創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(299) [クリエイティブの核心](4) by Bill Bernbach

今日の引例図版も、アートディレクターはヘルムート・クローン氏。DDBのクリエイティブ・チームは、コピーライターとアートディレクターのペアが責任を持つ。2人は、コピー=アート・セッションと呼ばれている自由対話によって、高みに達し、アイデアを結晶させる。この過程は、拙著『創造と環境』 (誠文堂新光社 ブレーン・ブックス 1969.5.30)に詳しく、当ブログの初期に全文を公開した。DDBの第一線級のコピーライターたちが口をそろえて打ち明けたのは、クローン氏とのペアは苦痛だと。30分単位のセッション中、クローン氏はただ黙ってコピーライターの顔を見つめているだけなので、ライターがひとりでしゃべりまくらなければならないのだ。独談しているうちに気が変になってくるんだと。しかし、ペアを我慢するのは、数回の独演セッションが終わってみると、クローン氏が広告史にのこるような作品を提示してくるから、その名誉欲に、ライターは勝てないらしい。


人間 対 機械


人力には限界があります。
もちろん、あなたは、考えたり、笑ったり、愛したりできます。機械にはできっこありません。でも人間にできなくて機械にできることもあります。
1秒間に平均120回も歯ブラシを上下させるなんて、あなたにはできっこありませんね。
ブロックソデントにはできます。この点では、人間よりも優秀です。
毎朝の歯を磨く楽しみを、自動化で奪ってしまいました。
あなたが歯ブラシを上下させたほうをみてください。たったの1回ですね。
ブロックソデントは、ご覧のとおり、上下の連続運動で、手だと3分はかかるところを、1分間ですませてしまいます。
人間の負け、ブロックソデントの勝。


アートディレクター: ヘルムート・クローン
コピーライター: ルディ・フィアラ



Man versus machine.


You're limited.
Sure,you can think and laugh and love and hate. And a machine can't But machines can do a few things that you can't do.
You can't brush your teeth at the rate of 120 strokes a second.
Broxodent can. It's better than you.
As a tooth-brusher, automation has put you out of business.
Look at the stroke you make with atoothbrush. It's just one stroke.
But the Broxodent stroke is really a series of up-and-down strokes.
Enough to do in one minute what it would take you half an hour to do by hand.
Man loses. Broxodent wins.

Broxoden the Automatic Toothbrush from Squibb

art director:Helmut Krone
copywriter;Rudy Fiala


「クリエイティブの核心」
ウィリアム・バーンバック氏 (坂本登 訳)
AAAA(全米広告代理業協会) 1971年 年次総会スピーチより


意見は測定するのではなく
    つくり出すものである


少し前に、わが社のあるクライアントが、全関係広告代理店に、70年代の広告はどうなるか、という予測を依頼した。
わが社もこの問題を真剣に検討し、その結果プレゼンテーションには表や統計数字は一切使わないことに決めた。
われわれは、米国のビジネスマンはすでに事実と数字を十分以上に駆使しているから、同じように事実と数字を示しても目新しいとは思うまいと感じた。
われわれは意見の測定に熱中するあまり、われわれが意見をつくり出すことができるということを忘れている。
統計を集めることに熱中するあまり、統計をつくり出すことを忘れている。
もし、チャーチルが世界の世論に耳を傾け、冷静に統計数字を判断の基準にしているだけだったら、おそらく彼は事態は全く絶望的で、英国も自由世界も、もうこれまで---という結論に達していたにちがいない。
そんなわけで、わが社の意見としては、今後10年、いや100年たっても、広告における説得は、10年前と同じであるということになった。
人々の心に触れ、人びとを感動させることのできる広告人が有能なのであり、そのような才能のない広告人は有能でないのである。
広告について、 これまでと異なる新しいテクニックがあるだろうか?
さらに知識がふえるだろうか?
もちろんあると思う。
しかし新しいテクニックは公開されるや否やコピーされ独創性を失ってしまう。
もし、今後10年間に勤務時間が変わって、プライム・タイムが7時半でなく4時から始まるとしても、だれもそれを問題にすることはない。
独創的であるのは、印象に残る表現によって伝えられるすぐれたアイデアだけなのである。 これは他人がまねできるものではない。
アルバートアインシュタインと彼の礼賛者のエピソードがある。礼賛者が訊いた。


「教授。あなたはどのようにいろいろなことを記憶しているのですか? どのようにしていろいろな事実や数字を思い出すのですか?」


アインシュタイン博士はこう答えた。
「何も記憶していません。ほんの少ししか記憶していません。私はこれまでにたった2つのアイデアを持っていただけです


アインシュタインは、そのほかはすべて2つのアイデアを生かすための道具であることを知っていたのだ。

chuukyuuアナウンス】
 明日は、アインシュタインのように、アイデアをつかめ 


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