創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

[アンチ・マジソン街の広告代理店PKL](3)


「40年間、何をやっていたんだろう」とPDFしつつ思ったり、「いや、広告はもうやらないことに決めたんだから」と、自分にいいきかせたり。
いろいろ、複雑な思いでアップしました。
当時、米国も、まだ、電動タイプライターの時代。いま、日本はパソコン全盛---とすれば、フォーマットさえ入れておけば、あとはキーをたたくだけで記録できるんですがね。
それにしてもレブンソン氏は、じつに親切に教示してくださった。産業スパイでないことが、ジョージ・ロイス氏から通じていたのでしょう。改めて、感謝。


第4章 アカウントマンにも、コピー教育を (4−3)

マーケティング計画書


さて、この『マーケテイング・プロファイル』がアカウントマンから提出されると、これをもとにして『製品ファクト・ブック』がつくられるわけです。
その日はちょうど週末(金曜)にあたっており、しかも私がレブンソン副社長の部屋を訪ねたのは、午後もだいぶ遅くなってからだっので、『マーケティング・プロファイル』の解説を聞き終わったのは、終業時間ぎりぎりでした。
レブンソン氏の秘書は、あごがすこししゃくれ気味のキュートなお嬢さんでした。
隣の部屋でガタガタと書類ロッカーの扉を閉めたり、机の引き出しを閉めたりし始めました。
「ハ、ハーン」と気をきかせて、


chuukyuu「秘書に悪いから、もう失礼しましょう」
レブンソン氏「構いませんよ。被女を帰してゆっくりやりましょう。
アスター、ビルのところから『マーケティング計画書』を借りてきてくれないか。そしたら帰っていいよ」
と秘書に言いつけました。
やせ気味のアスター嬢が、『計画書』をレブンソン副社長に渡して、腰をふりふり部屋から出ていくと、
レブンソン氏「邪魔者は帰りました。男同士でゆっくりやりましょう」
この『マーケティング計画書』は、1製品ごとに1冊ずつできていて、厚さが10cmはあろうという、すごいやつでした。
ボブのところからアスターが借りてきたのは、プッスン・ブーツという猫の餌のもの。


レブンソン氏「これは、クリエイティブ部門が持っていて、問題に直面するとこれを開いて情報を得ることになっているんです」
一瞬、私は、日本のクリエイティブ関係の人間が、いかに直感と勘にたよって悪戦苦闘をしているかに思いをいたし、悲しくなりました。
この「マーケティング計画書」は2つの「ファクト・ブック」をもとにしてまとめられたもので、「ファクト・ブック」の項目は以下のとおりです。


クリエイティブ・グループ用


A.銘柄の歴史
 1. だれによってどのように発案され、いつ市場に出されたか?
 2. 製品、価格、パッケージ、販売、競争相手などのきわだった変化


B.製品ファクト
 1. その製品の特徴、利便
 2. 原料、製造過程
 3. 価格、パッケージ、サイズ
 4. 主競争相手との比較


C.消費者調査
 1. 銘柄知名度、吟味度、購買者、利用度とその態度
 2. 製品テスト
 3. 競争相手との比較


D.マーケット・ファクト
 1. 消費者特徴--- どういった人が買い、利用するか
  (民勢統計)
 2. 利用者の程度(重、中、軽)の定義
 3. 購買および利用の頻度
 4. 季節的要因
 5. 地域的要因


E.販売
 1. 販売傾向
 2. 販売者のタイプ別、地区別、地理的流通
 3. 販売方法、直売かその他か
 4. 販売促進の方法とその実際


F.銘柄の広告経過
 1. 印刷広告、テレビ・ストーリー・ボード、ラジオ・スクリプト
 2. 銘柄の広告経過の概要
   主テーマ、日付、媒体
 3. 銘柄の広告調査


G.競争相手
 1. 競争相手の広告一覧表----現行のもの
 2. 競争相手のパッケージ、ラベル、インストラクション


H.法的規制とルール
 1. 制限
 2. ロゴ、商標
 3. 著作権


媒体グループ用


A.銘柄の歴史
 1. 製品と競争相手の概要


B.マーケット・ファクト
 1. 消費者特性
 2. 利用者の程度(重、中、軽)
 3. 購買と利用の頻度
 4. 季節的要因
 5. 地域的要因


C.販売
 1. 傾向
 2. 地域別
 3. 季節別
 4. 販売分析
  a. 地域別潜在量
  b. 銘柄とカテゴリー拡張指針
 5. 販売管理
  a. 流通
  b. 販売方法
  C. 販売促進の方法と実際


D.銘柄の広告経過
 1. 予算と媒体配分の概要
 2・印刷広告、テレビ・ラジオ広告サンプル


E.競争相手
 1.競争相手の予算と媒体計画の概要
 2. 競争相手のコピー


F.法的規制とルール
 1. 制限
 2. ロゴ、商標
 3. 著作権
 4. 契約


chuukyuu「拝見したところ、アカウントマンの主観で書かれる部分がずいぶん多いようですね。これだと個人差が出ましょうね?」
レブンソン氏「ええ。ですから、私たちアカウント部のものは、コピーライターとしての訓練を積むわけです」


なるほど----と思いました。
広告を制作していて「不経済ダナ。ソンナコトハ、初メカラ伝エテオイテクレレバ、制作変更シナイデスムノニ・・・」といった事態になることが、よくあります。
アカウントマンがクライアントはなにを望んでいるかを正確に把握して伝えてくれれば、避けられる不経済です。
もし、アカウントマンが、コピーライター的な目をもっていて、クライアントはなにを望んでいるか・・・を察知するとともに、広告代理店はどうすべきか・・・がわかっていれば、実に円滑に事が運ぶわけです。


問題の「マーケティング計画書」を開けてみると、「本書の目的」「目次」があって、その次に「広告にとって重要なマーケティング目標」「クライアントにとって重要なマーケティング目標」「製品にとって重要な目標」の3つの目標がつづき、「新製品の紹介」欄がその次にありました。
このあと、「マーケティング戦略」の項目、「クリエイティブ目標」のページ。
ここで、レブンソン副社長は、
「プッスン・ブーツの場合は、この製品を、バラエティに富んだ猫の餌のオーソリティとして地位を与えるよう印象づけることが目標になっています。
老舗の猫の餌、健康的でじょうぶにする缶づめの猫の餌、乾燥猫の餌なのできちんと食べられ、猫を強く元気にする食品類をすべて含んでいる・・・といったふうに印象づけることも目標です」と説明してくれました。

プッスン・ブーツ(猫の餌)


(バレリーナの踊りと猫の踊りがかわるがわる映る)


バレリーナ:ずいぶん元気のいい踊りね。


:運動のために踊ってるんだ。調子をいつも整えておきたいからさ。


バレリーナ:調子を整えるにはいつも何を食べてるの?


:プッスン・ブーツだよ。魚や,肉のにおいのブンブンするやつき,それにビタミンだって豊富だぜ、カン入りだから。汁もたっぷりだし、味もこのうえないんだ。(舌をめずりをする)


バレリーナ:食べものはとても重要よね。


:プッスン・ブーツのおかげで元気はつらつなんだ。


バレリーナ:結局のところ、プッスン・ブーツほど猫のことを知っているものはないってわけね。



このあとに、「広告に用いるテーマ」「以前につくったテーマがうまくいったかどうかの調査報告」「媒体計画」のページがありました。


レブンソン氏「6歳以上の子どものいる家庭の35〜55%が猫を飼っていて、猫の餌を買い入れるという調査結果が出たので、そういった家庭対象の媒体を選ぶことになったのです」
chuukyuu「拝見していますと、クライアント側からもいい情報が与えられなければ、いい計画書はできないと感じましたが・・・」
レブンソン氏「そうですよ。クライアントがいいクライアントであればあるだけ、たくさんのユニークなすぐれたインフォメーションを供給してくれます。私たちが必要としている情報を与えてくれることに関しては、プロクター&ギャンブルは最上等のクライアントです」
「媒体スケジュール」「マーケティング・プラン」「競争商品に関する情報媒体、金額、メッセージ・アイデア、予算、マーケティング・プランなど」がぎっしり書き込まれたページがつづき、必要なところには、競争商品のテレビCMのモニター写真なども貼ってありました。
そのほか、製品に関してのあらゆる情報・・・ 歴史、これまでの商売の状況、株価などが添付してあったように思います。
なにしろ、言ってみれば、極秘の書類を見せられているんだという思いが先に立って、写真をとるのもはばかられ、メモもとらなかったので、正確を欠いているかもしれません。
なんにしても、ニューヨークで「ホット(クリエイティブ)な代理店」といわれているPKLにしてこれですから、ため息がでるばかりでした。


明日は、PKLのシニア・コピーライターが開いていた[コピーライター養成コース見学記]。