創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(375)エド・マケイブ(Edward McCabe)氏とのインタヴュー (6)

1960〜70年代に、広告表現の革新をつづけていた米国で、とくにめざましい活躍ぶりで、その後の世界の広告に強い影響を与えたコピーライターたちを、東京からニューヨークへ出向いて、インタヴューした記録が、『みごとなコピーライター』(1969)、『劇的なコピーライター』(1971)です。DDBのライター12人、DDBから出て行ったライター4人、その他7人---。よくまあ、超売れっ子、超忙しい彼ら・彼女たちがインタヴューに応じてくれ、発言をチェックしてくれたと、いまになってみると、とんでもない企画だったとおもいます。しかし、記録がのこったことで、意義はあったとも自賛。マケイブ氏は、『劇的---』に収録。DDBのライターたちは、幾度もの訪問ですっかり顔馴染みになっていましたから、こちらの氏素性、意図を心得て応じてくれましたが、その他では一現インタヴュアーと見られ、トンチンカンな受け答えもありましたね。


クライアントにする最初の質問は---


chuukyuu 「アイデアをつかむ時のやり方に、何か特別な方法をお持ちですか?」
ケイブ氏 「ええ、とても変わったのをたくさん持っていますが、ちょっと説明できません。
だいたい、一つ一つの広告は、それぞれが異なった展開をするものですからね。コマーシャルなんか、 サム(スカリ氏)と2人ですわっていたり、他のディレクターとすわったりしてつくりますし、地下鉄に乗ったり、家にいたり、いろいろですからね」

chuukyuu 「新しい製品かクライアントがきた時、あなたがする最初の質問はどんなことですか?」
ケイブ「まず最初に問いかけなければならないことは『その製品は必要な製品かどうか?』ということです。そして、 2番目にしなければならない質問が『その製品は良いものかどうか?』という質問です。なぜなら、もしその製品が必要でないものなら、広告するほうだって人びとにそのことを確信させることはできないからです。それがどんなに良いものであったとしてもですよ。必要でないものだったら、そのアカウントはとりませんね。
それからつぎの質問に入っていくわけです。『なぜ、その製品は良いのか?』『広告費はいくらか?』『それはエキサイティングなものか?』『私たちにエキサイティングで、信頼性のある広告をつくる余地があるかどうか?』といったものです」
(つづく)


ケイブ氏のカール・アリー広告代理店時代におこなわれたSASスカンジナビア航空の作品



「さあ、魔物たちの夜となった。
墓が大きな口を開き、
地獄はすさまじい毒気をこの世に吐きかける」


デンマークのエルシノアにあるハムレットの城を、夜半に訪れてどらんなさい。そうすれば、銃眼つき胸壁で射程を定め、幽霊や穀人のことを憂うつげに話しているハムレットを見かけるでしょう。
この憂鬱げなデンマークの城が、あなたの趣味にはチトうす気味悪いというのでしたら、コペンハーゲンから1時間とは離れていない距離のところにエルシノアがあることを思い出してください。
エルシノアが古代を偲ばせ、血なまぐさいのと反対に、コペンハーゲンは近代的で華やかです。コペンハーゲンの人と知り合いになれば、ハムレットなんかデンマークにおけるただ一人の憂鬱な人物だ・・・って言いきれるようになるにきまっています。
SASは、ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルス、アンカレッジ、モントリオールから、コベンはーゲン(ストックホルムオスロヘルシンキ、ベルゲン)へ飛んでいきます。春には毎週18便、そして6月1日から毎
週34便も出ていきます。もっと先へ旅を続けたいのでしたら(コベンハーゲンを去りがたい人がほとんどですが)、SASはヨーロッパ内では大西洋を越えるどの航空会社よりもたくさんの市でお役に立ってます。