創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(300) [クリエイティブの核心](5) by Bill Bernbach


引用は、レン・シローイッツ氏によるアート・ディレクティングの、西部の地方ビールの広告。米国ではご存じのように酒類のCMは、飲むシーンは禁じられている。日本では、女性がゴクゴクと喉を通過させてニッコリ---笑顔の違いで味のわずかな差を訴えているかに見える。ぼくは、ビールの広告はつくったことはない。しかし、10数年間、ワインとビールについて調べていた(血圧の懸念からいまは飲んではいないが---)。その結果の一つ、かつて『EQ』誌に[コピーライターの目]のタイトルで、ミステリー風味のエッセイを連載したことがある。ベルギービールについての本も出した。後者はいずれ紹介するとして、前者の「タフで頑固な、ビール」を【週末のよみもの】として再録します。


レイニエ・ビールの醸造主任は、タフで、頑固で、迷うことがなく、意見を曲げず、屈服せず、御しがたく、考えを翻すことのない、昔かたぎの強情っぱりです。私たちのビールがおいしいのは、そのためです。




Rainier's Brewmaster is taugh, unchangeable, undeviating, unswerving, unbending, intractable, irrenversible, and old fashion stubborn. That's why our beer is so good.


よいプレッツェルには、塩がたっぷりきいています。よいビールには、ほんの少しきいています。

レイニエの昔風の醸造では、工程の始めに、塩を一つまみ、水に加えます。よいコックなら、だれでも話すように、わずかに使った塩が、他の原料の香りをひきだすのです。




A good pretzel has a lot of salt. A good beer has just a little.


When Rainier's old word brewmaster starts the brewing process, he adds a pinch of salt to the water. As any good cook will tell you, salt, used sparringly, brings out the flavor of other ingredients without adding any flavor of its own.


「クリエイティブの核心」
ウィリアム・バーンバック氏 (坂本登 訳)
AAAA(全米広告代理業協会) 1971年 年次総会スピーチより


アインシュタインのように
   イデアをつかめ


このことは、知職は重要でないことを意味するものではない。知識が目的ではないという意味なのである。知識は出発点なのである。そこから正しい基礎の上に立つアイデアが生まれるのである。
アインシュタインは、こうもいっている。


「物理学者の最高の仕事は、純粋な演縛によって宇宙成立に関する普遍的かつ根本的な法則を発見することです。論理的にこの法則に到達することはできません。経験に基づく直感だけが到達できるのです」


もし、アインシュタインに知識から出発してアイデアのひらめきに飛躍する気がなかったら、彼のあの相対性理論は生まれなかったろう。

わが社がクライアントに提出した今後10年間に対するアドバイスは、競争相手の機先を制すること--- ジャンプすることであった。新製品のアイデアをジャンプしてつかむことである。
ジャンプして新しい広告アイデアをつかむことである。今後10年間に安全運転をすることは最も危険である。

ちょっと末梢な話になったようだ。われわれの広告アイデアは、米国の多層化した効率的機構の中で練り上げられつつあるのかもしれない。
ここで現実味のある話をしよう。

数年前のある寒い冬の朝、私たちは疲れ、からだも冷えきり、腹をすかしてインディアナ州のサウス・ベンドに着いた。さっそくレストランに腹ごしらえに行った。
メニューを見て、まず私の目にはいったのは "Soup du Jour" という文字だった。

彼女は「わからないから聞いてきます」と店の奥に消えた。 しばらくして彼女は私のところにきてこういった。
「"Soup du Jour"というのは、本日のスープという意味です」
私は、このごろのビジネス社会はもったいぶって "Soup du Jour"の意味を説明するが、料理そのものはどうでもよいと考える人間がふえつつあるのではないかと、不安を感じている。(元『ブレーン』誌・坂本 登編集長訳)

chuukyuuアナウンス】
明日は、
“ハードセル”とか、“ソフトセル”は忘れなさい



関連記事:
ウィリアム・バーンバック氏とのインタビュー/スピーチ
>>「DDBの環境を語る」
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>>「よい広告をつくるのは、よいアイデアだ!」




chuukyuuの週末よみもの】

タフで頑固な、ビール

ボストンの私立探偵スペンサーは、これまでの20編で内外のビール30銘柄ほどを飲む。で、よほどのビール通のように思われているが、じつはそうではない。
探偵自身も『ユダの山羊』(ハヤカワ・ミステリ文庫 以下HM)で公言している。
「だいたい、ビールの味の見分けがつかないんだ。冷たければけっこう」 (p212)
『蒼ざめた王たち』早川書房から例証することもできる。この篇から、ビールは地元産のほうが新鮮で、より美味だといって(p36)サム・アダムズを愛飲しはじめたが、新鮮なのがいいのは下面醗酵用酵母による低温(4〜6℃)下面醗酵のビールだということを知らないみたい。
また、このすぐあとで、サム・アダムズをコップに注ぐと快い琥珀色になり、アンカー・スティームと同じだ、とのたまう。
アンカー・スティームはサンフランシスコの地元ビールだが、下面醗酵用酵母を高温(16〜21℃)で下面醗酵させたものだ。
高温醗酵といったらふつうは上面醗酵で、冷蔵技術が開発される前は、ビールは高温上面醗酵方式でつくられていた。
いま、日本のメジャーなビール会社の製品はほとんど下面醗酵用酵母を低温で下面醗酵させてつくったもの。
『ユダの山羊』で女友だちスーザンの家の冷蔵庫をあけてスペンサー探偵が手にとったニューヨーク州の小醸造所、F・X・マットのユティカ・クラブ・クリーム・エール(p200)が上面醗酵用酵母による高温上面醗酵のかな、と思った。というのは、<わが社のビールは50年も時代遅れです>と謳った広告を見たことがあるからだ。ホップの香りをかぐことも、モルトの風味を味わうこともできる、と別の広告で訴えていた。(図版は、50年前のビア・パブで使われていたユティカ・ビールのトレイをあしらった広告。アートディレクター=ビル・トウビン氏)

chuukyuu注】ユティカ・ビールのシリーズは、[ボブ・ゲイジとの会話](6)


アンカー・スティムに戻る。
ここも60年前の醸造方式を守って、まろやかでコクがあり、フルーティな風味をもつビールをつくっている。
ジャネット・ドーソン『追憶のファイル』創元推理文庫 以下創元) で登場したサンフランシスコに近いオークランドの女私立探偵ジェリ・ハワードが、ハードボイルド小説では探偵は机の下の引出しに酒瓶をしまっているものだが、「わたしはそうしていないので、オフィスへの帰り道に冷えたアンカー・スティームの半ダースカートンを買った。オフィスでひと壜目を飲んでいると電話がなった」 (p93)
ジェリは離婚歴のある33歳。173cm弱。大学では父親と同じ史学を専攻。地元劇団員や法律事務所の秘書を経て探偵に。第2話「古狐が死ぬまで』(同)はフィリピンの歴史と政争、日本軍の蛮行がらみの事件で読ませる。
グロリア・ホワイトによるサンフランシスコの女私立探偵ロニー・ヴェンタナも離婚歴がある。目の前で人が殺されていやおうなしに事件に関係する『フォート・ポイントの殺人』(講談社文庫)で登場したとき33歳。住居兼オフィスの冷蔵庫に冷やしているのはアンカー・スティー(p253)。
第2話『誰が社長を殺したか』(同)でもやはり冷蔵庫にアンカー・スティームを入れているし(p311)、レストランでもこの銘柄を注文(p249)
ジョゼフ・ハンセンはスペンサー探偵より数年早く、登場人物に「アンカーか。これにかなうビールはまだないなあ」(p72)といわせた(『スナイブ・ハント』はハヤカワ・ミステリ『タンゴを踊る熊』に収録))。
酒類評論家のマイケル・ジャクスン(同名同姓の歌手とは別人)は世界をまわって千銘柄以上のビールを試飲、採点結果を『ビール・ポケットブック86年版』にまとめたが、最高の四つ星を与えた米国の3銘柄の一つがこれ。
60年間つくられてきたアンカー・スティームが生き残ったにはこんなドラマがあった。
一人の学生がサンフランシスコのレストラン・バーで、伝統のある地元産のこのビールをと出会い、手にしていたグラスが最後の一杯になるかも、と告げられた。醸造所が間もなく閉鎖されるというのだ。小ビール醸造所が大ビール会社に呑みこまれていた時代だった。
電話で真偽のほどを醸造所に確かめてから入社、4年後の1969年には醸造所の所有者になっていた。フリッツ・メイタッグ氏がその人。メイタッグ洗濯機を全米に普及させた一族の出で、購入資金は洗濯機会社の株を売却して得たという。
もっともメイタッグ氏がサンフランシスコの荒れはてたアンカーの工場を捨て、M・ジャクスンが世界でもっとも美しいという醸造所を建てるまでには10年かかった。
ぼくの友人のDDBのアートディレクター、レン・シローイッツの手になる、西部でも昔風のつくり方を固守しているレイニエ・ビールの広告に、つるつる頭の男の顔をどーんと出し、<レイニエの醸造主任はタフで、頑固で、迷うことなく、意見を曲げず、御しがたく、考えをひるがえすことのない、昔かたぎの強情っぱりです。私たちのビールがおいしいのはそのためです>。ここのレイニエ・ビールに、M・ジャクスンは三つ星を呈している。サム・アダムズも三つ星だ。
とりわけ寡作なジェイムズ・クラムリーによるモンタナ州の私立探偵ミルトン・ミロドラゴヴィッチが『ダンシング・ベア』(HM)で買いおいているビールがこのレイニエ(p142,247)。
シアトルで奇妙な探偵仕事をすることになった女性ジェイン・シルヴァを創案したK・K・ペックは、『難事件を探せ』(ミステリアス・プレス文庫)に、レイニエを愛飲する弁護士兼調査員を登場させている。DDBの広告効果は、こういうところにもあらわれているのだ。(後略)

chuukyuu注】『蒼ざめた王たち』の文庫化は1994.12.15。引用は単行本からしているから、この原稿は文庫落ちの前---1994年以前、15年ほど前に書いたものらしい。