創造と環境

コピーライター西尾忠久の1960年代を中心としたアメリカ広告のアーカイブ

(449)『トミ・アンゲラー絵本の世界』(第5回)


『ゼラルダと人喰い鬼』(下)




第2景……ゼラルダって娘の登場です。


人喰い鬼の城から離れた谷間の、森のまん中あたり、木の生えていない平地に、ひとりの農夫とひとり娘のゼラルダが住んでいました。

父ひとり娘ひとりの生活です。


母親がいなくなったテンマツは説明されていません。


トミの頭の中には、3番目の夫人の存在はなかったのではないでしょうか? 
あるのは、自分と娘のフィービィだけ……。


それはともかく、父親が娘のゼラルダに「サーカスの人さらいにさらわれるぞ」なんておどし文句を投げつける必要など、サラサラなかったのです。


それもそのはず。
ゼラルダは、料理をつくるのが大好きな娘でした。


6歳になるまでに、彼女は、肉を焼いたり、パンやお菓子を焼いたり、肉や野菜を油でいためたり、トロトロ煮こんだり、グツグツ煮たり、シチューをつくったりできたのです。


そう、ゼラルダの家は、牛もブタもヤギもニワトリも犬も猫も飼っていて、料理の材料にはこと欠かなかったのです。
そうそう、ロバもアヒルもいました。


これですネ、トミがこの童話を出版した数年後に、カナダのノバ・スコシアの無人島で娘のフィービィとつくりあげた自給自足の生活は−−−−。 


ゼラルダの父親は、この小さな農場でつくったものを売りに年に一度、町へ出るのが長年のならわしでした。


−−−−しかし、今年は体の節々が痛く、胃がもたれ、気分もすぐれず、目もかすむ……といった状態。


明日は町で市がたつというのに、です。


「わしにかわって、ひとりで町へ行っておくれ」
父親が娘のゼラルダを枕元に呼んでいいました。


次の日の夜明け、ゼラルダはロバに引き車をつけ、荷物をつみこみ、父親からしっかりやっておいでと励まされて出発しました。


一方、こちらは人喰い鬼です。


その朝、人喰い鬼はヽいつもよりさらにおなかをすかせて、もろい岩の上にいました。


朝風のそよぎの中に、若いゼラルダのにおいをかぎつけました。

「ああ、おいしい朝食がやってくる」とばかりに、人食い鬼は、よだれであごひげをびしょぬれにしながら待ち構えていました。


ところが、ここのところ、動物性蛋白質不足で、しかもお腹がすきすぎていた人喰い鬼は、あろうことか、目がくらんで岩から転げ落ちてしまったのです。


それでも、口ではブツブツと「グルルルルルル、小さな女の子−−−−俺の獲物、グルルルルルル、グルルルルルル、ああ、腹ペコだァ。クンクンクン」とつぶやいていました。


そして、頭の中では塩とスパイスをきかせると子どもはとてもおいしい朝ご飯……と考えながらいい、気絶したのです。


人喰い鬼の「腹ペコだァ」を耳にしたゼラルダは、「あらかわいそうに。この人、ひもじいのだわ」と、荷車から荷をおろし、さっそく、得意の料理をはじめました−−−−。


ゼラルダは、お腹をすかせた人喰い鬼のために、市に出す品物の半分を使いました。



彼女が人食い鬼の前に並べたのは、


オランタガラシのクリームスープ
マスのケーパーの燻製
かたつむりのガーリックー・バター添え
大皿に盛ったローストチキン
そして、豚の赤ちゃん

おいしそうな匂いに気絶から目ざめた人食い鬼は、目の前のごちそうにむしゃぶりつきました。
料理自慢のゼラルダが腕によりをかけてつくった料理です。
人食い鬼としては、生まれて初めてのおいしい昧でした。


深遠な思想に初めて接したと考えてみてもいいのです。
子どもに塩とスパイスをふりかけただけのこれまでの朝ど飯(ハウツー式の知識)なんか、どっかへすっとんでしまったほどでした。


やっと人心地……いえ、鬼心地のついた人食い鬼は、ゼラルダにいいました。
「かわい子ちゃん。俺は城を持っている。その地下室には金(きん)がいっぱいつまっている。お前が俺の城へきて料理をつくってくれれば、その金をあげてもいいんだがな」


ゼラルダは、ちょっと考えてから、ウンと返事しました。


それから、どうなったと思います?

あちこちの森に住む男女の人食い鬼たちが宴会にやってきては、ゼラルダのつくるおしい料理を食べたものですから、彼らは、子どもなんて、まずい食べものだと悟って、その後は人さらいに出かけなくなったのです。


町の子どもたちは、また学校へ通うことになりました。

もっとも、子どもたちの中には、学校が嫌さに「ゼラルダはよけいなことをした」といいふらす子もいましたが、それこそ論理の短絡というもの。

おもしろくない授業をする学校をこそ非難すればいいのでありましてネ。

ま、料理上手は花嫁の無形の持参金、めでたし、めでたし、ってことにしておきましょう。


>>『ムッシュー・ラシーヌと珍獣』に続く