創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

[6分間の道草](555)シローイッツ氏、広告コミュニケーションを語る(連結編)


1973年6月号の『DDB NEWS』の表紙です。
特集は、題して「DDBに戻ってきた人たち」。
記事の一部は 2009年8月3日にアップしています。


きょうのレン・シローイッツ氏は、コピーのロン・ローゼンフェルド氏とともに出て行って、けっきょくは大きな成功を果たさず、数年のうちに広告ジャーナリズムの目から消えていってしまった惜しい才能のコンビでした。
この表紙の『DDB NEWS』が、いちばん待っていた2人かもしれません。
もう一人のビッグ・ネーム---ヘルムート・クローン氏は、帰り咲きましたが---。
じつは、2人の脱出と消滅から、このブログ『創造と環境』を思い立ったのでした。いいクリエイターをつくるには、才能と努力もあるが、なにより環境(理解のあるクライアントも含めて)が必要なのです。


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on "DDB NEWS” May issue, 1968


広告コミュニケーションを語る


元DDBクリエイティブ・マネジメント・スーパバイザー
レン・シローイッツ
(1969年に退社し、ハーパー・ローゼンフェルド・シローイッツ社の共同経営者だったが
その後、ハーパー氏を解任)


小学生の時にアートディレクターを志した


「アートディレクターになろうと決心なさったのは、いつですか?」


シローイッツ氏「そうですね、信じられないかもしれませんが、小学校時代のことですよ。
遠い親戚の人に、広告のアートディレクターみたいな仕事をやっている人がいたものでね。
私は、彼のやったものが何百万という人々に見られるという事実に驚嘆してしまったわけです。
そして、一度にそんなに多くの人にコミュニケートできるというところが気にいりました

母は、私に絵の才能があると考えて、アート・スクールヘ入れてくれました。
ミュージ″ク&アート高校で広告デザインを学び、それからプラット・インスティチュート(ニューヨークの有名な美美術専門大学)ヘ行きました。

プラットを出ると、徴兵され、2年間は900万のヘルメットに記章を900万描いてすごしました。
除隊後、製薬関係の広告代理店に職を見つけました。
でも、真に広告とはいえないような場所で働くということにはうんざりしました。
ここのアートディレクターというのは、コピーライターのアイデア(大抵がひどいものでした)を飾るだけが能でしたからね。
そこで、私はさっさと絵筆をまとめて、グレイ広告代理店で働くことになりました。
ここには1年半ばかりいました。
それからCBSのとても才能のあるアートディレクターであるビル・ゴールデンのところへ行きました。
彼は私に、アートディレクターがライターにも、アイデアの創作者にもなれるのだということを教えてくれました」


バーンバックが教えてくれたもの


「ビル・ゴールデンのほかにも影響を受けた人がありますか」


シローイッツ氏「ビル・バーンバックです。
彼からは、とても多くのことを学びました」


「特にどんなことを?」


シローイッツ氏「アイデアのエッセンスをつかむ方法、人々とコミュニケートする方法、いかに売るか--といったことなどです」


「広告のアイデアのエッセンスをあなたはどうやってつかんでいらっしゃいますか?」


シローイッツ氏「それは、とても言葉では言い表わせるようなものではありませんが、まずよく見て、気づき、見当違いのものはすべてまっ殺し、ポイントをつかみ、アイデアをセリング・ポイントを気憶しやすいように、フレッシュな方法で表現するということです。
それに、人々に関係があるようなものを見つけ出すことです。
つまり、あなたの広告を人々が見て『全くそうだ』『そのとおりじゃないか』『私もいつもそうだと考えていた』と思うようなことを見つけるのです。
でも、そういった考えを消費者の心の中に植え付けるには広告主の力が必要です。
全く新しい考えや、これまでに全く人々にとって関係のなかったようなことではなく、これまでにもずっと親しんできたものを、変わった、興味をそそるようなやり方で表現するのです」


すぐれたキャンペーンは企業の未来を売る


「これまであなたがなさってきた際立ったキャンペーンの中で、モービルとかベター・ビジヨッ協会などは商品以上のものをセールしていますね。
ベター・ビジョンは視力を検査することをセールしていますし、モービルは道路の安全というコンセプトをセールしていますし---」


5分間こうやってごらんなさい。 それが永遠だったらどうでしょう?
あなたは、たった一組の目しかお持ちではないのですよ。
最後に検眼なさったのはいつでした?


シローイッツ氏「いいえ、実際にはベター・ビジョン協会の広告の目的は、眼鏡を売ることでした。

モービルの広告の目的は、長期にわたってガソリンを売らなければならない偉大な理想を実現することでした。
ただ、私たちは変わった方法を使ってやっただけのことです。



運転している時のあなたが、本当のあなたです。

両方とも、受け手サービスをしたのです。
つまり読者のためになるようなことをやったのです。
そういうものを私たちが彼らにしてあげたので、彼らも反応を示してくれたのです。

実際すぐれたキャンペーンというものは、商品を売るという射程の短い目的のほかに、広告主のために射程の長い企業的な効果をも待ったキャンペーンでもあるべきです。

読者が興味を持つようなものを提供すれば、そのお返しに広告主に興味を持ってくれるものです。
あなたが人々に関心を寄せていることを示せば、人々もあなたに関心を寄せてくれるものです」


「もしアートディレクターでなかったら、あなたは何をなさいますか?」


シローイッツ氏「さあ、どうお答していいかわかりませんね、お菓子屋さんでも開くかな? 
とにかくずっーと、ブロンクスでの小学校時代からアートディレクター志望でしたからね。
アートデーレクターというのは、コピーライターなんかよりも、テレビ・コマーシャルや広告を制作するにあたっての最高のコントロールができるので好きなのです。
もし、コピーライターが出したアイデアをアートディレタターが気に入らなかったら、それをやらなければいいのですからね。
鉛筆と紙さえあれば、そのアイデアを入れるか入れないかは、私の権限内にあるわけですし、だからこの仕事が好きなのです。
イデアがふさわしくないものであれば、入れなければいいのですから」


「それでは、コピーライターは、アートディレクターによってかなり左右されるとおっしやるのですか?」


シローイッツ氏「まちまちです。
もしアートディレクターがひどいアートディレクションで、アイデアを完全にぶちこわしてしまうような場合には、ライターがアートディレクターによって左右されますし、アートディレクターがアイデアを思いついても、ライターの言葉がそのアイデアの可能性について行けないような場合には、ライターに左右されてしまいますからね」


「読者の目を止めさせるものは、ビジュアルなものだと思われますか?」


シローイッツ氏「いいえ、アイデアです。そしてそのアイデアが言葉とビジュアルによっていかに表現されているかが問題です」


人がジグを行っていたら、ザグを行け


「若く、大志をいだいているアートディレクターヘの助言を---」

  
シローイッツ氏「コンセプトが強調されていますので(もちろんこれはこの仕事のいちばん重要な部分ですが)、自分がアートディレクターであるということを忘れてしまっているアートディレクターが多すぎるということです。
彼らには、強くて、いろいろな種類のグラフィックヘの配慮が足りません。
十分実験していないのです。
広告をデザイソする時には、アイデアのどこに焦点を置き、汗をしぼり出し、十分よく見せるやり方というものを知らないのです。

それはテクニックを完全にマスターしていないからです。
レイアウト、タイポグラフィー、写真、フィルムなどの学び方が足りないのです。
彼らの前に開けているものすべてを知っていないからです。
だから彼らの表現は、安全で世俗的で派生的なものになってしまうのです」


「ほかには?」


シローイッツ氏「ほかの人がみなジグザグのジグを行っている時に、ザグを行くことですよ」