドルにとどまっているのは、クリエイティブに問題があるのでは---とさぐりにかかっているんです(クリエイティブに関していえば、売り上げ増加に寄与していますよ)。ぼくは、そこのところを正直に答えているんですが、トーク・ショーを観ているのは、たぶん、専業主婦ですからねえ。どこまで察してくれていますか---。


 小説とDDBを結びつけて質問するのですか?


ディロン氏 小説の中の人物のモデル探しなら、DDBの社内でだって、かなり行われたようですよ。
まあ、ぼくとすれば、誰にも傷がつかないように答えるようにしているつもりですが。
そうなんです、小説の舞台は、DDBじゃないんです。
でもね。DDBをどう観ているのかとも、しつこく訊かれるんです。
悪気があってのことではなく、身近な話を楽しんでいるんでしょうがね。



>>つづく